#102:廃墟探検隊
脳内メモを頼りにして、グロリア王国から小国群を抜けてエマ王国に入り、王都の背後に聳える山脈をぐるりと回り込んで廃れた町に到着した。無断出国や不法入国だけれど、そこはどうか寛大な目で見てほしい。人混み溢れる繁華街を短距離転移で通り抜けるなんて恐ろし過ぎて、近寄りもしていないから何の情報も盗んでいないよ。
まずは周囲の人影を確認し、エミリーとシャノンをスタッシュから外へ出す。それから申し訳程度の柵で囲われて、町というよりは村に近い集落へ近付く。すると、昨日の今日ということもあるのか無遠慮な視線が飛んできた。どこの世界でも田舎はよそ者に厳しいようだね。
「本当にここを作り替える気?」
「そのつもりだから調べにきたんだよ。お貴族様に話を通してからじゃ断れないだろうし」
「連れてこられた時点で決まってたりして」
「怖いこと言わないでよ……」
最悪の場合、目をつむって耳も塞いで何も知らない振りをして家へ帰る予定なのに、既に話がまとまっていたら貴族の命令を無視した罪人として裁かれそうだ。そうはならないように、使える部分があることを願って調べていく。
この町で最も気になる箇所といえば、やはり石壁で囲われた廃墟でしょう。見た目だけはすごいのに誰かが暮らしている形跡がなくて、あれを捨て置くなんてもったいなく思えてしまう。昨日は壁の隙間から覗き込んだだけだから、今日は内側へ乗り込んでみたいね。
ぼろぼろの木造家屋が疎らに建ち並ぶ区域を後にして、建物が一切見当たらない壁沿いを調べながら歩いていくと、新たな発見がないままに終点となる海に着いてしまった。腕を伸ばしても海面には届かないけれど、飛び込むのに躊躇うことはない高さの海辺だ。
ここから壁に背を向けて少し歩けば粗末な桟橋だけの船着場らしきものがあり、背を向けた壁には馬車ごと通れそうな大きめの門が備わっている。
しかし、それは昨日と同じく押しても引いても開かない。
「やっぱり、この扉開かないわね」
「ちょっとは動くんだよね? それならサっちゃんに吹き飛ばしてもらうとか」
「先に進入禁止の立て札でもないか調べてからね」
廃墟とはいえ、これだけの建築物が並んでいるのだから捨てられた理由は必ずあると思う。何らかの危険が考えられる限り、足を踏み入れる前に札の一枚くらいは探しておきたい。昨日は夕暮れも過ぎそうだったから断念していたのよね。
「何も見つからないわね。誰かに聞こうにも人がいないし」
「門に文字が見えたような気がしたけど、これはただの模様かなぁ……」
「入るだけなら問題ないのかな? それじゃあ、裏側を見てくるからちょっと待ってて」
そう言い置いた私は時間と重力の魔術を操り、ふわりと浮かんで門の上へと移動した。
ところが、そこから先には何もなく、仮に門が開いても一歩踏み出すだけで海へ落ちてしまう。橋の残骸らしきものが付け根にあるものの、廃墟が広がる対岸側とは三〇メートル近く離れており、これでは意味を成していない。
一旦、元の位置に戻って魔術を解除してから状況を伝えてみる。そこで軽く意見を交わし、シャノンのリクエストで時間を加速させずに二人を抱えてふわりと対岸へ移動した。
こちらは一面に板石が敷き詰められており、その上をトコトコ歩く野鳥くらいしか動くものが見当たらない。手近な家屋を覗き込んでみると中が砂埃まみれだ。奥のほうにまで入り込んでいるし、目と鼻の先には海があることから風も強いのだろう。そんな建物がいくつもある。芸術品のような彫刻すら施されている邸宅も見かけてしまい、虚しさが際立っているよ。
「忘れられた町って感じだね」
「呪いでもかけられてそう。なんか妙に寒いし」
「それだったら面倒だよ。エクソシストは数が少ないから予約するのも一苦労」
呪いとか勘弁してほしい。遅効性の魔術として存在していると思う。まれにそんな噂を聞くことがあるし、ただの冗談だと笑って流せない世界なのよね。実際に、悪魔やゴーストなんかは居るのだから。
「あぁ、また行き止まりだ。まったく、歩きづらい町ねぇ……」
「どうして橋がないんだろう」
「誰かが壊したんじゃない? 割れた形跡はあるし」
「嫌なことする人がいたものだね。それじゃあ、また飛ぶから二人とも私に掴まって~」
石壁で囲われた町には、建ち並ぶ廃墟の間を縫うようにして水路が走っている。狭いものでおよそ二メートル。それ以外は平均して五メートルほど。豪華な建物が多い町の中央区域と、それらより小さめの家屋が連なる周囲との間は一〇メートルくらい開いていた。
それが碁盤の目みたいに規則正しいものなら楽なのに、まるで迷路のようなデタラメ具合に作られているせいで予想がつかず、何度も道が途切れているのだ。そんな行き止まりと遭遇するたびに私の重力操作で飛び越えては辺りを調べ、また行き止まっては飛び越えるの繰り返しで参ってしまう。
そうして得た情報から、見た目に文句は一切なくて丈夫な石造りの建物が多く、町の面積は意外にも広かったので、このまま話を進めても問題ないと判断した。
あとはお貴族様に会って話をする必要があると思うのだけれど、彼の人物がどこにおわすのやら皆目見当も付かず、こればかりは誰かに尋ねるしかないでしょう。
どうせすぐに行き止まるので、二人を抱えたままふわりと石壁を乗り越えようとしたら、粗末な桟橋付近に人影を発見した。
積み上げた箱らしきものを慎重に運んでいるようで、私たちには気付いていないみたいだ。
三人揃って桟橋まで向かってみると、箱ではなくて籠の手入れをしている青年がいた。
私たちの足音に気付いた彼が一度は顔を上げたけれどすぐ作業に戻ったので、さらに近付いてから声を掛ける。
「あの、少しよろしいでしょうか?」
「……」
今度も動かす手は休めず一瞥を寄越しただけで、拒絶の姿勢を体現している。
しかし、これでは困るのだ。他をあたろうにも村の中では同調圧力で話にならないと思う。
「お忙しいところすみません。こちらをお治めになる貴族様を探しているのですが……」
「……何だ?」
あの町で商売を始めるから貴族に挨拶しておきたい――などという話をしながら、主力商品のコロッケを渡してみた。それを訝しみながらも受け取った青年は一口かじり、目を見開いて動きを止めている。そして、表情を取り繕った彼はぶっきらぼうに『あっちの領都だ』と言って、私たちが馬車で連れられてきた方向を指差していた。
なぜ領都を教えられたのかわからないけれど、青年にお礼を述べてその場を辞し、廃れた町を離れてからは加速の魔術と短距離転移で領都を目指した。
道すらない草原を飛び進み、道中にあった寂れた漁村はさすがに違うだろうと素通りして、割と大きめの町――馬車で運ばれている際に泊まった覚えのある町までやってきた。
領都にしては小さな田舎町であるものの、これ以上戻っても近くには農村くらいしかなかったはずだし、おそらくはここで間違いないでしょう。規模にしては不釣り合いな石の壁で町全体を囲われてもいるし。
「ここの町長か、お貴族様と伝手のありそうな商会を探そう」
「そうね。お貴族様といきなり会えないわよね」
「あっちの目抜き通りからかな?」
あまり活気に溢れているとは言い難いけれど、奥へ進むごとに――というか、反対側の出入り口に近いほど立地がよいのか大きな店舗が増えている。その中でも特に儲かっていそうなお店へ入って店主を呼んでもらった。
「急にお呼び立てしてすみません」
「いえいえ、お気になさらず。それで、国外の……それもお嬢さん方が何かご用で?」
「はい、商売にきました。規模が大きいので町をお治めになる貴族様とお会いしたいのですが、生憎と面識がありません。もしよかったら紹介していただけませんか?」
「はあ?」
初対面なこともあって子供の戯れ言と思われては困る。そこで、具体的な事情――広い土地をくれと言ったらお貴族様によって廃墟の町へ連れてこられたことを伝え、その土地を勝手にいじっていいのか確認したいことも併せて説明した。
「あの水害で潰れた町を……ですか。信じられませんな。あそこを開発させようとする考えも」
「え、ええ。私も同じ思いですから、あの地を治められる貴族様にお目通りを願いたいのです」
不穏な言葉が店主の口から零れ出た。水害とはなんぞや。公然の事実みたいな態度だったから、うっかりと知ったかぶりをしてしまったぞ。あれって水路ではなくて水害の痕跡だったのかしら。……いやいや、どう見ても水路だった。
言われてみれば壁や建物も汚れていたけれど、あれは長年放置されていた影響なのでは。今は考えてもわからないし、機会があれば現地の人に聞いておかないとね。
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