#109:全自動芋潰しマシーン

 お母さんと倉庫探しで王都へ発つ前に、お隣のコロッケ屋さんに設備投資をしておきたい。早めに準備しておかないと時間がかかりそうな機材でもあるし、その件を含めて従業員の二人には話しておく必要もあるからね。


「おはようございま~す」

「あ、店長。おはようございます」

「朝から珍しいな。どうしたんだ?」


 朝ご飯はあまり売れないこの世の中なので、他の商店と比べたらやや遅いくらい――料理を扱う飲食店なら普通の時間帯から仕込みを始めている。これは中央通りが最も賑わうお昼時と、夕方から夜に合わせ、そこで熱々のコロッケを売り歩いてもらうための調整だ。

 この時間なら行き違いを避けられることもあって、先に訪れたわけでもあるのだよ。


「このお店に関わる大事なお話があります。ちょっと作業止めてね」

「なんだ? どこかの店から文句でも言われたのか?」

「まさか、ギルドから警告を……」

「いやいや、どっちも違うから安心して。えっとね、事業を拡大するんだよ」


 まずはエマ王国の王都。そして同国の田舎領都にも展開する旨を告げ、それらでの販売分を増産してもらうためにも忙しくなると言ってみれば、二人は揃って顔を引き攣らせていた。


「ちょっと待ってくれ。ただでさえ忙しいんだ。もうこれ以上ってのは――」

「あ、大丈夫だよ。ちゃんと設備投資するから」

「ならいいんだが……」

「それでも、この町で売り歩きとかする暇はなくなるかも」


 私が放った最後の言葉を聞いた二人が硬直したけれど、聞き間違いだと思ったのか、ジャガイモを洗う作業へと戻っていく。

 王都での売れ行き次第では作業量が跳ね上がるだろうし、二人のお給料も見直さないとね。ジャガイモと小麦粉がとても安く手に入る代わりに、やはり油は高いので大儲けしているとは言い難い。戦場に赴いてぼったくらなければ雀の涙くらいしか昇給できないとしても、貰えるお金が増えるってだけでも嬉しいはずだ。


 この事はまだ秘密にして、作業を楽にする機材を調達してくる――と言ってお店を出ようとしたら従兄から呼び止められた。


「そういえば、もう春だし新作出すんじゃなかったか?」

「あぁ、クリーム系ね。近いうちにミルク仕入れておいてくれる?」

「牛乳ですね、わかりました。量はどれくらいですか?」

「高くなければ買えるだけお願い。多かったら予約だけにしてね。腐っちゃうし」


 冬場はミルクの調達が困難なので、春が来て普通に出回るまで待っていた。それを使ってホワイトソースを作り、迷宮で捕らえておいた蜘蛛の肉と合わせてとろとろのクリームコロッケを売り出すのだ。

 素材の外見はアレだけれど剥き身にすれは気になるものでもないし、試作した限りではかなりおいしくて、居合わせたお母さんにほとんど食べられてしまったのよね。もちろん蜘蛛肉だけではなくて、まろやかチーズ入りやつぶつぶコーンも予定しているよ。


 ただし、これらを作るには避けられない問題があり、私がいなければどうにもならない。

 クリームコロッケはホワイトソースが主体だから凍らせなければ衣をつけられないけれど、従業員の二人は氷系統の魔術を一つも使えない。よって、私の冷却が必要不可欠となる。さらに、そのままでは溶けてしまうので時間を操る魔術も必須だから、数量限定販売を取るしか今のところ手立てが思い浮かばない。まだ冷凍庫を買えるほどの資金的余裕がないのだよ。


 前もって簡単な作り方と手順を二人に教え、下準備ができたものは魔術を施して上階の倉庫に置いておくから、必要数だけを持ち出して調理するようにも伝えておく。


 なお、普段から販売しているポテトコロッケをまとめて作らないのは理由がある。

 毎日まったく同じ味というのは素敵なのかもしれないけれど、日や時間によって天候は移り変わるものだ。それに合わせて味付けも変化させたほうがおいしく感じやすいでしょう。暑い日は少しだけ塩味を強くする程度の小さな違いだとしても、それこそが人気に繋がるのだと私は信じているよ。




 二人には言うべき事を伝えたので、以前のお祭りで木工工房の親方さんを通じて知り合った職人さんが勤める金工工房を探して、方々から作業音が聞こえてくる職人通りを歩いていく。

 今回、制作依頼を出すのは全自動芋潰しマシーンだ。それの耐久性やメンテナンス面を考えると、どうしても金属製になってしまうのよね。木工製品に比べたら費用が嵩むけれど、ここをケチったせいで従兄たちから辞表を突きつけられたら私が困る。


 それに、金工工房なら金工細工工房とも繋がりがあるだろうし、懐中時計の製作を依頼したままで半ば放置となっている姉弟のことを頼めるかもしれない。本格的に引っ越しが始まるまでの間だけでも預かってくれたらいいのだし、伝手を辿れば悪徳工房で使い潰される心配もなくなるからね。


 そんなことを考えながらも一軒ずつ確かめて歩いていると、鉄工所のほど近くで教わったとおりの外見を持つ工房が見つかった。そこに入って件の職人さんを呼び出してもらうと、当の人物がやってくる。


「こんにちは。先日のお話はどうですか?」

「なんだ、あん時の嬢ちゃんか。一応、考えちゃいるんだがな。簡単に返事はできねえよ」

「期限はまだまだ先ですから、ゆっくり考えてみてください。それで、その間に預かってもらいたい見習いがいるのですが、金工細工工房を紹介してもらえませんか?」

「どんなやつだ? 使えるならうちに置くんだが」


 私の脳内メモには、勝ち気そうなお姉ちゃんと人見知りしがちな弟くんとだけ残っている。職を探しているのは弟くんみたいだけれど、詳しい人柄までは把握していない。下手なことを口にして私の信用が落ちてもなんなので、嘘も誤魔化しもやめておこう。


「仕事は遅いですけど、精密な部品を作れるらしいです」

「……らしい?」

「今は個人的に試験させてる段階なのでわかりません。詳しいことは鉄工所の方に」

「あぁ、鉄工所か。愚痴なら聞いたことがあるな。仕事が遅くて邪魔だとかなんとか」


 本当に丁寧な仕事をするものの、一つ一つが遅すぎて周りに迷惑だとか云々……。

 腕は確かなのだし、それならそれで適した仕事を与えて大事にすべきだと思う。私としては量産体制に持ち込めるかという懸念があるけれど、品物を作れることが何よりも重要だ。それで時間がかかるのであればプレミアムな特別価格でご提供すればよいだけでしょう。むしろ、希少性が高まると考えればより高値で売れると言い換えることも可能だよ。

 この世界ではハンドメイドが当たり前なので、使用者に合わせた手作り商品――なんて強調しても鼻で笑われるだけなのが私の感覚と違うのよね。


「そんじゃ、細工とは話つけておくから、今度そいつを連れてきてくれ」

「ありがとうございます。近いうちに必ず。では、失礼しますね」


 姉弟の件はこれでよし。次は王都に行って倉庫を探し……あ、全自動芋潰しマシーン!

 それを頼みにきたのに、ついでの用件を先に済ませたせいで忘れていた。脳内メモには箇所書きしているから、これを改めないとうっかりが抜けそうにないや。


 工房の奥へ戻ろうとする職人さんを慌てて呼び止め、製作依頼を出してみると木札と墨ペンを渡されたので、全自動芋潰しマシーンを描いていく。


「なんだ、これは」

「これでジャガイモを潰すんです。あとは……ミンチ肉も作れますね」


 挿入口からジャガイモやお肉の切れ端を投入すると、内部で回転するドリルとの摩擦によって捻り潰されていき、それが先端に取り付けられた出口からうにゅ~んと出てくるのだ。


「これを自動でやらせる? うちは魔道具工房じゃねえぞ。他を当たりな」

「ぐ……で、では、手動でお願いします」


 全自動の夢――破れたり。

 仕方がないので手回し式のハンドルを追加して、中のドリルと連動するように書き換えたよ。

 これだけでも作業が随分と速く、そして楽になることは間違いないはず。


「ここからここの部分。分解して洗浄できることが前提なんで気を付けてください」

「あいよ。大小の歯車は細工の領分だが……うちから割り振っておくわ」

「それって追加料金になりますか?」

「ん……まぁ、負けといてやるよ。木工のおやっさんからの紹介だしな」


 完成したらコロッケ生産工場の予定地へ運んでもらうように頼んでおき、全額を前払いした。

 ついでに思い浮かんだ全自動卵割りマシーンは『それくらい自分で割れ』と言われました。


 今度こそ、これで準備はバッチリだね。ゆくゆくはすべての工程を自動化させたいものだよ。

 揃えた素材をコロッケマシーンに入れてスイッチを押せば、まずはジャガイモの洗浄が始まり、次はお湯か加熱の魔道具で茹でられて、ドリルでのうにゅ~んを経たら、他の具材と混ぜ合わせられ、型にはまって小麦粉がまぶされ、卵液を潜ってパン粉を纏い、適温の油にダイブしてカリッと揚がれば出口からお出ましだ。

 全自動コロッケマシーンの夢。これを作れる職人さんも探してみようかしら。

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