#112:竜神山の奇祭
ここの住人たちは、貴族を――特に、王族を毛嫌いしているようだ。
話の内容を読み解けば、下級貴族なら愛人くらい自宅の近所で囲えるのに、こんな僻地に町を用意しなければならないほどの大物ということになる。それならば王族か、上級貴族の中でもそれに並ぶ公爵クラスの仕業に違いないからだ。
ということは、ここは私にピッタリな土地といえるでしょう。
これで名実共に捨てられたと判断してもいい。なんだか心がスッキリサッパリした気分だよ。
「有益な情報をありがとうございました。それで、お仕事なのですが……」
「ここで金が意味をなさないのはわかるだろう。それでもやるのか?」
「はい。お給料はお金以外……食糧でもお支払いできますよ」
「そろそろ畑の植え付けも始まる。あまり暇ではないな」
いつのころからか定期的に胡散臭い教団が施しに訪れるけれど、それだけでは満足に食べていけないので農耕や漁業で補っているらしい。それで溜まった過剰分を領都まで売りに行き、得たお金で衣類や機材を調達しているそうで、この村にお店は一軒もないのだとか。
「そうですか……」
「金があるなら領都で奴隷を買えばどうだ? 暇を持て余した孤児もいるだろう」
「そうですね、考えてみます。仕事はたくさん増えると思うのでまた来ます」
「ふん、好きにしろ」
簡単に奴隷と言われても、一人当たりの金額を考えるとかなり難しい。
安く売られている者は不治の病を患っているか、どれだけ仕事を教えてもその内容が覚えられないおバカさんか、教育にお金も時間もかかる子供くらいだし、犯罪奴隷なんて論外だ。さすがに掃除のためだけに大金は出せないけれど、一時的になら孤児を雇うという手段はありかもしれない。よく働いてくれたのなら、そのまま正式な従業員として取り立てたらよいのだし。
それでも、今後は人手不足になるだろうから、その時はここの人たちにも手伝ってもらえるような関係を結んでおかないとね。
話は聞いてくれたけれど清掃員の募集は失敗に終わり、ひとまずは廃墟へと戻る。
配ったコロッケをおいしそうにほおばる姿を見ていたら、私たちもお腹が空いてしまったよ。それでなくともお昼ご飯の時間が近いだろうし、領都行きはそのあとだ。
「なんかさ、さっき不穏な単語が聞こえたような……」
「ドラゴンが住んでる山がどうとか言ってたよね」
「あぁ、竜神山のこと?」
竜神山。それは海と交わるこの町から王都までを貫くように座している山脈のことだ。
本来なら竜神山脈とでも呼ぶべきだろうけれど、皆は竜神山と口にしていたよ。
そんな山脈の中央付近には深く大きな湖が存在しており、その水底では太古から生きるドラゴンが封印されているらしく、それを竜神様と称して崇めているようだ。
一昔前までは、暴れるドラゴンを鎮めるため、そして慰め代わりの人身御供として、周囲の町村から最も健康的な子供が数名ほど選出された。その後は山奥の湖まで連れて行かれ、全身に重りを抱かされてその湖に投じられる――という意味のわからない行事があったそうだ。
しかし、時代を経た今となっては内容が大きく変化しており、子供が生まれたらその湖と繋がる川に人形を浮かべて流し、厄払いを願う催しとなっているらしい。
この付近一帯の国々では、あのポンコツ女神を唯一の神とする胡散臭い教団が幅を利かせているのに、土着神の信仰は異教だと断罪されず許容されているのかしら。八百万の神々と共に暮らす前世を持つ私には、その辺りのさじ加減がよくわからないや。
それでも言えるとすれば、その竜神様とやらは恐竜の化石か何かだろうね。見つけた誰かがビックリして捨てたとか、そんな話が元になっているのでしょう。たとえスケルトン化したとしても、魔石が無事なままで内包された魔力が尽きたらゴースト化せずに朽ちるだけって聞いているから、二度目の死に際で身動ぎしたとかそんな程度だよ。
それに、脱皮を繰り返す竜に寿命はないも同然だけれど、何万年も生き続けられるわけがない。いつかは自重に耐えきれず死ぬ。……ゴーレムの存在からそうとも言い切れないのかな?
何にせよ、存在するだけで災害を撒き散らすようなドラゴンなんてものを、こんなド田舎の山中に封印されているのは信じ難いというわけなのだよ。
ちなみに、竜の皮革として売買されている品物は脱皮した残骸のことを指す。奴らは脱皮後に抜け殻を食べないので割と楽に入手できるらしい。ひび割れた鱗なら稀に落ちてはいても、本物の生皮なんて実現不可能レベルの超強敵だ。
ブレス一吹きで国が滅ぶとか言われていて、魔獣の王様ベヒモスと並んで恐れられる魔物であり、そこに空の覇者グリフィンを加えた三つ巴の伝承が掃いて捨てるほど存在しているよ。
まだ言葉を知らないこともあって、他国でも通じるような単語のみを断片的に拾えただけで、不安を滲ませたエミリーとシャノンに竜神山にまつわる話を聞かせていると、私のお店に――誰からも文句を付けられることなく私のものとなったとても素敵なお店に到着した。
そして、他と比べて少しは綺麗になっている三階の一室でお昼ご飯を食べる。
「ねぇ、サっちゃん。これからどうするの?」
「奴隷を買うか、孤児でも雇えばどうだって言ってたよ」
「グロリアみたいに孤児院ってあるのかな? あ、でも、孤児院にいるなら何か仕事してるか」
グロリア王国では、飲食店の商品が余れば孤児院に寄付することが慣わしだ。多くの顧客を持つエミリーの実家は一度に大量のパンを焼き上げねばならず、どうしようもなく過剰分が出てしまうことから慣れているのでしょう。
その一方で、私のお店では余っても時間停止で保存するから今のところ一度も寄付したことがない。むしろ、つい最近まで寄付してもらう立場だったのは言うまでもないよね。
そんな孤児院で暮らす彼ら彼女らは、当然ながら何かの職に就いている。たいていは町にある聖堂や礼拝堂に併設されているので、そこの仕事を手伝うことが多いようだけれど、人手が必要となればどこにでも駆り出されることは珍しくないそうだ。
昨日は畑を耕し、今日は川で鉄鉱石を拾い集め、明日は露天商の呼び込みに駆けつける。
要は数合わせとして使われており日夜多忙な日々を過ごしているらしく、成人するころにはどこかの工房などへ弟子入りして、孤児院に別れを告げるようになるのだとか。
ただ、孤児たちの立場が弱いことを悪用し、碌な給金を払わずにこき使う輩もいると聞く。
一般的な見習いが得るお給料だけでは孤児院の運営なんて立ち行かないのに、これが私の時よりも少ない雀の涙ほどになってしまえば、寄付を募ることは致し方ないものだと思う。成人した先輩たちがどこかの工房に弟子入りしても、その稼ぎを寄付できるほどの余裕が生まれるとは限らないのだから。
それに、グロリア王国の国王陛下御自らが注意を促しても悪徳商人は止まることを知らず、孤児院に関わる皆々は諦めの境地に至っているらしい。誰の後ろ盾もない孤児が雇い主に刃向かえば、指先一つで消される世の中なのです。言わば、鎖を持たない奴隷だよ。
「じゃあ、孤児院に入ってない誰かを探すしかない?」
「探すなら、だいたいスラムに居ると思うわ」
「たぶんそうだろうね。他に買いたい物もあるし、まずは領都へ行こうか」
孤児たちの扱いについて話したことで後味の悪い昼食となったけれど、格安で雇えることに変わりはない。それに、孤児院に入っていなければ仕事の斡旋も受けられないはず。
少しでも費用を抑えられる労働力を――いや、救いの手を差し伸べるためにも領都へ向かおうとしたら、早々に食事を終えていたエクレアの姿が見えない。
「お~い、エクレア~! 出かけるよ~」
「…………
階下から、うっすらとしたエクレアの鳴き声が聞こえてきたような気がする。
その出所を探っていると、私の素敵なお店を気に入ってくれたのか、建物中を探検していたと思しき砂埃まみれのエクレアが地下へ通じる階段の前にいた。
「ぷも!」
「あぁ、この先も調べないといけないんだっけ」
「壁に穴でも開いてそうね」
「それだと水の高さがおかしくない? 水はサっちゃんのスタッシュに吸い込んでみたら?」
壁に穴が開いていたら外の水路と水位が一定でなければ不自然なので、これは過去に起こった水害で留まった水なのだろう。ここを水抜きしてから加熱の魔術で乾燥させて回るのもいささか面倒だ。少しでも楽になればとスタッシュをポンプのように利用して、色褪せた世界の中で排水だけはしておいたよ。
そうして見えてきた床には溜まりに溜まった泥で埋め尽くされている。そこに突撃しようとしたエクレアを慌てて捕まえ、砂埃を払い落としてからスタッシュに吸い込んで短距離転移の連発で領都へと向かった。
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