#113:強く生きる孤児たち

 孤児院に入っていなければ、外郭部と隣接するような貧民街にいるはずだ。私たちが暮らしていたブルックの町で言うと、仕方のないことだけれど悪臭が漂う皮革工房など、一般的には敬遠してしまうような仕事場があるところだよ。酷い場合はそこでも居場所を見つけられず、町を囲む壁の外で暮らしていたりもする。


 あまり魔物を見かけないブルックの町ですら外暮らしは嫌がられていたので、より魔物が多いらしいエマ王国ではどうなのか――という不安を抱えて領都に到着した。


 これから孤児を探す前に、情報収集を兼ねて途中で見かけた石工工房に立ち寄り、そこの職人さんと相談しながら大きな窯を発注しておく。今度に備えたとても大事な布石だから優先度も極めて高いのです。

 その最中に孤児を見かけていないか職人さんに尋ねてみると、やはり外壁沿いで暮らしているそうだ。製作費用の前払いを終えたらそちらに行ってみよう。




 職人さんから教わった道を歩いていると、早速数名ほどの孤児を見つけた。

 まだ肌寒いにもかかわらず、ボロボロになった毛布を何枚か巻き付けたような出で立ちだ。そんな姿で草を毟っているようだけれど、これは仕事なのか遊んでいるのか判断がつかない。


「ねぇ、君たち」


 ひとまずは声を掛けてみたところ、華麗に無視された。顔すら向けてくれない。

 遊びにしろ、仕事にしろ、熱中していたのかと思って近付きながら改めて声を掛ける。


「ちょっといいかな?」


 今度は顔を上げてくれたけれど、目が合おうとした瞬間に逃げ出してしまった。

 それはもう、兎もビックリするほどの逃げ足だったよ。まさに一目散が相応しい。


「あ、逃げちゃった」

「サラ、あんた何言ったのよ」

「何って、呼び掛けただけなんだけど」


 言い方を誤ったのかと先の発言を振り返ってみても、この程度で間違えるわけがない。気を付けるべき表現は一切含んでいなかったと自信を持って言える。最近流行りだした独自のスラングがあればその限りではないけれど、ただの呼び掛けにそんな意味があるとすれば日常生活すら困難になるからあり得ないと思うよ。

 それに、脱兎のごとく逃げたとはいっても子供の足だ。まだ後ろ姿が見えているし、あれを追いかけていけばいいよね。


 そうやって逃げた方向へ進むと、廃墟脇の村と変わらぬ家が建ち並んでいる地区に入った。

 ここがこの町の貧民街なのでしょう。魔物に襲われたのではなくて経年劣化という感じだね。いつ倒れるかわからないような木造家屋ばかりで、鼻につく匂いも辺りに漂っている。

 そんな廃墟一歩手前の一角から、逃げた孤児たちが私の様子を窺うようにして覗いていた。


 今度は逃がさないように加速の魔術で距離を詰めておき、優しく語り掛けてみる。


「ねぇ、簡単なお仕事しないかな?」

「――ッ!」

「お給料、はずむよ?」

「うわああぁぁ!」


 声にならない悲鳴の後は実際に絶叫を上げ、またもや孤児たちが形振り構わず逃走を始めた。

 ところが、今回は足がうまく回らなかったのか、小さな女の子が豪快に転んでしまった。私のせいで怪我をさせては忍びないので、転んだ子に近付いて手を差し伸べる。


「大丈夫? 何かおかしなこと言ったかな?」

「ひいぃ……」


 何だこの怯えようは。涙で顔を歪ませて鼻水までも垂らしている。転倒が原因で泣いているとしても、私を一点に見つめて声も上げないところが腑に落ちない。

 ということは、恐怖を感じている対象が私であると? ……私は悪魔ではないのですが。もちろん、意味もなく愛想笑いなんて浮かべていないのに。


 ロリコンやアリコンを通り越したペドフィリアの気持ち悪い豚が、粘つく涎を垂らしながら臭い手を伸ばしているのならこの反応もわかる。しかし、私にはその気が一切ないし、今の姿は美少女の部類だと思っている。

 この国では平凡の範疇に埋もれるのかもしれないけれど、仕事上の都合で髪のお手入れも簡単なところから始めているし、服だって掃除の後に着替えてあるから綺麗なものだ。それなのに、ここまで嫌がられると凹んでしまうなぁ……。


 私の中にある良心的な何かが溶け出していくのを感じていると、誰かが走り寄ってきた。


「お、おい! やめろ!」

「……ん?」

「妹に手を出すな!」

「あ、いや、起こしてあげようと思ったんだけど」


 声がした方向に目をやれば、怒り顔なのにガクガクと足を震わせている少年がいた。


 もしかしたら、今まさに大切な妹へ襲い掛かろうとする不埒者だと誤認……ああ、そうか。

 このまま連れ去られて酷い扱いをされると勘違いさせたのかもしれない。

 私の見た目から、小金持ちの生意気ガールが体の良い労働力として使い潰すように思われたとすれば、死に物狂いで逃げていたことに納得がいく。この予想が正しければ、廃墟の隣村住人にしても捨てられた土地がどうとか言っていたし、態度が悪かった理由も頷けるかな。普通は嫌なやつを雇おうとは思えないものね。


「えっと、誤解させちゃったかな。連れ去るつもりはないよ。簡単な仕事のお誘いにきたんだ」

「簡単なら自分でやればいいだろ!」

「……耳に痛いね。でも、人手不足なんだよ」

「どうせ口で言うだけで金はくれないんだろ!」

「本当に払うよ。ただし、ちゃんと仕事をしたら、ね?」

「嘘だ!」


 すべて事実しか言っていないのに、少年は足を震わせながらも変わらず睨んでくる。

 大切な妹を守るためだろうけれど、このお兄ちゃんは剛胆なのか、それともただの蛮勇なのか、私のような商人見習いの小娘相手でも大したものだよ。もしもこれが私ではなく町でも名のある商家の娘だったとしたら、親に告げ口しただけでこの子たちの人生は終わってしまうのだから。


 被害者がお貴族様であるならいざ知らず、平民の一人・二人が害されたとしても兵士による鑑識捜査なんてあるはずがない。関与した者同士の話し合いだけで事件に蹴りが付いてしまうのがこの世界だ。取り調べに訪れた兵士に幾ばくかの心付けを渡しておくだけで無罪放免なのだよ。以後は謎の事故死として扱われ、迷宮入りどころか破棄されるともっぱらの噂。


 それにしても、この国でも悪徳商人が孤児を貪っているようだね。おかげで煽りを受けた私が非常に困っている。……ちゃんと仕事しろよ、国王さん。


 しかし、相手は子供――それも、常日頃からお腹を空かせていそうな孤児だ。草を毟っていたのも、もしかしたら食べるためだったのかもしれない。あくまでも先入観のイメージだけれど、こんな時に最適な一品がスタッシュに入っている。


「まずは脅かしたお詫びにこれをあげるね」


 木皿の上にクッキーを載せて差し出してみたものの、まったく手を伸ばしてこない。

 その割りに目は釘付けとなっているので、警戒を解くためにも一枚食べてみせる。


「ほら、毒も薬も入ってないよ」


 まだ躊躇っているようだから、木皿を地面に置いて少し後ろに下がる。すると、まるで野生動物のようにゆっくりと近寄っていき、一枚拾い上げて匂いを嗅いだらおそるおそる口にした。


「う、うめえ!」

「あまい!」


 いつの間にやら妹ちゃんが復活していた。先ほどの怯えようは演技なのかと錯覚させられるくらいの変わりっぷりだ。そして、心に油断の生じた今こそが絶好のチャンスでしょう。


 まだ逃げ出した孤児は何名かいたので、その子たちを集めるよう兄妹に頼んでみた。それを聞いた二人には疑わしそうな視線が残るものの、いつでも逃げ出せるようにしていい――という言葉が効いたのか、続々と仲間を連れてきて総勢三〇名近くが姿を見せた。


 あれだけ逃げていたというのに集まった数は意外にも多く、これは確かに騙されるのだろうという気持ちが湧き上がるのを止められない。当然ながら私は詐欺ではないけれど、かといって慈善事業でもないので、こちらが求める条件に合う者だけを雇う予定だよ。


「力持ちな人。手先の器用な人。足が速い人。あとは……意志の強い人を雇いたい。お金の都合もあるから一〇人までね」


 私の言葉を聞いたかどうかもわからないくらいに早く、二人と一人が即座に挙手をした。それから一拍おいて、つられてポツポツと増えていき、一〇名に達したところで打ち切った。だいたい男女半々……いや、出した条件から男の子のほうがやや多いね。


「それじゃあ、いま手を上げてる人。この先にある港町まで来てね。遠いから住み込みだよ」


 長期間になるから別れの時間は必要でしょう。他にも着替えとかの準備も。そのことを言い忘れていたからか、早くも後悔し始める子が出てきてしまった。

 またお詫びにクッキーを振る舞って詳しい日取りを決め、もしも私が求める能力に不足していたら即刻解雇すると告げてから解散した。

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