第四章:廃墟復興の見習い商人

#101:見つけた

 最後になるかもしれないお祭りは夜遅くまで皆と話し込んでしまった。私が動き回っていたせいで合流が遅れたけれど、話を持っていった職人さん達からいろいろなお土産を貰ったので、それを皆で分け合って楽しく過ごしたよ。

 そして、家に帰ってゆっくりと休んだ翌日は、お祭りで会えなかった人たちの所へ向かう。


 まずはお向かいのパン屋さんへ行き、あちらでお店を出さないか聞いてみるも、あっさりと断られてしまった。さすがに利権を確保していると手放しづらいよね。跡継ぎとなる上のお兄さん夫妻も難しいようで、どうしても手を借りたいときは協力してくれるそうで助かった。


 その代わりと言ってはなんだけれど、お婆ちゃんは来てくれるみたい。

 若いころは針子をしていて、実家のパン屋を継いだお爺ちゃんに嫁いでからも趣味で続けていたので、あちらでも新人の育成をお願いできるかもしれないね。プロを唸らせるエミリーの腕前はお婆ちゃんの直伝だし。


 その足でつるっぱげの武器・防具屋さんへ行き、エミリーも来ることを殊更強調してみれば、仕方ないなぁという体ではあるものの、あちらの町へ来てくれそうな気配だ。他にお店がなければよく通うことになるだろうね――というのが決め手だったのかも。


 そのまま中央通りまで歩き、私がよく利用している服飾店にやってきた。

 いつもお世話になっているふくよかな店員さんに新規店舗を打診してみれば、食い入るように話を聞いてくれて、旦那さんと相談する必要はあるけれど必ず行くと約束してくれたよ。

 ただ、帰り際にここの店主から睨まれて怖かった。小声で話していたのに聞こえるとは、やはり中央通りに店を構える人物は侮れない。


 その後も商人ギルドで春期の上納金を払い、いくつかの商店を廻っていく。そんな中でシャノンのお店と懇意な薬屋さんで話し好きのおばさんに捕まってしまい、研究開発三昧な娘さんを押しつけられた。誰から聞いたのか知らないけれど、おばさんネットワークは本当に強いよね。私が口を開くより先にあれよあれよと話がまとまっていったもの。


 さて、寄り道はこれくらいにしておこう。今日は鉄工所へ行くのだ。また怒鳴られそうだからついつい遠回りしてしまったよ。

 今度こそは、リンコちゃんが復活するためならという思いで重い足を動かしていく。




 町の中でもあまり人が寄りつかず、職人通りでも外れの方にある鉄工所までやってきた。

 まだ建物から離れているのに独特の匂いが漂ってくるよ。製鉄するための炉なんて大がかりな物はそうぽんぽんと建てられないのか、町に一つくらいしかないためにここでは大勢の人たちが働いている。


 この中から目当ての人物を探さなければならないのだけれど、早くも挫けてしまいそうだ。木工工房の親方さんは、まだ成人前の見習い小僧だと言っていた。厳つい顔つきのおじさん達ばかりだから楽だと思っていたのに、見習いの子供たちも多いのだよ。


 中に入らず声すら掛けず、建物の前でうろちょろする私を不審に思ったのか、鉄工所の職人さんがこちらに歩いてきた。


「おい、ここに何か用か?」

「あ、えっと、この先にある木工工房の親方さんに聞いたのですが……」

「それでどうした? 用事があるなら早く言え」

「あの、手先が器用な見習いさんがこちらにいると――」


 これだけではまったく伝わらなかったので他の特徴も告げていく。すると、職人さんは誰かに思い当たったようで、大袈裟な溜息を吐いた口で答えをくれた。


「あいつならとっくにクビだ」

「え!?」

「当たり前だろ。あんなにちんたらしてちゃあ日が暮れちまう!」

「そ、それじゃあ、どこに行ったかわかりますか?」

「はあ? 知るか、そんなもん。おおかた野垂れ死んでるんじゃねえか?」

「そうですか……。どうもありがとうございました」


 苦手意識を押さえ付けてやってきたのに、まさかの事態だ。細かい仕事が得意だと思ったら、それが遅すぎて解雇されていたとはね。

 このまま粘っていても以前のように怒鳴られて追い払われるだろうから、私は鉄工所をそそくさと後にした。




 肩を落とし、項垂れたままで職人通りをとぼとぼ歩く。

 リンコちゃんの復活が目前だと思ったのに、またふりだしに戻ったようなものだよ。

 かといって、このまま諦めるなんてあり得ない。

 ここで働いていたことが確かなら、なんとか見つけ出したいものだね。


 決意を改め前を向き、鉄を取り扱う工房が並ぶ通りを進んでいると、鉄工細工工房と思しき建物を見ている二人の男女が目に映った。


「また追い出されたらどうしよう……」

「とにかく行くしかないでしょ。もうお金ないんだから」

「なら姉ちゃんが行ってよ」

「何言ってんのよ。あんたのほうが器用でしょ? これも持ってきたんだし」


 渋る弟の背を姉が押しているものの、なかなか足を踏み出せないでいるようだ。そんな弟の手には自分を売り込むためなのか細工品を持っていて、それを目にした私は吸い寄せられるように声を掛ける。


「ねぇ、君たち。ちょっといい?」

「……何? 忙しいんだけど」

「ごめんね。これからここで働くの?」

「そのつもりだけど、働けるかはこいつ次第ね」


 姉にバシンと背中を叩かれて迷惑そうにしている弟の顔を見てみれば、木工工房の親方さんから聞いていた特徴と一致するではないか。思わぬ巡り合わせに驚いてしまったけれど、仕事を求めているのなら職人通りで探していたらいつかは会えたかもしれないね。


「よかったら、それを見せてもらえない?」

「……これ見て何かわかるの?」

「この先にある木工工房の親方さんに教えてもらったんだよ。腕の立つ見習いがいるって」

「あぁ、最近好調なあそこね。ほら、見せてやりなよ」


 姉に背を押された弟が恥ずかしそうな面持ちで、手にある細工品を私の前で操作した。

 縦向き、横向きに取り付けられた複数の歯車が、互いに噛み合ってなめらかな動きを見せており、一部分では小指の爪ほどに小さな物までが回っている。


「これすごいね。どういう装置なの?」

「特に意味はないわ。こいつの腕を見せるために設計しただけだから」

「へぇ……二人でやってるんだ。他の物も作れたりする?」

「物によるけど……それよりも、あんた商人見習いよね? どこかいい工房知らない?」


 話を聞いてみると、実家の工房が資金難で潰れてしまったそうだ。それで仕事を探しているものの、ようやく雇い入れられてもすぐに追い出されてしまい、残金も心許なくなっているらしい。そして、今日も今日とて働き口を探しているところで私に声を掛けられたのだとか。


「う~ん……ちょっとテストしてくれるなら探してみるんだけど」

「テスト? そんな余裕ないって言ったでしょ」

「大丈夫だよ。手付金は払うし、出来がよければ工房も持たせてあげる」

「……何言ってんの?」


 姉弟揃って疑わしそうな目で見られたけれど、これは本当の話だ。本音を言えば、どこぞの悪徳工房で使い潰される前に私が確保してしまいたい。しかし、不用意に弱みを見せるとつけ込まれる隙となる。たとえば、いま目の前にいるこの姉弟みたいにね。


 そんなわけで、方位磁石を蓋に仕込んだ懐中時計の製作を依頼してみたら、あまりに時間がかかりすぎるから嫌がられたので、銀貨ソルの輝きをチラつかせて承諾させ――してもらった。

 もはや私にこの姉弟を逃がすつもりなんてさらさらない。月に一度は進捗状況の報告を約束させ、手付け金を大盤振る舞いで渡しておいたよ。




 思い付く限りの知り合いにはほぼ声をかけ終わったし、探し求めていた職人――の見習いも見つかった。次は貴族と会うついでに廃墟の町を詳しく調べに行こうかしら。

 好き勝手にいじるつもりだけれど、今の資金力ではあまり手を付けられないので、あちらで商売しながら地盤を固めていくしかない。そのために下調べは必須事項と言えるでしょう。


「これからあの廃墟に行くけど、一緒に来る?」

「あそこって外国でしょ? 言葉はどうすんのよ」

「それはお母さんに教えてもらったから大丈夫」

「これが噂の加速学習……」


 せっかくだからという思いでエミリーとシャノンを誘ってみたのだけれど、あまり乗り気ではないようだね。誤訳はトラブルの元だから加速の魔術を使ってまで必死に勉強しておいたし、言葉が通じない不安は理解できるから二人に無理強いするわけにもいかないや。


「それじゃあ、私ひとりで行――」

「護衛が必要ね!」

「うん。これは護衛の仕事」


 私の言葉で不安が払拭されたのか、憂いを見せていた二人の表情が一変していた。

 そんな遊びに行く気満々の二人と共にお弁当のサンドイッチなどをスタッシュに詰め込み、色褪せた世界の中で廃墟の町に向かって短距離転移を連発した。

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