#108:金脈発見

 これがコロシアムではないと言い切れないけれど、楽隊が出入りしていたのは確かだ。それも、私からしたら慣れ親しんだ楽器は持たず、そのバリエーションも乏しかった。

 もしかしたら大儲けに繋がるかもしれない予感がして、濁りのほぼないガラス窓を持つような楽器店にお邪魔してみれば、我が目を疑うほどにおもしろい光景が広がっている。


 たとえば、吟遊詩人が好んで使っているようなリュートはあれども、オーケストラにとってなくてはならないヴァイオリンとビオラ、チェロにコントラバスは一つも見かけない。他にも、竪琴のハープや横笛のフルートはあっても、特殊なリードが必要となる縦笛のオーボエはなく、それと同じくしてクラリネットやファゴットも見当たらない。ティンパニーなどの打楽器と、おもちゃにも見えるトランペットやホルンは辛うじて原型があったけれど、特徴的なフォルムを持つトロンボーンの姿はなかった。そしてなりより、見落としようがないピアノに至っては面影すら目にしていない。


 弦を指で弾くものがあっても、それを弓で弾く、または槌で叩くという一手間加えたものは今のところ存在していないようだ。一部の吹奏楽器にしても同様で、サイズ違いの打楽器は多く売られている。まだ音楽業界が発展途上であるのなら、これは背筋に寒気が走るほどの好機。


「サラ? 歩きすぎて調子悪くなった?」

「違うってミリっち。この値段だもん。気を失ってないだけサっちゃんはがんばってるよ」

「そうだね。すごい値段だよね。本当に……」


 仮に魔術的な細工が施されているとしても、このお店で買えるものだけでも硬貨が何枚必要になるのか数えたくもない。そして、今だけは前世の両親に感謝したい気分だよ。

 私の意思を完全に無視して、無理矢理にピアノを習わせてくれてありがとう――って。

 演奏はあまり上達しないままだったけれど、数々の名曲は脳内メモにしっかりと残っているし、楽器の構造も学んでいたからある程度までの設計図なら書けてしまう。


 あとはもう、楽器職人を探して私の設計どおりに作らせて、名曲の演奏会を開くだけでお貴族様が集まってはお金を落としていくはずだ。楽曲の著作権は前世でもとうの昔に切れているので、こちらで演奏しても問題はないよね。


 そうやって今後の展開に思いを馳せ、楽器店を後にしてからも王都を見回って相場情報などを収集していたら、早くも夕暮れ時が迫ってきた。エミリーもシャノンも外国ということで物珍しそうに見物していたし、ギルドに行くだけで王都巡りをせずに帰っていたら知れ得なかった事柄も発覚した。やはり寄り道はするものだ。




 思わぬ収穫を得て未だに震えが残る足取りで帰宅すると、お母さんが店番をしていた。

 迷宮討伐の賞金で借金を完済しても、日々を暮らすためのお金は稼がねばならない。あの一件以降は危険な冒険者業を控えめにして、雑貨屋さんの女主人をやっているよ。


「おかえり。随分と機嫌がいいみたいだけど、何かいいことあったの?」

「マジやばい。あ、これお土産!」


 貴族街から出る前に買っておいたエマ王国の銘菓――バウムクーヘンに似た年輪模様の焼き菓子を、カウンター越しのお母さんに手渡した。巨大な外門付近の大通り沿いにある店舗でも売られていたもので、貴族街のほうは『当店こそが元祖の流れを組んでいる』と主張していた。

 そんなお菓子を実際に食べ比べてみると、確かに貴族街にあるほうが濃厚な味わいでおいしくてコーヒーとの相性がよさそうだったよ。……この世界でコーヒーを見たことがないけれど。


 ちなみに、年輪模様には世界で最も古い国家だというエマ王国を称える意味があるらしい。何かを重ねるだけで価値を持たせられるのなら、ミルクレープも受けがよさそうだよね。


「あら、エマ王都行ってきたの? お母さんも誘ってくれたらよかったのに」

「ごめんごめん。次は誘うよっ」

「それで、何があったの?」

「ぐふふふ……大儲けできそうな発見がね。エマ王国って音楽が盛んなの?」

「そうねぇ……。貴族たちは頻繁にオペラの鑑賞会を開いてたわね」

「オペラかぁ。これも儲かりそう」


 オペラといえば、“夜の女王”のアリアなら誰もが一度は耳にしたことがあるでしょう。

 復讐の炎は地獄のように我が心に燃えDer Hölle Rache kocht in meinem Herzen――ってやつだよ。

 それが含まれる魔笛や、見方によっては情熱的なカルメンに、淫靡な妄想を集められたカルミナ・ブラーナなどといくらでも浮かんでくるし、脳内メモにも大量の楽曲が記載されている。

 しかし、現状におけるオペラは私の知るそれとは別物なのだろうね。


 笛と太鼓の舞台と言われたら能を想起するけれど、ブラスバンドがバックについた演劇ならまだ想像はできるかな。そんな中でオーケストラを引き連れた楽団による重厚なオペラを披露すれば、その売り上げはうなぎ登りどころか、鯉の滝登りと表現してもまだ足りないと思う。なにせ、メインターゲットはお金持ちのお貴族様だ。見栄のためなら大金を叩くに違いない。


 おっと、いけない。また皮算用に耽るところだった。

 お母さんには忘れずに報告しておきたい事と、お願いしたい事があったのだ。


「そうそう、来年はあっちで商会作りたいんだけど」

「商会って……結構大変よ?」


 その分だけ税金が嵩むことを指摘されたけれど、規模が小さいうちは特に問題ないでしょう。商人ギルドや町中で盗み見と盗み聞きをした限りでは、外から見た印象とは違って平民から極限まで搾取しているわけではなかったからね。

 それだと、なぜあそこまで格差が広がっているのかという疑問が残る。


「そんなことは貴族にでも聞かないとわからないわよ」

「……」


 顔見知りがその国で王様やってますが……。まぁ、どうでもいいか。

 そんなことよりも、今後のためにもお母さんにお願いをしなくては。


「とりあえずでなんだけど、王都に露店でも出そうと思うんだ。資金調達で」

「いいんじゃない? もう許可は取ってあるんでしょ?」

「うん。そこで、お母さんに王都支店を任せたいんだけど……やってもらえる?」

「えらく急な話ねぇ。別にいいわよ」


 もう借金はないのだから急いで稼ぐ必要はないだろうと予想して、支店長をお願いしてみたらあっさりと承諾してくれた。

 私にその気は微塵も無いけれど、あの男の近くに居たいなら王都支店の店長は適任だと思う。商人であれば貴族街に入れるだろうし、王城の周りを廻るようなルートで販売すれば、庭園をぶらつく姿くらいは見る機会があるのではないかな。


「お母さんを雇うって何だか変な感じがするね」

「商売なんてそんなものらしいわよ」


 そうは言われても、私はこれが初めてだからピンと来ないのよね。……いや、待てよ。

 今の私はお母さんのお店で働く見習い従業員であると共に、行商人の見習いだ。それなのに、その店主を雇うという表現はおかしいような……。


 これはお隣のコロッケ生産工場予定地にしても同じことで、あそこは私がお金を出して用意したものではあるけれど、契約者はお母さんだし、運営上の責任者は従兄だ。実際は新規で雇用した女性の従業員がほぼすべて切り盛りしているし、商品の考案や販売額は私の一存だけで決めている。


 それもこれも、私が未成人であることが問題なのだ。

 リスクマネジメントで分散させているわけではないのだし、あと一年経って成人したらこの辺りの権利やらも回収しないとね。最初はただ委託販売してもらうだけだったのに、何とも不思議な事態になったものだよ。


 私が脳内メモのやることリストに新たな項目を刻み込んでいると、お母さんが妙案を思い付いたような声を上げた。


「あ、そうだわ。毎回ここから通うのは面倒でしょ。王都に家でも買おうか?」

「……え。住む気ないよ」


 あの廃墟を整えてそこで暮らすつもりだし、王都はあくまでも稼ぎの場だよ。職場に近いほうが嬉しいとしても、それこそ廃墟の町が職場な上に、転移の魔術があれば距離なんてさほど気にならない。


「でも、この町より人が多いから、すぐに在庫が尽きるわよ?」

「それじゃあ、倉庫だけは用意しなきゃダメかな?」


 痛い出費だけれど仕方がない。下手に悪評をばらまかれるよりは何倍もましだ。

 明日にでもどこか良さそうな物件を探しにいこうと、お母さんと約束した。


 その後は晩ご飯を食べて、食後のデザートとしてエマ王国の銘菓を楽しんでいると、やはりコーヒーが飲みたくなったので何とかしようとした。……しなければよかった。


 麦茶にガムシロップと牛乳を入れたら、カフェ・オ・レのような錯覚を起こすという噂を思い出したのだけれど、実際にやってみれば甘ったるくてクリーミーな麦茶でしかなかったのだ。少量とはいえお砂糖を無駄にしたことで涙が溢れ、失敗コーヒーモドキは鼻を摘まんでの一気飲みをもって処理したよ。

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