#105:商会起業計画

 廃墟の町――ケルシーの町を自由にしてもよいというお墨付きをくれた領主には、早々にお礼と別れの挨拶を述べてこぢんまりとしたお屋敷を私ひとりで辞した。案内してくれた店主はこれから領主と話があるそうで、早まった選択をしてしまったよ。これでは悪巧みがされていても邪魔をできないではないか。

 かといって、初対面の領主を相手にやっぱり残りますとは言い出しづらく、やる事もあるのでエミリーとシャノンが待つお店へと足早に向かった。


 何をするにも、次は町長に話を通しておかなければならないからね。ギルドすらない町だとしても、さすがにまとめ役くらいは居るでしょう。そんな人を蔑ろにしたら開発も覚束ない。むしろ、協力関係を築かないとまずい。特に、利益を確保するための利権問題なんて尚更だ。


 それを少しでも有利に進めるべく、どういった算段で懐柔しようかと考えながらお店へ戻ると、エミリーとシャノンが小走りに駆け寄ってきた。


「おかえり。どうだった?」

「今のところは特に問題なし。好きにしてもいいって」

「今のところは……って、これから悪くなるの?」

「わかんない。ここの店主次第かな?」


 その言葉を聞いて私が一人で戻ってきたことに気付き、おおよその事態を察したようだ。土地を治めるお偉いさんと金持ち商家の主人で悪巧み。思い付くところはそれしかないよね。

 しかし、あの領主の男爵からは時代劇における悪代官みたいな嫌らしさを感じなかった。


 まだ交わした言葉は少ないけれど、私が知っている貴族と比べて偉そうな態度は取らなかったし、服装や住居にしても貴族らしさがかなり薄かった。それに、聞かされた内容のほとんどが伝聞系だったことから、あまり力はないのだろう。上から言われたことに唯々諾々として従うような、事なかれ主義なのかもしれないね。




 直接頼まれてはいないけれど、こちらの店主は領主と話し合っているから遅れて帰ることを店員さんに伝えておき、エミリーとシャノンを連れてケルシーの町へ向かう。

 廃墟の外側にある集落に到着してすぐ、並べた籠の具合を確かめている人がいた。それが脳内メモに頼らずとも見覚えのある青年だったので、これ幸いにと声を掛ける。


「こんにちは。ちょっとよろしいですか?」

「……またお前か」

「先日はありがとうございました。今日はこちらの町長を探しているのですが」

「いない」

「……いない? それはどういう事でしょう?」

「……よそ者にはわからんだろ」


 そう言った彼は手早く籠を片付けていき、一度も振り返ることなく立ち去った。

 確かに私はよそ者だけれど、わからないからこそ聞いているのに態度が悪くないかしら。意味は通じているのだから言葉を間違えたわけでもないだろうし、虫の居所が悪かったってやつなのかもね。


 過ぎたことを考えていても仕方がないので、気を取り直して他の住人にも聞いてみた。ところが、同じように『町長はいない』と答えるか、潔く無視を決め込むばかりだった。

 これだけ出揃えば、なんとも信じ難いことだけれど町長がいないというのは事実だろう。それならそれで楽だとしても、言いようのない不気味さが這い寄ってくるね。


 不気味さといえば、ここの住人はいわゆる顔面偏差値が極めて高い。あっちを向いてもこっちを見ても、揃いも揃って美男美女だらけで怖いのだ。それが子供や老人にも漏れなく当てはまり、恐怖感から身震いすることが多かったよ。


「ここの人たち、何て言ってたの?」

「町長はいないんだって。存在しないってさ」

「サっちゃんが何かやらかして隠されたんじゃ?」

「身に覚えがないよ。この前、籠の人にコロッケあげたくらいだし」


 まさか挨拶がてらに渡したコロッケが引き起こした顛末ではないと思う。……思いたい。

 あまりのおいしさに方々へ自慢しまくった彼が住人たちから疎まれて、それを持ち込んだ私の身なりが伝わってしまい、田舎特有の排他主義に拍車が掛かっていたら笑えないよ。

 だからといって他に思い当たる節は一切なく、三人揃って首を傾げても答えは出なかった。




 貴族の承諾を得ていても、町には町長が存在せずそこに暮らす人々の反応がこれでは先行き不安でしかない。ここで何かをする前に、この問題だけは急ぎ解決しなければならないだろう。


「なんとかして好印象を持たせないとねぇ……。現状だと話もまともに聞いてもらえないよ」

「人気取りたいならお金でもばらまいたら?」

「それはダメだよ。愚策もいいところ」

「愚策って」


 タダでお金が手に入ると何もしなくなる危険性がある。また貰えるかもって期待が原因だ。私は夢を叶えるために商売をしに来たのであって、住人の生活を破壊するつもりはない。それどころか、ここの人たちには私のお客さんになってもらう予定だから、下手に施しを与えては仕事を辞めてしまう者が出てくるおそれもある。

 一度や二度ならそんな過ちは犯さないだろうけれど、お金で買った人気を維持するためにはさらなる金銭の投入が必要となる。それを使って私のお店だけで買い物をしてくれたとしても、仕入れや製造などの経費――特に、人件費を考慮するとこちらが先に倒れてしまうでしょう。


「じゃあ、食べ物とか? コロッケの二の舞になりそうだけど」

「あれはコロッケのせいじゃないって。それに、何かを無償であげるのはダメだよ」

「サっちゃんなら嬉しいでしょ?」

「そりゃ嬉しいよ。でも、対価がないと人間は腐りやすいんだよ」


 何かをあげるとしたら割りのよい仕事を斡旋したほうが幾分ましだと思う。近いうちに私が声を掛けた商人や職人さん達が大勢やってくると思うし、そうなれば工房や店舗の準備、架橋工事に街道整備などで否が応でも人手不足は避けられない。

 彼らに雇われてもいいし、前もって用意する私のお店で働いてくれても構わない。そこで得たお金を私のお店で使ってもらえたら簡易的な錬金術サイクルの完成だ。うまく回るようならその資金を基にしての富クジや景品クジなんてよいかもしれないね。胴元は絶対に儲かるし、多少は集客効果も望めると思うのだよ。


 そんな計画を二人に聞かせ、それらを成すために必要不可欠なことから手を付けていく。


「というわけで、商会を立ち上げます」

「じゃあ、ギルドね……って、ないじゃん」

「うん。領都まで戻るからスタッシュの中でゆっくりしててね」

「待ってサっちゃん。せめて飛んでいきたい」


 人目に付かないところを選ぶと必然的に森の中となり、障害物が多くて危険だろう。私の重力操作を気に入ってくれた二人には悪いけれど、加速の魔術と短距離転移の連発で領都へと舞い戻る。町長がいないなんて予想外すぎて、このとんぼ返りは仕方がない。




 夕一つの鐘を過ぎてから領主と面会し、それが終わってからはケルシーの町で町長を探していたので、既に夕焼け空が色濃くしており夜のとばりが迫っていた。

 ギルドなんてものはお役所仕事だし、急がなければ門前払いをくらいそうだ。しかし、商品の相場ばかりを気にしていた私はギルドの所在まで調べていない。たいていは目抜き通りの裏手に建っているのでその辺りを探してみたのだけれど、なかなか見つからないでいる。


「あの、すみません。商人ギルドはどこですか?」

「あん? あぁ、ギルドなら通りの表側だ。あっちだぞ」

「反対側でしたか。助かりました。ありがとうございます」


 あまり時間を無駄にできないから道行く人に尋ねてみれば、喧噪で聞き取りづらかったのか不審そうな表情を浮かべたものの、通りの表に面した方向を指差して教えてくれた。


 普通なら、そちら側はお客さんを求める商店が軒を連ねているのでギルドを置くわけがない。あったとしても端の方だ。私たちが暮らすブルックの町ではそうなっている。ギルドは商売をしているわけではなくただの事務所みたいなものだから、そんな位置に陣取られると商人としては邪魔でしかない。通りに面した土地は限られているのだ。

 それなのに、指差した場所にギルドがあるとすれば目抜き通りのド真ん中になってしまう。ケルシーの町から離れるほど立地がよくなるとしても、何だかおかしな具合だね。


 そんな事を考えながらも教わったとおりの場所へ向かうと、商人ギルドではなく総合ギルドと書かれた看板を掲げる建物に出くわした。

 そこへ滑り込むように入ってみれば、一般的な終業の知らせとなる夕三つの鐘はまだなのに早くも片付け始めている。そんな中を足早に進み、受け付けで商会の立ち上げ手続きをしようとしたら、迷惑そうな顔つきで『新規登録等は王都へ』と言って追い払われてしまった。


 今から王都に向かっても時間的に無駄足となりそうで、商会登録は明日に持ち越しだろうね。王都に行くなら大臣への礼状も出せるだろうし、家に帰ったら書いておこう。

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