#104:田舎領主と謁見
小島で遊んだ翌日も、お昼を過ぎてからエマ王国の田舎領都まで行く。そして昨日のお店へ向かってみると、呆れた店主に『これから領主様に面会を申し込むところだから、まだ早いぞ』と苦笑されてしまった。
あの廃墟を勝手にいじっていいですか――と聞くだけなのに、面倒なことだよね。今回も、なかなかおいしかったお塩や、近くに並んでいるスパイス類を買って出直すことにしたよ。
その翌日も昼下がりに例のお店へ行く。すると、居合わせた店主から『領主様は会ってくださるそうだが、日取りはまだ決まっていない』とのことで、また買い物をして帰るしかない。
しかし、私が二度も三度も同じ手を食わされると思ったか。
それに対する策として、うちの近所では安価だけれどこちらでは高価なハーブや、普段からスタッシュに入れてある当店自慢の石鹸などを売りつけたのだ。そのハーブも乾燥させたものだから、怪しまれることなく割高料金で買い取ってくれたよ。
それからも毎日通い詰めては転売して過ごした数日後、私がお店に顔を出すと店主が奥から手招きしており、そちらへ近付くなり挨拶も早々に本題へ入った。
「昨日の夕刻に領主様から知らせが届いたぞ。君が帰ったあとで間が悪かったな」
「そうなんですか。もう少しゆっくりしておけばよかったです。それで、日程はいつごろに?」
「明日の昼一つか、明後日の朝三つだな。急ぎであれば今日の夕一つから二つの間でも会ってくださるそうだが」
「では、今日でお願いしたいのですが……お忙しいでしょうか?」
今日の選択肢を最後に持ってきているなら、店主としては都合が悪いのだろう。
それでも、お貴族様との面会なんて身構える行事は早めに終わらせてしまいたい。
「今日か……。まぁ構わんが、あまり長くは取れないぞ?」
「はい。お手数お掛けします」
紹介してくれるだけだと思っていたら、同席までしてくれるようだ。なんて心優しい店主なのでしょう……と見せかけて、これは隙あらば利益をかすめ取るために違いない。
商人が無償で優しい言葉を掛けるわけがないからね。ここ数日の私だって、ただの転売に勤しんでいただけではないよ。持ち込む品によって起こされる反応や、その値段などから町や国の情勢を探っていたのだ。
例えば、このお店はお塩がとても安くて、蜂蜜やお砂糖も比較的安価に売られている。その代わり、迷宮特産のお酢は割高だし、お醤油は魚臭い別物だった。
他の商店も見たのだけれど、小麦粉は産地によってバラバラな値付けがされていて、その量もあまり多いとは言えない。その割りには多種多様なお肉が店頭に並んでいて、ジャガイモだけはどこでも安い感じだったよ。
工業面では素朴な木製品が多く出回っていて、鉄などの金属製品も少なくはなかったと思う。
これらの事から読み取れるのは、この付近に迷宮はなく、魔物が多いといっても国内全域に蔓延っているわけではない。しかし一部地域では住み着かれているようで、畑で作物を育てるよりも狩猟を生業とされており、その地における産業の発展が妨げられているのだろう。
この国は緑豊かな山野が広がっているので、加工される木々はその森から。金属はそれらが生える山に鉱脈があるのか、もしくは川に鉄鉱石が多く眠っていると考えられる。
そうやって他愛ない腹の探り合いをしていると、夕一つに鳴る鐘の刻限が近付いてきた。
「さて、そろそろ向かうとするか。着替えてくるから待ってなさい。館まで案内しよう」
「はい。ありがとうございます」
「……あぁ、そうだ。あまり細かなことを気になさる御方ではないが、護衛は連れて行かないほうがいいだろうな」
「そうですね。不用意に刺激しないほうがいいですね」
着替えのためにお店の奥へ消えた店主のアドバイスに従い、エミリーとシャノンにはここで待っていてもらうことにした。これからお貴族様――それも領主と面会するのに、冒険者然とした身なりのままで連れて行くのは失礼に当たるからかもしれない。二人にも小綺麗なお嬢様風の服を着せて、私の従者という体で護衛をしてもらえるように準備しておくべきかな。
そんな内容をかいつまんで話してみたら、揃って嫌そうな顔をしている。
「お貴族様なんかとは、できる限り会いたくないわよ」
「ちゃんとここで待ってるから、サっちゃんはがんばって」
「ぐぬぬ……。私だって、会いたくて会うわけじゃないんだけど」
揉め事を起こすつもりはないのだし、護衛という時点で相手を信用していないとも受け取られかねない。無駄に悪印象を抱かさないためにも、何か理由がない限りは私一人で立ち向かうしかないのだろうね。
貴族に引けを取らないほど、それでいて抑えられた華美さという絶妙な塩梅だけれど、まったく似合っていない服に着替えた店主の案内で、山手側の町外れまでやってきた。あの長くて高い山脈だ。ここの麓に領主の館があるらしい。
そこには男爵一家が住んでいるそうで、この国では伯爵でなくとも領地を持てるようだね。国土面積の割りに人口が少ないから、こんな事態になっているのかもしれない。
どんな豪邸で暮らしているのかと期待や不安を薄い胸に抱え、徐々に迫ってくる山を見上げながら歩いていると、お金持ちの別荘みたいな邸宅がポツンと建っていた。
「着いたぞ。あちらに領主様がおられる」
「……あ、はい」
領主といえば、お城のような……というか、お城に住んでいるのでは。少なくとも、迷宮討伐の件で招かれた田舎領主のお住まいはお城と表せる建物だった。
しかし、私の目には豪邸とも言えないようなこぢんまりとしたお屋敷が映っている。同じ田舎領主なのにこれほどの差があるとは、いったいどういう事なのか。これでは羊飼いの隠れ家亭に隣接するそのご自宅のほうが大きいと思う。
過去に一度だけ、あの男に連れられてお邪魔したことがあるのだよ。当時から町一番のお金持ちだけあって個人にしては広大な敷地を持っていた。その際にグレイスさんとクロエちゃんに出会い、以後はずっと良くしてもらっている。
脳内メモの風景と比較した私が惚けている間にも、店主は先を歩いていた。
下々の平民が暮らす家屋に比べたら明らかに大きいけれど、貴族として見たらそうでもないそれへと近づき、門を守る騎士の前で訪問の旨を告げていたところで私が追い付く。
そして、暫く待たされてから執事のおじさんが現れて、予想違わず質素な広間に通された。
「ご主人様がお見えになるまで、こちらでお待ちください」
「はい。失礼致します」
「ありがとうございます」
そう言った執事が立ち去る前に、領主宛に心ばかりのお土産――転売で稼いだお金を忍ばせたお菓子を手渡しておく。そして、革張りのソファに腰掛けて待機していると、落ち着いた色合いの趣深い衣服で身を着飾る壮年のお貴族様が広間にやってきた。
その姿を目にしてすかさず立ち上がり、お貴族様の足下で店主と揃って跪く。先に挨拶を交わしている店主が終わり次第、私も後に続いた。
「本日はお時間をいただきまして誠にありがとうございます。私はグロリア王国で行商人見習いをしております、サラと申す者です。ご相談したい事があり参りました」
「ウィンダム領を治めるダーモット・バロン・オヴ・サリンジャーだ。あまり固くなる必要はない。楽になさい。……して、その議とは?」
「恐れ入ります。海沿いに進んだ先に存在する廃墟ともいえる町についてです」
「ケルシーの町か。それについては調べておる」
どうやら、散々待たされている間に王城の役人へ真偽確認を取っていたらしく、私の話はすべて事実であり、あの土地は思うままに使ってよいと笑みを浮かべて答えてくれたそうだ。
「では、空き家となっている建物を私が使用してもよいのですか?」
「何ら問題ない。場が調えばギルドや守備兵を配置しよう」
あれを見たら頷かざるを得ないけれど、ギルドや兵士だけでなく徴税する機関もないだろうし、現状だと脱税し放題だったのでは……。もはやこのお貴族様は用済みなので、早いところ町に戻ってギルドが設置される前にやれる事をやらなければ。
そんな腹づもりを隠して
「そこで、この国には不慣れであろうとのことで、手伝いを寄越して下さるそうだ」
「ありがとうございます。お手を煩わせてしまい申し訳ございません」
「なに、ただ仲介をしたまでに過ぎん。礼なら大臣に伝えてくれ」
「すべてはサリンジャー閣下のお力添えあってこそ。大臣にはお礼状をお送りいたします」
まさか手伝いまで用意してくれるとは。あの男の周りには意外といい貴族がいたものだね。もしかしたら私の事情を知って不憫に思われたのかもしれないけれど、この際利用できるなら同情でも何でもいいよ。
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