#118:言語学習
三人が語学の勉強をしている間に、私は孤児たちの様子をチェックしておこうと思う。
多少手際が悪くても、まじめに働いてくれている人にケチを付けるつもりはない。やる事もせずに遊んでいるような奴にくれてやる硬貨が一枚もないだけだ。疲労を慮って軽く手を抜くくらいなら構わないけれど、集団になればサボる輩が必ず出てきてしまうので、時折監視の目を光らせているのだよ。
「やぁ、妹ちゃん、弟くん。二人ともがんばってるね」
「あ、てんちょ~。エクレアもいる! 見てみて、いっぱいひろったの!」
「ぼくもいっぱい! いま持っていく?」
「うん、ありがとう。回収しておくね」
シスコンとブラコンの兄姉を持つこの二人には、道端に転がる石拾いを任せている。
しかし、ただの石拾いと侮ることなかれ。小石を踏むとめちゃくちゃ痛いのだ。
長年放置されていた廃墟を動き回ることが多いので、もしも転んで尖った石の上に倒れ込もうものなら余計な怪我を負うことになる。そのまま水路や海に転落でもしたら傷口に塩水が触れてしまい、口にするのもおぞましい結末を迎えるでしょう。そこまでいかずとも、手や膝をついた先に小石があれば単純に痛い。
これで二人は閑職に回したのではなく、安全な職場を確保するための重大な職務にあたっていることが伝わったと思う。
ちなみに、回収した石は私のヘンテコ魔術実験用ではなく、一旦シャノンの手に渡って見極められる。それが珍しい形をしていたら自らのコレクションへ加えられることになり、見つけた二人には謝礼が支払われるという取引が行われているよ。
以前に一度だけ、かんらん石のような緑色の宝石が見つかっているから私も余念がない。それ以外は建物などの補修に使えるかもしれないので一箇所にまとめて保管だね。
この子たちは正規で雇っているわけではなく、シャノンから謝礼を貰える可能性があるので、本人たちも楽しんでいるみたいだから問題ない。そんな弟妹を猫かわいがりしている兄と姉についても雇用初日に釘を刺してあるからか、サボるどころか手を抜いている姿すら見ていない。真っ先に応募してくれた目力の強い最年少の幼女なんて、年齢に似つかわしくないほど脇目も振らずに働いてくれているけれど、それら以外にはサボり常習が三名もいるのよね。
「やぁやぁ。お疲れですかな?」
「あ、やべッ」
「ち、違うの! これはたまたま……」
「今は休憩中であります! たった今それも終わりました!」
「そっかそっか。長めの休憩中だったんだね。うんうん、休憩は大事だよ。……で、今回はどれくらい減らせばいいのか教えてくれるかな?」
募集の際に、私が求める能力に足りていなければ即刻解雇すると告げた。このサボりトリオは仕事ができないわけでもないので、その条件に該当しないためクビにはしていない。
しかし、こんな奴らにお給料を払いたくないから見つけ次第減給しているのだけれど、癖というものはなかなか抜けないようで、未だに長い休憩を取りがちだった。今回の抜き打ち見回り中でも、まだ橋を渡していない先にある家屋の陰で寛ぐ姿を発見し、加速の魔術と重力操作で背後から近付いてみたらこの反応だ。ここなら見つからないとでも思っていたのか、私の声に飛び起きていたよ。
それにしても、なめられるというか、軽く見られるのは私がまだ子供だからなのだろうね。あまり歳の離れていないサボりトリオにもわかるような後ろ盾もないのだし、仮にヴァレリアを連れてきても一瞬たじろぐ程度でしかないと思う。今後は身体に流れる時間を加速させ続けて、お色気むんむんのワガママボディにまで育った状態で雇ったほうがいいのかしら。もしも成長が芳しくなければ、監視員の雇用も検討しておかないと……。
サボりトリオに本日の減額分を通告すると、それぞれが『それだけじゃ飯食えねえ!』とか喚いていたけれど、自業自得なので相手にはせず他の子たちの働きぶりも見て回る。
「こんにちは、店長。何かご用ですか?」
「うん、ちょっとブラブラとね。何か困り事はないかな?」
「道具はすべて用意してもらってますから特には……あ、たまに村の人を見かけますね」
「そうなの? 何かされた?」
「いえ、ただ様子を見ているだけでした。あとは……そろそろ橋の追加でしょうか」
「あぁ、橋かぁ……。近いうちに丸太持ってくるね」
建物の管理はそこを使う人にやってもらう予定だけれど、道くらいは綺麗にしておかないと見栄えが悪いので、孤児の皆には引き続きそこの掃除をしてもらっている。たったの一〇名と手伝いの二名――サボりトリオを引けば実質七名での作業だと、随所に水路が走るといっても町中に行き渡る道の掃除なんてまだまだ終わらない。今は一区画ごとに作業してもらっているので、隣に移動するための橋を求められたわけだね。
今は丸太を渡せばよくても、先を考えたら架橋工事は急いだほうがよさそうだ。それをするには材料を運ばなければならないし、外の街道整備も忘れてはならない。しかし、今はそこまでの資金的余裕がないのだ。ここは一つ、王都支店で稼ぎましょうかね。
そんな算段を付けて私の素敵なお店に戻ると、三人が車座になって木札を読み込んでいた。
「ただいま。勉強捗ってる?」
「なんて言うか、わかりそうでわからない」
「似てるから、どうしてもうっかりミスをしちゃう」
木札から顔を上げたエミリーとシャノンはげんなりとした顔つきで疲れを見せており、ヴァレリアだけは飼い主が帰ってきた直後の子犬みたいな表情をしている。
「ヴァレリア、今はどんな感じ?」
「どうもこうも、お姉さまに比べると足下にも及びません」
「いや、進捗状況を聞きたいんだけど」
「ここまでは終わりました」
わからない部分はお互いに教え合い、仲も深めてくれたらいいな――と思ってヴァレリアにはグロリア王国の言葉を、エミリーとシャノンにはエマ王国の例文を渡していた。それを書き込んである手元の木札を見せてくれたヴァレリアはほぼ終わっていたのに、エミリーとシャノンは半分を越えたくらいでやや遅れ気味だった。
こんな性格でも上級貴族の令嬢なので、外国語の教育も受けていたのだろうね。貴族の子女は貴族専用の学院だかに通う決まりがあるらしいし。
「これからエマ王都で仕事なんだけど、エミリーとシャノンは人前に出しても大丈夫そう?」
「……赤子が相手であれば」
「それじゃあ継続だね。ヴァレリアって、実はグロリアの言葉を問題なく話せたりする?」
「ある程度の会話は何とか……。お姉さまのご意志に至らず申し訳ございません」
先行きは少々不安だけれど、エミリーは一人でもがんばるだろうし、シャノンは私より頭がいいからこのペースでも大丈夫でしょう。どちらの言葉も日本語と英語みたいに懸け離れたものではないので、馴染みさえすればあっという間だよ。
「これからご飯だけど、お昼からも勉強しておいてね」
「どこか行くの?」
「王都支店でお金稼ぎだよ。街道整備もしておきたいから」
「サっちゃんがそこまでするの?」
「一番使われそうな領都への道がボコボコでしょ? 今後を考えると早いほうがいいかなって」
現状では、ここに連れて来られた時みたいに草原を走ったほうがましなレベルだもの。定期収入が安定するまで手出しできないけれど、インフラの整備はとても重要だから早めに始めておかないと後に響く。
ただ名称が違うだけで内容は似たり寄ったりなコンテンツばかりが増えていき、それを通すために必要となるインフラは疎かな、とある島国のネット回線みたいになりたくはないのだよ。
「これから王都に行ってくるよ」
「でしたらお供を!」
「いや、大丈夫。ヴァレリアも勉強がんばってね」
「うぅ……お、お姉さまのご意志であれば……」
使い捨てられても構わないと豪語していたのに嫌がるとは、勉強が苦手なのかしら。貴族なら強制的に就学させられると聞いているからトラウマでもあるのかもしれないね。一五歳まで通わされるはずなのに、この春一四歳になった私をお姉さまと言っているし逃げ出したのかも。
何かあれば腕輪で知らせるよう頼み、エクレアだけを連れて王都へ向かった。
今日は寄り道もせず王都支店に入ると家具の配置を気にしているお母さんに迎えられ、それを手伝う傍らに話を進める。
「お母さん、ここの調子はどう?」
「もういつでも始められるわよ。露店を出す場所も決まったからね」
それなら、まだ時間にも余裕があるので歩き売りを試してみよう。
露店を開く場所が決まっていても、今すぐに――というわけにもいかないのだ。場所を必要としない歩き売りなら問題ないはずなので、私も売れ具合を見たいから母娘揃っての売り子だね。廃墟の隣にある村の住人や孤児たちにも好評だったから心配はしていないけれど、やはり不安というものは付きまとってしまうよ。
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