#114:従業員の暮らし
後出し条件だから断られても仕方がないけれど、聞く耳を持ってくれただけでも助かったよ。
そういえば、一人だけ妙に鋭い視線を向けてきた幼女がいたなぁ。あれはお金好きに違いない。私にはわかる。
それとは変わって、選ばなかった子たちの行方は考えないようにしたい。今は他人の面倒より自分のことが第一でしょう。無闇に手を差し伸べ続けていたら、共倒れになる未来しかないと思う。私は聖女ではないのだから。
「これからどうすんの?」
「住み込みだから、あの子たちの生活環境を整えないと」
「えっ、サっちゃんがそこまでするの?」
「普通は自前だろうけど、あの廃墟じゃあ……ねぇ?」
住む家だけならそこら中に存在していても、まだ肌寒いこの時期は辛いこともあるだろう。石鹸や毛布の一枚くらいは配給しておかないと風邪でも引かれたら大変だ。周りに感染したら仕事が進まないし、そうなってしまえば作業が滞って私が困る。
それに何より、廃墟の町にも外の漁村にも食料品が売られていない。生きる上では必要不可欠だから、これは田舎領都やブルックの町から仕入れたものを安めで販売することにしよう。
自分で誘ったくせにえげつないって? 社会なんてこんなものだよ。
手厚い保障に見せかけて、その実ただの飼い慣らし。……たとえば、関係者向けの格安食堂や商品の割引制度、安く暮らせる住居などと枚挙に暇がない。
とにかく、生活基盤の整備もせずに仕事があるから働けというのはナンセンスだ。
孤児たちを迎える準備が終わってからは、王都支店で開店に向けての作業を手伝った。
何もかもをお母さんに任せるわけにもいかないので、露店を出すならその場所を確保したり、歩き売りもするならその順路を考えたりしていたよ。
そうやって数日が経過した今日は、廃墟の町に孤児たちがやってくる約束の日だ。
「ちゃんと来てくれるかな。やっぱりやめるとか言われないかな」
「サラのこと、貴族か何かと勘違いしてたし大丈夫でしょ」
「……この服、考え直したほうがいいのかな? 春の新作なんだけど」
「どんどん豪華になってるよね。デラックスサっちゃんって感じ」
この服はふくよかな服飾店員さんを誘った際に購入したもので、かなりいいお値段がしたよ。引き抜きの内緒話を聞かれた店長さんからの視線が怖くて断れなかったわけではない。本当に欲しくて買ったのだよ。……そういうことにしておいてね。
平民からしたら恐怖を抱かせるような服装が気になりつつも、シャノンが切って私が運び、エミリーと私で架けた丸太橋を越えた先で孤児たちの到着を待つ。それから暫くすると、少ない荷物を手にするその姿が見えてきた。
ところが、前もって決めていたはずの人数と合致しない。
「いらっしゃい。来てくれて嬉しいよ。でも、なんで二人増えてるの?」
「頼む、妹も一緒にいさせてくれ!」
「この子も雇えってこと? う~ん……」
「こ、こいつは絵が得意なんだ」
絵なら私が描けるから求めていないのだけれど、せっかくなので地面に描かせてみたら幼児のお絵かきレベルだった。……こやつ、もしやシスコンか?
もう一人も同じようなもので、そちらはブラコンだった。
それならそれで、人質と言えば聞こえが悪いけれど、使い道はありそうだね。勘違いしていたとしても、金持ち相手に啖呵を切ったその度胸。使わせてもらいましょう。
「う~ん、まぁいいよ。その代わり、その子に正規料金は払えない」
「なんでだよ! やっぱり嘘じゃないか!」
「一〇人までって言ったでしょ? 約束を破ったのはそっちだよ。だから、追い返さないだけありがたく思いなさい」
「グぅ……」
無茶を通そうとした自覚があったのか、シスコンの少年は言葉に詰まっていた。ブラコンの少女からも反対意見がないようなので、廃墟の中へ招き入れて仕事を割り振っていこう。
まずは自分たちが暮らすことになる建物の掃除からだ。今のところは私の素敵なお店とギルド予定地以外はまだ何も決まっていないので、孤児たちには好きな家屋を選ばせてみた。それなのに、なぜか奥の方にあるおんぼろ小屋が気に入ったらしい。
「ここでいいの? もっとまともなのいっぱいあるでしょ?」
「いや、だってよぉ……どう見てもお貴族様の家ばっかりだろ?」
「気にしなくてもいいのに」
「石の家ってのが落ち着かねえんだよな。できれば外の村に住みたい」
現地民の話だと、この町は大物貴族が愛人を囲うためだけに存在したとも言えるので、その考えはまったく間違っていない。しかし、もう一〇〇年以上も昔のことだし、政変の影響だとしても最初の水害以降は誰も訪れていないそうだから、この町は捨てたも同然なのでしょう。
プライドだけはやたらと高いあの人たちが、一度捨てたものを取り戻したりはしないと思う。実際にここの領主からは了承を得ているし、王城にいる大臣のお墨付きでもある。
それでも、住むことになる本人たちが嫌がるのであれば強要できない。この辺り――中洲の上流側は壊れた家屋も目立つし、ここで暮らしていくと言うのなら町を整備する際に修繕してもらおうかしら。
「妹ちゃんもここでいいの?」
「うん! にいたんといっしょ!」
「だよな! そうだよな!」
他の孤児たちも考えるところは同じみたいで、この小屋で皆が暮らすことに落ち着いた。仲の良い兄妹愛は羨ましいと思うけれど、目先の利益を逃す意味がまったく理解できないや。これでは、すぐさま一等地を抑えた私の心が汚れているようではないか……。
どうしようもなく押し寄せてくるやるせない気持ちを押し切って、半数はこれから住むことになる小屋の掃除に、残りは今後お世話になることが確定している飲食店の支度をさせる。
飲食店とはいっても、私が他の町から買ってきた商品を値段もそのままに提供するだけだ。孤児たちが自炊できるまでしか使うつもりはなく、近場の適当な小屋を選んであるよ。
それらに用いる掃除道具も人数分用意してあるし、何も教えずとも小さな子供ですら作業に取り掛かった。
傍を流れる水路から汲み上げた水にタワシを浸し、それを使って壁をゴシゴシと擦る孤児たちの働きぶりを少し観察した後は、私たちも自分のお店に戻って掃除を再開した。
春の新作は汚さないように着替えておき、また私がシャノンに魔力を供給しての水竜巻で汚れを吹き飛ばしていく。残った部分はタワシを装備したエミリーが力を込めて擦り落とす。
そうやって清掃を進めていると、気付いたころには夕暮れが迫っていた。
切りのいいところで作業を終えてから孤児たちの様子を見にいくと、適切な魔術が使えないようで私たちよりは進行が遅いものの、年齢や人数を考慮したら十分な成果がそこにあった。
意地悪な姑チェックのように部屋の隅に視線をやっても砂埃が残っていないし、開いていた壁の穴には石を嵌め込んで塞いでいる。子供では手が届かない天井にも僅かな筋が走っており、柄の長い箒で掃いた形跡を見て取れる。完璧な仕上がりとは言えないけれど、及第点を与えても文句は付けられないでしょう。
「へぇ……結構綺麗にできてるね」
「掃除は町でよくやってたからな!」
「そうなんだ。それじゃあ、約束どおりのお給料タイムだよ~」
「わ~!」
この世界では基本的に日払い制度が多いので、その日の終わりには日当を支払うことになる。
毎日着実にお金が増えていくのは本当に楽しいよね。それを払う立場となった今の私は、毎日着実にお金が減っていくから悲しいけれどね。
私の言葉に群がり始めた孤児たちを整列させ、愛しい愛しい硬貨に別れを告げていく。
予定外に二人も増えたけれど、この程度なら問題なく払えるだけの蓄えはあるよ。
さらに、これからもがんばってもらいたい思いを込めて、全員に革製の丈夫な小袋をプレゼントした。こんな事もあろうかと、実はまとめ買いしておいた……のは嘘。ただの売れ残りだ。
それと共に、石鹸や毛布などの日用品も順次渡していく。
「よし。みんな貰ったね? お金とか道具の管理は自分でキッチリやること」
「ああ、金は大事だからな」
「……こんなにきれいな毛布、つかってもいいの?」
「おい、バカ、黙って使ってりゃいいんだよ!」
よくわかっているじゃないか。さすがは若くして世間の荒波に揉まれていただけはあるね。
掃除としか言っていない仕事内容についても特に質問がなかったし、その割りには問題なくこなしていた。自分たちが暮らす家の掃除だからだとしても、これだけできるなら解雇の必要はなさそうだよ。
「では、明日からもこの調子でお願いね。これからご飯屋さんを開きます。安くておいしいよ」
「飯だ~!」
儲けはほぼなし。あったとしても為替の都合で端数繰り上げ程度に抑えた定食を出していく。
こちらにも皆が一斉に群がり、得たばかりのお金を使って我先にと買っていった。そして、仲の良い誰かと一緒に笑顔を浮かべて食べているよ。
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