#103:沖合の小島
私の話を聞いた店主は少しばかり思案顔を見せたものの、ここの領主に取り次いでくれると答えてくれた。しかし、今日これからすぐというのはさすがに無理らしく、明日か明後日にでも出直してくれとのことだった。
私が王城に勤める大臣の名前を出したためか、事実であれば金儲けに繋がるだろうと判断したようだね。丁寧なお礼を述べてから適当な商品をいくつか買ってお店を出たよ。
ただ目に付いたという理由だとしても、海沿いの町だからかお塩がとても安かったのだ。お塩はほとんどの料理に使われるし、腐るものでもないので、いくらあっても困らないからね。実家の寂れた雑貨店ですら安定して売れていたという安心感もある。
さて、この町での用事は済んだことだし、廃墟の町へ戻ろう。もうやると決めたのだから、次はどこから手を付けていくかの計画を立てなければならない。大ざっぱな構想は頭の中にあるのだけれど、それをそのまま適用できるかは別問題だ。
「うわ、もう昼三つの鐘鳴ってるじゃん」
「お腹空いたよぅ、サっちゃん……」
「ああ、ごめんごめん。あっちに戻ったらご飯にしようね」
廃墟の町には鐘がなくて、さらに私が集中していたことでお昼ご飯をすっかり忘れていたよ。
最初の課題は鐘楼の設置だろうか。それとも懐中時計の製作を急いでもらうべきか。
そんな風に考え込んだ私の腕が両側から引っぱられ、頬を膨らませた二人をスタッシュに吸い込んで加速と短距離転移で廃墟の町へ移動した。
せっかくなので、見た目だけはよい廃墟を眺めながらお昼ご飯を食べようと思い、王都から続く山脈の中でも見晴らしがよい場所まで空中を飛んでやってきた。
そこで魔術を解除して皆で昼食の支度を調え、エクレアも外に出して景色を楽しむ。
ここから見下ろすと、あの廃墟は広くゆるやかな川の中洲――もしくは入江にあたるようだ。縦に長く延びた卵形の膨らみ部分が海へ突き出ており、沖合には小島が点々と続いている。そこへ流れ込む大量の水は山脈中に源泉があるのだろう。動いているように見えない川面を見ていると、王都から続くほど長い山脈にしては勢いが弱く感じるけれど、川幅を考えたら十分な水量なのかもしれない。
ただ、どうにも腑に落ちないのは橋が一つもないことだ。
川向こうにもぼろぼろの木造家屋が疎らに建つ集落が見えるのだけれど、手前側のそれとは交流をもっていないのかな。川幅を考えたら仕方のないことだとしても、渡し船の影すら見えていないのだ。廃墟の中を通っているとしたら、それはそれでおかしな点に繋がる。
廃墟の町を囲む石壁には門が一箇所だけしかなかったし、反対側も同じであれば、たった二箇所しか出入り口が存在しないことになる。川の流れも潮の流れも非常にゆるやかで、町中に水路が掘り巡らされているのだから、ヴェネツィアのようにゴンドラで移動していたとしても、歩行者向け通用口の少なさは妙だよね。
そんな廃墟だけれど、川の上流側は崩れているものが多いし、あれも水害の痕跡なのかもしれない。川のど真ん中に町を作るのなら、なぜ対岸だけに壁を設けたのやら。あれこそが堤防なのだとしたら、ここの設計者は頭がおかしいのではないかしら。
いや、日頃から水路を使っていたら壁は邪魔になるのか? ……もう、よくわからん。
そうやって、廃墟の町に思いを巡らせていると、エミリーとシャノンがおもむろに口を開く。
「なんか味気ないわね」
「パンもスープもおいしいのにね」
「そう? あれとか綺麗じゃないかな。ほら、あそこ」
「言いたいことはわかるけどさ……廃墟じゃん」
「そこがいいんじゃない。忘れられた芸術品とかロマンがあるよ」
「やっぱり、サっちゃんはどこか変」
どうやら二人には不評なようで、ご飯にご執心なエクレアは景色に見向きもしなかった。
私の美意識がズレているわけではないようだけれど、廃墟という点に問題があるのかな。
「そんなことより、あの町どうすんの?」
「小さいけど港っぽいのがあったじゃない? あれを発展させて商港にできたらいいなぁって」
「もうちょっと具体的に」
「う~ん……港と繋がってて広めの水路で区切られてた中央部、あそこを商業地区にするつもり。その周りが加工する工房ね。やっぱり、あの水路も生かしたいかなって」
今のところ、大ざっぱな構想はこんな感じだよ。
ただ、水害にあったというのが気がかりで、どの程度の被害に見舞われたかによっては計画を変更しなければならない。上流側に崩れた家屋はあるものの、あれが水害によるものという確証はないのだから。
「そういえば、ここの人達って漁師が多いと思うけど、畑は何を育ててるんだろう?」
「たぶんソバね。昨日はガレット食べてるの見えたから」
「海辺だとやっぱり難しそう」
潮風で作物が育ちにくいというよりも、この世界の植物は自力で走り回るからね。いい感じに実ってきたら、早いうちに収穫しておかないと逃げられてしまう。
その様を見て、野菜が人類に反旗を翻すためなんて言う人もいるけれど、安全な場所で子孫を残すためという説を支持している人が多いよ。すべての生物に課せられた逃れられない運命と言えるから、納得もしやすいのだと思う。
そんなお野菜を逃さないために、一応は畑の周りを柵で囲われている。しかし、全体を覆うと日光が当たらないので、どうしても逃亡を許すことになってしまう。ビニールハウスでもあればそれらを防げるとしても、私はビニールの製造工程を知らなくてどうにもならない。
透明で丈夫な皮膜を持つ魔物は存在するみたいなので、それを大量に集めたら似たような物が作れるかもしれない。それでも製品化されていないのは、あれはとても腐りやすい素材らしいから生け捕りにして加工する必要があって、これはかなり難しい問題なのだと思う。もしも簡単にできるのなら、既に誰かがやっているはずだもの。
「ふぅ……。今日もおいしいサンドイッチでした」
「そう? 帰ったら伝えておくわ」
「さてと。これからどうしようかな。沖合の島でも行ってみる?」
「今度は長距離飛べるんだ。やった~」
廃墟の町ですら周囲に人が住んでいたのだから、水害を免れていそうな島にも何かあるかもしれない。そんな期待を込めてエクレアを抱きかかえ、エミリーとシャノンには自力で私の腕に掴まってもらい、重力操作で沖合の島を目指してふわりと飛び立った。
実はこの魔術、空間自体の重力方向をこまめに変えているだけなので、二人にしがみつかせる必要は一切ないのだけれど、最近スキンシップが少なかったからだ。この事は秘密だよ。
人目につく可能性がある陸地はほんの少しだけ浮き上がって移動する。籠が並べられている桟橋には青年の姿がなかったけれど漁に出ている船が戻ってきていないので、そこからは加速の魔術も併せて小島へ向かう。山から眺めたときにそれっぽい影を確認しているからね。
しかし、小島についてから加速の魔術を解除するとシャノンは怒り心頭だった。
「もう、途中まではよかったのに。サっちゃんのケチぃ」
「仕方ないでしょ。人が居たんだから諦めなさいって」
「ごめんね。この島に誰も居なかったらいっぱい飛ぶよ」
「まだ帰りの分もあるんだから、ちょっとの辛抱よ」
「でも、ただ浮かんで移動しただけなのに、そんなに楽しかったの?」
「やっぱり、サっちゃんのはフライとかジャンプと違うから面白いんだよ」
下に風を吹き付けて大きく飛び上がるジャンプと、それを連射して対空するフライのことか。
前者はまだしも、後者は魔力の燃費が驚くほど悪くて誰も使いたがらないと聞いている。私の重力操作なら震動は皆無で細かな制御もできるから、比較にならない快適さなのだって。
そんな話を聞いた上で、私も空中散歩を楽しむためにも、今はこの小島を探索しよう。
山から見下ろした限りでは、小高い丘と狭い森が見えただけで裏側までわからないからね。
それを調べるべく回り込んだのだけれど、特段気になるようなものは見当たらない。こちらにも鳥が住んでいる程度で建築物なんて一つもないし、野獣すらいない無人島だった。
目の前に小舟で行き来できる町があるのなら、灯台の一つでもあると思っていたのに小屋すらないとは、この地域はまったく開発されていないのかしら。まだ他にも島があるのだから、表向きは隠れ家――その実、ヘンテコ魔術研究所を建てるのも一興かもしれないね。
とりあえずは魔物がいないことを確認できただけでもよしとして、約束どおり二人と一緒に島中を飛び周り、エクレアとも競争して日が暮れるまで遊び倒した。もちろん、内陸側を警戒しながらだからあまり高くは飛び上がっていないけれど、小高い丘から滑り降りるときなんて大いにはしゃいでいたよ。
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