#107:王都見物

 露店や行商の営業許可証を用意してもらっている最中に、両替を終えた二人が合流した。その許可証となる金属製の手形を受け取り、代金を支払って商人ギルドを後にする。それからは、キョロキョロと周囲を眺めながらも目星を付けていたお店を目指して歩いていく。

 そんな時に、ふと思ったことがある。

 わざわざあんなに排他的な廃墟の町なんかで営業するよりも、大勢の人で賑わうこの王都で売ればよいのでは。


 商人ギルドの受付嬢からは出店場所の制限を受けていない。それならば、まずは王都で稼ぎ、余裕がありそうなら田舎領都にも手を伸ばし、それらの売上金を基にして廃墟の町を整備するのが最も近道なのではないかしら。ゆくゆくは廃墟の町でも販売するつもりだけれど、その時期は職人さん達がやってきてからでも遅くはないと思う。


 そんな内容を、お上りさんとなっている美少女二人に相談してみた。


「ふ~ん。別にいいんじゃない?」

「でも、人気取りはどうするの?」

「それも大事だけど、解決策がまだ浮かばないんだよ。それに、まずは先立つものがないとね」


 商会の立ち上げは一年お預けになったけれど、行商中の露店であれば店舗を用意しなくてもいいから賃料がかからない。さらに、王都や田舎領都で売り子を雇って私がコロッケを届けるようにすれば倉庫すらも不要となる。

 そのためには、各地で販売することでコロッケの製造数をかなり増やさないといけないから、設備投資は必要不可欠でしょう。

 その製造工場は実家のお隣でいいよね。既にあるものは有効利用しようではないか。あとは、ジャガイモを潰すのって簡単な作業だけれど、何度も続けているとなかなか疲れるし、その作業だけでも楽に――そして速く行える機材の調達は急務だよ。


 ただ問題なのが、税金というか上納金を支払う先が二カ国になったので、利益からその分がマイナスとなってしまう点だ。何もせず一年を待つよりは絶対によいと思うし、こればかりは致し方ない出費だろうね。


 そうやって今後の計画を練っている間にも、エミリーとシャノンは気になる露店で買い食いをしており、私もチェックしておいた物を買って食べながら先へと進む。


「やっぱりミリっちはパンなんだ」

「まぁね。気になるし。二人も食べる?」

「……なんかパサパサしてる。エミリーのところのほうがおいしいね」


 食べ慣れているお店との差もあると思うけれど、挟み込まれた具材の脂が染みこんでいる割りにどうにも粉っぽいというか、あまりおいしさは感じられなかった。王城近くのお屋敷で持て成しを受けた際は特段気にならなかったどころか、白くてやわらかな高級パンだったので、それとは別物にしても今回はハズレを引いたのかもしれない。

 かといって、クレームを入れて交換や返金させるほどまずくはなく、なかなか際どい線上にある一品だった。


「シャノン、それ買いすぎじゃない? サラじゃあるまいし」

「安かったから、つい。サっちゃもミリっちも食べて~」

「その腸詰めもだけど、お肉が結構安いよね」


 田舎領都と同じ理由で魔物による影響なのか、それとも王都だから集まっているだけなのか不明だけれど、お肉を使われた商品が軒並み安く売られている。しかし、質の悪そうなものを多量のスパイスで誤魔化しているのはご愛敬。今三人で食べている焼いた腸詰め肉は違うようだからいいものの、お腹が痛くなりそうなものは売らないでいただきたい。


「私のも食べてね。冷えてたから温め直してあるよ」

「チーズ掛けのミートパイね」

「――すっぱ!」


 不揃いの挽肉がゴロゴロと乗っかるミートパイだけれど、トマトソースの酸味がすごく強い。まだ春先なのに売られているから、気の早い農家が抜け駆けしようと拵えたのかもね。その結果がこれでは、買い付けたミートパイ製造業者が泣いていそう……と思ったら、売れてなくはないあたりが不思議な光景だよ。

 予想としては妙に安いからかな。少なくとも、私はそれが原因で購入した。安物買いの銭失いというほどではない味なところが何とも憎らしい。


 そうやって、決してまずくはないものの、どこか物足りない料理の味わいから異国の風情を楽しんでいると、こちらの住人向けと思しき露店の広がる市場を通りがかった。

 門から延びる大通りは主に外来者が使い、そこから少し奥まった通りは現地民が利用する。観光地にはよくある配置だから自然とできあがるのだろうね。私の目的は達しているし、三人ともお腹が膨れているので、腹ごなしがてら寄り道していこう。




 青空市場に入ってすぐ目に付くのは、やはりと言うべきか、肉、肉、肉。数多の肉だった。

 お野菜もあるにはあるのだけれど、その数は少ない上にやや高値で売られている。


 大きめの町なら周囲に畑が広がるはずなのに、この王都にはそれが見当たらなかった。あの修復跡だらけの外壁を思い出したら、畑を作っても何かに蹂躙されるのだろう。それに、魔物が跋扈しているなら隣近所に農村を設けることは難しいだろうし、遠方からの運搬料金などを考慮すれば多少値が張るのも頷ける。


「小麦粉も物によってはいっぱい売られてるわね。やたらと安いのもあるし」

「それで作られたのが先ほどのパンでございます?」

「これくらいの距離だと外国でも大きな差はないみたいだね……って、トマト安っ!」


 グロリア王国ではそこそこの値段で少数が売られていたのに、ここだとかなりの低価格商品となって露店に並んでいる。まんべんなく取り扱われているお肉に対し、トマトは一画に集中するような状態だ。それを平均化すればお肉に負けず劣らずな数だろうし、他のお野菜と比べたらその差は圧倒的だよ。同じくらい売られているのはジャガイモだけだね。あとはキャベツかレタスみたいな緑色の塊がやや遅れて続くかな。


 いくら安くてもあれだけ酸っぱいトマトに食指は伸びないけれど、それを前提にした味付けのソースにしておけば、まだ旬でないことも隠せてアレに手を出せるかもしれない。他の町だと関連ギルドのしがらみで文句を言われる危険性から諦めていたので、まだギルドすらない廃墟の町なら問題なく販売できるはず。

 しかも、ギルドが設置されるよりも先に売ってしまえばその利権は私のものとなるでしょう。

 ある程度の準備が整ったら、トマトをはじめとした必要なものを大量に買うと脳内メモに刻みつけ、現地民で賑わう市場を抜けてさらに奥へと進んでいく。




 至って普通の民家が建ち並ぶ中を歩いていると、徐々に豊かなものが見えてくるようになっていき、そのまま進めば広めの通りに出くわした。その通りと沿うようにして、町の中にもかかわらず外壁と並ぶほどに頑丈そうな壁が廻らされており、その壁と向かい合うように大きな店舗が続いている。


 この中にはお貴族様の暮らす町が広がっているのだ。私たちはそこで持て成しを受けていた。ただの平民では立ち入ることを躊躇うけれど、商人ギルドから正式な許可を得ている行商人の私なら、不審に思われても咎められはしないでしょう。


 そういった予想で通用門を探して近付いてみると、門番の兵士か騎士から身元を確認されただけで中に入ることは許された。通常であれば何かと審査が厳しいそうで、これこそが商人の特権ってやつなのかもね。


「こっちの町は賑やかじゃないね」

「お貴族様が平民みたいに騒いでるほうが変でしょ」

「どこからともなく音楽が聞こえてくるような……?」


 その音を辿っていくと、グロリア王国ではあまり見かけない楽器店を発見した。

 夜の酒場にでも行けば吟遊詩人がポロンポロンしているくらいで、楽器は上等な剣の一振りと同等かそれ以上の価格だと噂で聞いている。一般庶民には縁遠い代物だよ。ある意味では、いつか訪れた冒険者専門店よりも危険なお店なので、おそらくは試し弾きのギターらしき音に背を向けて先へと進んだ。




 平民街とは打って変わり、街路樹が列を成す石畳の道を歩き、一片の汚れすらも見受けられない綺麗なお屋敷が建ち並ぶ高級住宅街を抜けた。すると、内壁を越えてからずっと視界に入り続けていた宮殿のような王城がはっきりと見えてくる。

 それの近くには私たちがお世話になっていたお屋敷もあり、美術品とも言えるそれらが並ぶ先には、胡散臭い教団の大聖堂や平べったくて横に円く広がる謎の建造物があった。


「あれは何だろう?」

「あれに似てるわね。ほら、あれよ……えっと、そう、コロシアム」

「げ、殺し合うところ? 町中に物騒な……」

「お貴族様ならあり得るよ、サっちゃん」


 お貴族様はたいへん素晴らしいご趣味をお持ちですね。

 それが事実であれば無闇に近寄りたい場所ではないけれど、いきなり引き返すと目立つので仕方なくその前を通っていく。その際に開かれた大きな扉からチラりと内部が窺えて、自動的に保存されている脳内メモで振り返ってみれば、楽器を運び込む人たちの姿が映っていた。

 どうやらコロシアムではなく、あれはコンサートホールのようだね。

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