#106:いざギルドへ

 以前、エマ王国の王都に連れて行かれた際は、馬車の中から眺めることしかできなかったせいか、エミリーとシャノンは町で遊びたいような素振りを見せていた。私としても情報収集ができるので異存はなく、朝早くから二人と連れだって出発した。


 いつものように加速の魔術と短距離転移で到着したら、無断で侵入せず門前から延びている行列に加わる。

 今日の目的は商会の起業手続きだし、もしも出入りの記録を付けられていたら困ってしまう。ただの平民なんて数に入らないと思うけれど、見た目に大きな差違はなくてもここでの私たちは外国人だ。そんな人が町中に突然現れたら面倒なことになるかもしれない。それに、情報を持ち帰るのだから利用料は支払わないとね。


 小国といえども王都というだけはあり、駅馬車から降りてくる人たちや、続々と増える行商人などで列は長く延びていく。その中から眼前に広がる高くて分厚そうな外壁を眺めていると、この都市はかなりの歴史を誇るのではないかと思い至った。

 何度も戦火に見舞われたのか、その外壁や巨大な門には修復の形跡がいくつも窺える。それらから漂ってくる趣がどことなく古都の印象を抱かせるのだ。ただ古くて見窄らしいだけ――と言われたら返す言葉もないのだけれど……。


「中はすごかったけど、外は案外ボロっちぃわね」

「税金はお貴族様だけで使い込んでるのかも」

「ちょっと、二人とも。周りに言葉が通じないって思ってると痛い目見るよ」


 二人とも私と同じ気分を味わっているようだけれど、グロリア王国は大国なのだからそこの言葉に明るい人が行列の中にいてもおかしくない。その誰かにお貴族様の悪口を言っていたと密告されたら不敬罪だとかで連行されちゃうよ。


 うっかりと危険なことを口にしないよう、次に訪れる駅馬車の馬が何色なのかを予想したり、親指を上げる例のゲームで暇を潰したりしていると、早くも私たちの順番が回ってきた。

 行商人見習いなのに商品がなければ不自然なので、こちらでも売ろうと持ってきたハーブや、田舎領都で買っておいた香辛料が入った袋を見せて手荷物検査を受ける。それが終われば、平民から搾り取っていると想像していたのに高くはなく、それでもグロリア王国よりは安くもない入都税を支払い、見た目だけはやたらと豪華な門をくぐって王都の中へと入った。




 厚みのある門を抜けてすぐの所は、出入りに際する混雑を懸念したのか広場となっていた。それを過ぎてからは、堅牢そうな門から続く大通りを上りと下りで二分するように露店の並ぶ筋ができていて、そこかしこから呼び込みの大声が聞こえてくる。

 そんな大通りの端は、右を向いても左を見ても実家の雑貨屋とは比ぶべくもない大店が軒を連ねていた。そちらも負けじと呼び込みを行っているので辺り一面が活気に充ち満ちていて、無関係な私の気分までもが高揚するようだ。


「あれって髪留めかな? どんなの売ってるんだろ……」

「それよりあっちのお菓子見たい~」

「先にギルド行って用事を済ませるよ。観光はそれからね」


 あの賑わいを見せられたら私も後ろ髪を引かれる思いだけれど、まずは目的を果たしておかなければ心から楽しめないし、遊ぶにしてもお金が必要になる。そのためにも、気になるお店は目星を付けるだけに留めておき、商人ギルドを探しに大通りの奥へ向かった。


 それにしても、この国は本当に美男美女が多い。外来者と見比べたら歴然とした差がある。田舎領都にしてもこの傾向はあったから、魔術で日帰り大変身みたいなお手頃価格の美容整形でも流行っていたりして。


 そんな中に混ざっても引けを取らないエミリーとシャノンはかなりの逸材でしょう。

 さすがは地元で冒険者たちのアイドルをしているだけはあるね。


「何よ。変な顔して」

「……アイドル」

「そういえば、最近ミリっちの人気が急上昇してるよ」


 どうやら迷宮討伐の噂に尾びれ背びれがついているようだ。

 颯爽と現れた可憐な美少女チームが有名な高ランクチームと先を競うように駆け抜けていき、愛らしい使役獣と共に迷宮の主を軽くひねり潰し、それを祝して催された村のお祭りでは皆に高級なお酒を浴びるほど振るまい、どうか当家を継いでくれと泣いて頼む領主の願いをあっさりと断り、莫大な賞金と村の名産品を荷物持ちに運ばせて地元へ凱旋したのだとか。

 なお、私の存在は抹消されていた。もしくはおまけの荷物持ちだった。……解せぬ。


「……マチルダさんはわかるけど、お母さんもその中にいる違和感が半端ない」

「あたしは鷲獅子じゅじしの爪痕が盛り立て役ってのが気に入らないわ」

「サっちゃんは先に帰っちゃったけど、お祭りでは適当にうろうろしてただけなのに」


 そうやってただの噂にダメ出しをしていたら、通りと筋が交差する十字路の角地に建つ商人ギルドが視界に映り込んだ。

 どうやら総合ギルドではないようだけれど、なぜこれほど立地のよい場所にあるのやら。この国の流儀だと言われたらそれまでにしても、ギルドの及ぼす力が強いのかもね。

 そんな商人ギルドに足を踏み入れるとほどよく温かい空気に出迎えられ、ブルックの町にあるそれと同じくして、空調の魔道具を完備しているお金持ちっぷりを見せつけられたよ。




 さて、これから商会を立ち上げてギルドで事業登録する前に、転売で稼いだお金の大半を領主へのお土産に忍ばせて心許ないから、この国のお金に両替しておかなければ。

 たいていの町――例に漏れずこの都市でも、門の周囲や賑わう露店の合間、商人ギルドの付近にすら両替商が屯しているけれど、それを利用しない明確な理由がある。

 なぜなら、ぼったくられるのだ。

 彼らは独自の為替レートを使うので細かな差額だとしても確実に損をする。各々の国で流通する貨幣には保護の魔術が掛けられているはずだから、端が削られて価値の落ちた硬貨を掴まされる不安はない。しかし、悪い人はどこにでも湧くもので、妙に安い手数料に引き寄せられた挙げ句、外国人ならバレやしないだろうと偽造貨幣を出されでもしたら厄介だ。

 その一方で、商人ギルド内部で行われる両替ならば為替レートが確かなものであるから信用がおけるし、なによりもここでお金を落としたほうがギルドの覚えもめでたいでしょう。


 というわけで、ひとまずは銀貨ソル一〇〇枚をお願いしてみると、場所が場所だけに驚かれることもなく、こちらの国で使われている白灰色を帯びたエキュー硬貨に両替してくれた。

 以前、お母さんから聞いていたとおりにグロリア王国よりも少し高いようで、大小二種類の硬貨となって私の手元に戻ってきた。その数を手早く調べてみると、グロリア王国の貨幣を前世でいうところの米ドルだと仮定すれば、エマ王国のエキューはユーロと似た具合だったよ。チラりと見えた帝国の共通貨幣はこれらより高くはなく、人民げんといった感じが近いかも。


「これでよしっと。次は登録だね」

「待って、サラ。あたしも両替しときたい」

「わたしもしておこうかな。サっちゃん、お願い」

「おっけい」


 少しくらいは自分で持っているけれど、盗難や紛失対策として二人の貯金というか、迷宮討伐で得た賞金入りのお財布は私のスタッシュで預かっている。装備を充実させるためにオークションへつぎ込んでいても、まだ金貨リブラが何枚も残っているから落とすと大変だものね。

 そんな二人のお財布を本人たちに返却すると、それぞれ銀貨ソル一〇枚ずつ取り出してからまた預けてきた。そこで、両替を待つ間に商会の登録を済ませてくると伝えておき、私は一人で受け付けカウンターへと足を向けた。


「商人ギルドへようこそ。ご用件をお伺いいたします」

「商会を立ち上げるので、その登録に来ました」

「新規ご登録ですね。承りました。では、必要事項の質問にお答え願います」

「はい」


 有名企業の受付嬢よりも数段は美人なお姉さんからの質問に答えていくと、晴れて私だけの商会が……立ち上がらなかった。


「代表責任者が未成人ではお受けできかねます」

「あ……」


 この国でも成人と未成人の間には越えられない壁があった。……浮かれすぎていたよ。

 私は次の春に成人するのだから、たった一年くらい誤魔化してもいいのだけれど、年齢詐称がバレて罰金を科されたら面倒だし、またお母さんに頼ってばかりなのも気が引ける。それにまだ準備万端とは言い難く、一年かけてコツコツとなし崩し的に整えるのもありだね。

 しかし、それをするにはお金が必要となるので、既に行商人――及びその見習いなら発行できるという行商と露店の営業許可をお願いすると、こちらはすんなりと承諾された。


 それでいったい何を扱うのか。それは、今までの経験から食品だ。

 手っ取り早く、なおかつ確実に稼ぐのならば衣・食・住に関わるどれかがよい。

 その中から今の私でも手が出せるのは食というだけで、他も儲かるなら全部やるつもりだよ。

 現状では、元手がかからず、主婦には喜ばれ、子供にも受けがよく、おじさんからも好評なコロッケで旋風を巻き起こすのだ。

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