#110:王都支店
全自動芋潰しマシーンについての詳しい話で少し長引いてしまい、工房を後にしたころには昼二つの鐘――正午が間近に迫っている気配がした。食べ物が入った籠を抱えて中央通りを目指している売り子の姿が多いのだ。
そんな人々の流れを遡って帰宅すると、エミリーとシャノンが暇そうにして待っていた。
「あれ、どうしたの?」
「いや、昨日の様子がおかしかったから気になって」
「見た目は沈んでるのに、なんか興奮してる感じだったもんね」
周りから見た昨日の私は、どこか危ない人みたいに思わせたのかしら。割と真面目に考え込んでいたのだけれど、楽器が生み出す大金を思えば仕方のないことだよ。あれに並ぶものといえばお貴族様の騎士や高ランク冒険者が使うような装備品だろうね。
私にその知識があれば刀の製法なんかを鍛冶ギルドへ売り出せるのに、配合されている金属の割合なんてサッパリわからない。それを誤魔化して形だけそれっぽいサムライソードにしても売れるわけがないと思うよ。
鋼鉄製なのにやわらかいところが優れているのだから、ただの曲剣――反りのある剣では誰も欲しがりやしないって。それに、この世界には魔術があるので武器だけに入れ込む人は限られる。もしも売り込むなら美術品としてかな。エマ王国のお金持ちは余裕がありそうだし。
私が妄想に浸りだしたと見抜いたのか、お母さんが手元の籠を見せてくれた。
「さっき義姉さんがいろいろ持ってきてくれたから、これ食べてから出かけましょうか」
「おぉ、クルミパンがある!」
「二回も母さん来たから笑っちゃったわ」
「コロッケいっぱい買ってたね」
斜向かいにある息子のお店で商品を買い込んだついでに、隣にある親戚のところにも寄ってみれば、自分の娘がいたのだから何か差し入れをしなければ――となるのが母親ってものだろうね。もうパンの援助がなくても暮らせるようになっているけれど、未だに売れ残りを持ってきてくれているし、ミンナさんが世話好きって線も捨てきれない。何にしろ、おいしいパンを食べられるのはとても嬉しいです。
各々が好みのパンを手に取り、すべてが手作りゆえなのか揚がり方に斑のあるコロッケと、お母さんが作っていた山菜のピリ辛スープで昼食を終えた。そして、せっかくなのでエミリーとシャノンも誘ってエマ王国の王都を目指して短距離転移を連発する。
「そういえば、お母さんって一時期ここで暮らしてたんだよね?」
「そうね。もう一〇年以上前だけど。あの頃はみんなで安宿だったわ」
「なら倉庫探すのは任せてもいい?」
「ええ。今のところ大きく変わってないから大丈夫よ」
この王都は中央に宮殿のような王城が座り、その周囲にお貴族様の邸宅が並び、内壁を挟んで平民の町が広がっているのは前回の王都見物で確認している。
そんな王都の物価傾向は、巨大な門から続く道を外通りとするなら、内壁前の内通り一帯はかなり値が張るそうで、何も知らない私では判断が難しいから丸投げして正解だったかも。
「やっぱり内壁前は無理ね。空きが無いわ」
「倉庫にするんだし、一般住宅地でいいと思うよ」
「じゃあ……あそこかしら。でも、お城から離れちゃうわね」
「……あとで移転したらいいんじゃない?」
内通りは高いって自分で言っていたのに、なぜそこから探そうとしているのか。貴族街から選ばれるよりは何倍もましだと思うけれど、ある程度のコロッケを置いておくだけなのに家賃で破産とか笑えない。
それからも空いている物件を探して回り、良さそうなものがあれば付近に住まう人たちからも話を聞いていく。最終的には安めの集合住宅ではなくて、内壁と外壁の中間くらい――平民向けの市が立つ広場前の二階建て木造家屋に落ち着いた。
あとはそこを管理する不動産ギルドまで赴いて賃貸契約を結ぶだけだ。初めからギルドを頼らないのは説明せずとも想像がつくよね。不良物件の押しつけ対策だよ。建物自体もそうだけれど、周辺住民の生活環境も見ておかないと後に響くからね。
「お母さんが出さなくてもいいの? 倉庫の予定だったんでしょ?」
「別に買うわけじゃないし大丈夫だよ」
さすがに臨時倉庫として使うものを買う気にはなれない。……ボロ屋の悪夢が蘇る。
未だに売れる気配が見えてこないし、思い出が詰まった実家を手放す気もないから、まとめて面倒をみるしかないかもね。
またもやお母さんを頼る形になったけれど、ひとまずは次の春まで約一年間の賃貸契約を結び、案内してくれたギルド員から鍵を受け取って建物の中へと入った。
そこは以前のボロ屋ほどではないものの、薄い砂埃が床一面に広がっており、壁際には運び出し忘れたのか木棚が据えられたままで、部屋の奥にはカウンターと思しき机も置かれている。
事前にお隣さんとギルド員から聞いていたとおり、ここは廃業された店舗に相違なかった。
「これなら掃除するだけでも使えそうだね」
「足りない分はうちから売れ残りを運びましょうか」
買っててよかった余計な物! ……なわけがない。
それでも、使える物は使わないとね。モッタイナイお化けが出てきてしまうよ。
「とりあえず、掃除しようか。道具は持ってきてるし、終わったら私が家具運ぶよ」
「お母さんは挨拶回りしてくるから、先に始めておいてくれる?」
「あ、それだったらコロッケ持っていって。宣伝にもなるし」
「……抜け目ないわね」
噂とは本当に恐ろしいものなので、ご近所付き合いは念入りにしておく必要がある。隣近所から悪評が轟いてしまうと一年間の契約が無駄金に終わってしまうからだ。それに、お砂糖が高い世界だと菓子折なんて気軽に持っていけないし、場合によっては嫌味とも受け取られる可能性がある。それならば宣伝を兼ねたうちの商品が無難かつ適切だと思う。
細く長いお付き合いを……なんて、お蕎麦を渡しても意味が通じないしね。お蕎麦もないし。
小分けしたコロッケを渡したお母さんの見送りを済ませてから二階へ上がると、こちらも埃だらけで掃除のしがいがありそうだ。しかし、これを私一人――後にお母さんが増えたとしても二人でやるには骨が折れそうで、部屋を見回している美少女二人の肩をがっしりと掴んだ。
「エミリー、シャノン。ちょっとうちで働かない? 従業員になっちゃいなよ!」
「……冒険者はどうすんのよ」
「もちろん継続おっけい! お店が軌道に乗ったら、あちこち行って仕入れてもらうと思うし」
「サっちゃんのところなら安心だけど、何をやらされるんだろう……」
そんなもの、言うまでもなく高値で売れそうな何かを見つけてもらうだけだよ。私としては迷宮を探し出してほしいね。それも、まだ誰にも知られていないやつを。あそこは素材の宝庫だし、いっそのこと個人的に所有したいと思っている。
どういう原理なのかわからないけれど、メイズコアさえ無事なら魔物が増えていくのだから、寝ているだけでもお金が生み出される素敵な財布にしか見えなくてね。
「迷宮ねぇ……」
「発見者ってのは難しそう」
「それは今後の話だよ。まずは最初のお仕事として、ここの掃除を手伝ってね」
二人は揃って『それが狙いか!』と口にするものの、苦笑を浮かべて仕方なさそうに箒を手に取り掃除に着手してくれた。
これはお仕事だからお給料が発生します。一応は護衛でもあるので、それに上乗せだね。
前の持ち主が暮らしていたと思しき二階の大部屋を手早く片付け、物置代わりにでもしていたような小部屋を掃除していたら、両隣三軒くらいまで挨拶回りをしてきたお母さんが戻ってきた。そして戦力が増強されて店舗の倉庫みたいな部屋も軽く済ませ、棚とカウンターが残っている販売スペースにも目処が付くころには、傍の広場に売り子の姿がチラホラと見えていた。
もういい時間なので掃除はここまでにして、何かご飯を買ってくるから三人には休んでいるように伝えておき、私は一人で宿場通り方面へと微加速状態で歩いていく。
飲食店なら同じ広場周辺にもあるけれど、せっかくだから初日は奮発したものを食べたいよね。そこで、酒場や宿屋が並ぶ通りまで足を伸ばしてみたのだよ。
「まあ。キャンディスさまにそのような部屋を宛がうおつもりで?」
「信じられませんわ。これがエマ王都の宿屋なのかしら。キャメロン家をご存じなくて?」
「およしなさいな、お二人とも。わたくしは構いませんことよ」
町並みを眺めながら通りを歩いていたら、店先で騒いでいる一行がいて非常に邪魔だった。
家名を翳すなら貴族のご令嬢なのだろうけれど、なぜ内壁の向こう側へ行かないのかしら。それでなくとも宿屋はいくつもあるのだし、不満があれば他を利用したらいいのにね。
そんな迷惑集団とぶつからないように横を通り過ぎ、お魚のスープや焼いたお肉などを買って掃除したばかりの王都支店へと戻り、エクレアもスタッシュから出して皆でおいしく楽しく過ごしたよ。
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