幕間

#100:ガールズトークと舞台裏

 春分の日といえどもかじかむ寒さが色濃く残る宵の口、川のほとりに栄えるブルックの町はとても賑やかな喧噪に包まれている。

 本日は、身体の芯まで凍えるような冬の寒さが過ぎ去り、冷えた身を暖かく包み込んでくれる春の訪れを言祝ことほぐ祭典が催されており、町全体が揺れるほどのどんちゃん騒ぎに興じていた。


 これは平民と一線を引く貴族も同様で、各地を治める領主や守護の館に集っている。

 彼らは彼らで町や村の運営予算を取り決めたり、腹の探り合いをしたり、嫡子の良縁を求めたりして多忙であるのだが、線を引かれた平民の知るところではない。そのため、町中で大騒ぎをしても咎められないことから、住人たちは挙って酒宴に明け暮れているのであった。


 そのような宴会場に、とある行商人見習いの姿を探して回る二人の少女がいた。


「もう。サラったら、いつもの待ち合わせ場所に居ないし、どこ行ったんだろう?」

「サっちゃんのことだから、羊飼いの隠れ家亭だと思ったのに居なかったね」


 もう少し早ければ、目当ての行商人見習い――サラと会えていた。ところが、彼女は自らが引き起こした事態に居たたまれなくなり、逃げるようにしてこの場を去っていた。不幸なすれ違いだが、それを知らぬ少女二人――エミリーとシャノンの機嫌は悪くない。

 なぜならば、僅かとはいえ残されていた絶品料理を口にしているからであり、腹の虫も恩恵にあずかれたことで穏やかな心持ちであったのだ。


「そういえば、綺麗なあの姉妹が来ないわね」

「そりゃあ、サっちゃんが居ないから仕方ないよ」

「……やっぱ、そうだよね」

「うん。特別待遇っぷりは本人もまだ気付いてないと思う」


 近隣住人から親しまれ、同業者には一目置かれ、町を治める貴族ですら大きな顔ができないほどの力を持った一大商家。この町を代表する老舗でもある羊飼いの隠れ家亭。

 そこの娘だけでなく当主からも便宜を図られているには理由があるのだが、さすがにそこまでの事情を少女二人が知るはずもない。


「ふぅ……。おいしかったぁ。ちょっと少なかったけど」

「じゃあ、サっちゃん探しながらぶらつく?」

「そだね。サラが他に行きそうな所といえば……」

「う~ん……『これは仕入れのためだよ!』って言いながら食べ歩いてそう」

「ふふっ、なにそれ。全然似てないし、誰に対して断ってんのよ、もう」

「……財布?」


 この祭りの目玉ともいえる羊飼いの隠れ家亭から供される数々の料理は品切れとなり、食後の余韻に浸っていた者たちも次の獲物を求めて散っていく。

 それに乗じる形でエミリーとシャノンも席を立ち、新進気鋭の店舗や、少しでも売り上げを伸ばしたい飲食店など、それらが宣伝のために持ち込んだ料理が並ぶ島へと歩を進める。あまり場所は離れていないのだが、人が多いことで見落としを懸念しての行動だった。




 一方、そのころ。

 宿場通りの最奥にあり、この町が誇る高級旅館の庭ではちょっとした騒ぎが起こっていた。

 この日のために用意された煌びやかな衣服が翻ることも意に介さず、敷き詰められた煉瓦の細道に足音を響かせて歩き進むは、それぞれが供を連れた美人姉妹の二人。


「どうしましょう。まさかこれほど早く時が来るなんて……」

「グレイスさま。お心静かになさってくださいませ」

「そうは言っていられないでしょう。お父様はお戻りになって?」

「いえ。今宵も遅くなるかと……」


 いつものように表情を取り繕うことは忘れ、動揺を隠せないでいる姉のグレイス。

 それを取り成し、彼女専属の使用人が後を追う。


「これほどの情報を見落とすなんて、犬は何をしていたのかしら」

「クロエさま。そのような事を口にされては……」

「言わないでいられますか。わたくしは今後のことを知りたいのです」

「旦那様がお戻りになるまでは、それも難しいかと存じます」


 いつも浮かべる愛くるしい笑顔は鳴りを潜め、まるで表情が抜け落ちたような妹のクロエ。

 一歩遅れた隣では、彼女専属の使用人がその言動を窘めていた。


 宿泊施設として知られている本館の脇を早々に通り過ぎ、それを取り囲むように建てられた従業員の寄宿舎も通り抜け、この町随一とも言える大豪邸へ場が移る。

 そして、美人姉妹の二人が普段から過ごす広間へと足を踏み入れた。

 こちらにも数名の使用人が待ち構えており、部屋の主が帰還したことで寛ぎの支度を進める。


「グレイスさま、クロエさま。お茶でございます。外はお寒うございましたでしょう」

「ええ。ありがとう。後でいただくわ」

「ありがとう存じます」


 言葉少なに香り立つ紅茶を受け取る二人だが、ただの一度も手を付けていない。

 誰ひとりとして口を開かず、重苦しい沈黙が続いた広間の外から、扉を叩く音が硬く鳴る。


「失礼いたします。グレイスさまとクロエさまに客人がお見えになっております」

「……どなたかしら?」

「もしかして、サラちゃん?」

「いいえ、サラさまではございません。何やら事情がお有りのご様子で家名までは伺えませんでしたが、身なりからして名家のご令嬢ではないかと存じます。お二方には『鳩が戻った』と伝えるよう、言付かっておりますが……」


 その瞬間、美人姉妹が椅子を蹴倒すように立ち上がり、互いに視線を交わし、伝言を届けにきた使用人には『すぐにお通しして』とだけ告げた。




 場所は変わらず美人姉妹の居室であり、三人目の姿がそこにある。

 この者も部屋の主たちに引けを取らない衣服に身を包み、丁寧な物腰で挨拶を交わしていた。


「皆さん。この方とは少々込み入った話をいたしますので、席を外していただけません?」

「かしこまりました。外でお待ちいたしております」

「廊下は寒いよ。どこか暖かい部屋に居たらいいと思う。いいよね、お姉さま?」

「お心遣い、痛み入ります。では、お言葉に甘えて失礼いたします」


 落ち着きを取り戻したグレイスから歓待の支度を終えた使用人たちに退室が命じられ、愛くるしい笑みを浮かべたクロエからは慈悲にも似た拒絶を与えられていた。

 すべての使用人らが部屋を去り、足音も届かず静まり返った室内に残るは三人の少女たち。


「早速だけれど、話を聞かせてくださるかしら?」

「ええ。では、この数日でわたくしが目にいたしま――」

「あ、普通にしてくれて大丈夫だよ、グリゼルダ。……それとも、マチルダのほうがいい?」

「……これはこれでボクの姿なんだけどね?」


 美人姉妹と向かい合っていたのは、マチルダとしてサラのチームへ潜り込んだスパイだった。より正確には、サラのチームに所属したばかりのマチルダに美人姉妹が声を掛けたのだ。

 もちろん、これには軽々しく口にできない事情がある。


 寂れた雑貨店で暮らすサラが他国の王子と血縁であることを美人姉妹は知っていた。

 だからこそ、まだ幼いサラが調子に乗って巻き起こした事態の収拾を陰ながら行い、他にもさまざまな厚遇を以て接してきた。

 それからは時を経て、今となっては何度転んでも挫けずに邁進まいしんする彼女の人柄をとても好いており、行商に出てからも伝手のある冒険者や馴染みの商人を気付かれないよう護衛に向かわせるなどして、ひとりの友人として案じている。

 このような歪に映る関係の始まりは、彼女たちの父親から言い付けられた一つの命令だった。


 今より数年前。羊飼いの隠れ家亭を営む主人が入手した情報を精査すると、エマ王国の王子が跡目争いという名の殺し合いを逃れ、この町に隠れ住んでいるという事実が判明した。

 既にこの時、件の抗争は内乱と言えるほどに激化しており、王族が次々と首を刎ねられていき、この状況が続けば逃げ出した彼の継承権が繰り上がって王位に就くと予想された。


 そこで主人は周りを出し抜き王子と交誼を結ぼうとしたのだが、温厚で有能な当時の守護から強く窘められ、町の有力者と足並みを揃えて挨拶するに至った。

 すると、逃げ場をなくしたサラの父であるライアンは、この逃避行には必ず終わりがくることを悟っており、もしもの場合は愛する妻と娘をどうか守ってほしいと頭を下げていた。


 他国とはいえ、一国の王子にそのような態度を取られては、領都ではなく町を任された下級貴族、資金や人脈はあれども平民でしかない高級旅館の主人など、頷くほかに打つ手はない。当然ながらここの主人は断るつもりなど毛頭なかったのだが、その娘というのが幼いながらもスタッシュを器用に操ると通達されていた少女であり、その腕前が一部には知れ渡っていた。


 性格や思想に多少の難はあれど、彼女が持つ技能を欲した各商会は互いに牽制しあっており、見習いとして働ける歳まで勧誘を待つように取り決め、落ち着いていたところにこの事態。

 それらの商会を代表する者は、非常に苦々しい面持ちでライアンの言葉を受け入れていた。


 そして、その夜遅くに険しい顔つきの父親が美人姉妹を呼び出し、サラという少女をすべての悪意から守りなさい――と命じていたのだ。

 他にも兄弟はいるが、その中でも彼女と最も歳の近いこの二名が選ばれている。


 このような過去があり、サラのチームに加わったマチルダの素性を調べ上げ、どこの国に生まれ、誰の家で育ち、そこで何が起こり、どのような事情を以て出奔したかまで存じている。切っ掛けはサラの迷宮行きだったが、近頃になって頭角を現してきたマチルダのことは前々から目を付けており、いつかは手元に引き入れる算段であった。


 そうして雇われたマチルダではあるのだが、今回の一件は事が事だけにすべてを話せるものではないと判断し、要所は濁して伝えている。


「――というわけなんだ。ようやく再会したお父上と、会って早々の大喧嘩げんかさ」

「そうですか。御尊父様と仲違いを……」

「サラちゃん、結構きついこと言うなぁ……」

「……あまり驚かないようだね。もしかして、知っていたのかい?」


 彼の居所や本当の姿など、さまざまな意味を込めて発された言葉には返答せず、美人姉妹は憂いた微笑をマチルダに向けるだけだった。

 だからといって彼女がそれを言及することはなく、手元の紅茶を一口含み、次の話題へ移る。


「さて、この仕事はこれで終わりだね」

「……そうですね。ご苦労さまでした。引き続き、情報の提供をお願いできますかしら」

「いや、断るよ」

「え、どうして? 報酬に満足できない?」

「額に不満なんてないさ。ただ、彼女たちの――特に、レアさんの敵にはなりたくない」


 マチルダはサラの母であるレアから命を救われた経験がある。まだ駆け出しの冒険者だったころに魔物の群れと遭遇してしまったのだ。

 この惨劇でチームメイトが次々に食い殺されていき、彼女が這々の体で逃げ出した先に秘密のアルバイト中だったレアが通りがかり、迫り来る魔物の群れをあっさりと仕留めていた。

 彼女にとっては進路上へ現れた障害を排除しただけなのだが、絶体絶命の危機に見舞われていたマチルダの瞳には、颯爽と駆けつけて窮地を救ってくれたように映っていた。


 それからは、レアに憧れたマチルダが彼女と似た造形の装備品を探し求め、礼をするために情報を集めながらも冒険者生活を満喫していた。そのような日々が続く最中、ふと訪れた町で寂れた雑貨店の女主人として勤しんでいる恩人の姿を見た衝撃は計り知れなかっただろう。


 このようなマチルダの過去を知っている美人姉妹は、自分たちがサラのファンであることや、危険な迷宮に赴くならサラを守ってほしいなどと言葉巧みに言いくるめ、どちらにも身に覚えがある彼女は情報提供の仕事を引き受けていた。

 もしも手に掛けろという内容ならその場で美人姉妹を切り捨てていたかもしれないが、少しでもサラの事を知りたいと言われてしまえば、その想いを無下にするのも躊躇ためらわれたのだ。


「そうなりますと、サラさんの今後が心配になりますわ」

「うんうん。町を整えるって言っても、まだ後ろ盾もないもんね」

「ボクですら誘われたんだ。君たちにも声が掛かるんじゃないかい?」

「どうでしょう……ね。先ほどお会いした際には、そのような素振りがございませんでしたわ」

「これで最後になるって言ってたから、誘ってくれないのかも……」

「そんな目で見られても、ボクはもう手を貸さないよ」


 肩をすくめて苦い笑みを浮かべたマチルダが、もう取り合わないという姿勢を見せたことで話に区切りが付いた。約束されていた額よりも少し多めの報酬を受け取った彼女は美人姉妹に別れの挨拶を告げ、羊飼いの隠れ家亭を後にした。

 それを止めずに見送った美人姉妹は、これから取るべき身の振り方についての相談をする。


「お父様の思惑は抜きにしても、サラさんを放っておけませんわ」

「町の貴族でも厄介なのに、王族とその派閥貴族から目を付けられたんだもんね」

「カビたパンに腐った芋。警告にしても、やり方が見苦しいと思わなくて?」

「うん。それは酷いよね。それに、生活費の横取りも逆効果だったと思うなぁ」

「今はまだ誤解していらっしゃるようですけれど、事の真意に気付かれたら……」

「大変なことが起こりそうだよね。それでも、勝手に動くとまずいかな?」


 美人姉妹の父親は、方々から寄せられる彼女らへの見合い話をすべて断り、サラ専属の側役となれるよう二人を育てているのだが、声すら掛けられなければその計画も水泡と帰す。本人に直接頼み込めば容易く受け入れられるとしても、その状況如何によっては己の身――羊飼いの隠れ家亭に累が及ぶおそれもあり、どちらにしろ当主の判断を仰ぐほかないのであった。




 祭りの夜も深まっていき、終わりが近付いたことで賑やかさに拍車をかけるようにして住人たちが盛り上がる中で、エミリーとシャノンは未だにサラの姿を探していた。

 人気飯店の商品や味に定評がある家庭の料理など、めぼしいものは既に食べ尽くされており、いつもなら帰途に就いている頃合いだった。


「これだけ探しても居ないとか、もう帰ってたりしない?」

「さすがにそれはないと思うよ。腕輪使ってみようか?」

「今更これ使うのも悔しいっていうか……」

「ふふっ、ミリっちらしいや。チルチルも見かけてないんだよね?」

「そうだね。野暮用で少し遅れたけど、サラ君の後ろ姿も見ていないよ」


 長期契約で借り上げている宿屋で冒険者らしい見慣れた恰好に着替えたマチルダが、事前に購入していた保存食を土産にエミリーとシャノンの二人と合流していた。

 今は休憩も兼ねて一つのテーブルを囲んでおり、手に入れた戦利品で楽しんでいる。


「ボクはお祭りに混ざることが少ないのだけど、サラ君とはいつもこうなのかい?」

「いつもは三人で待ち合わせてから一緒に行動してますよ」

「たまにサっちゃんだけでどこか行くこともあるけど」

「そうなんだ。今回もそれと同じかもしれないね」

「毎回、おかしなこと思い付いたときだからなぁ……」

「どうやってあんな発想するんだろうね。魔術にしても理解の範疇はんちゅうを超えてるよ」


 そこからサラについての愚痴とも賛辞とも言えない思い出話が始まった。

 直近かつ最も印象深い事柄は彼女が小国の王女であったことだが、さすがにこの場で話せる内容ではないと皆が認識しているため、迷宮や行商などと、それ以前の出来事が話の種だった。


「魔術って、あの爆発のこと? そういう魔術もあるって聞いたけど」

「普通のやつは外で起こした熱と衝撃で吹き飛ばすのに、サっちゃんのは内側からだったもん。しかも、爆発の魔術って属性が何個も必要なのに、サっちゃんが使えるのは無属性だけのはず」

「そうなのかい? ボクはてっきり使えるものだとばかり……。もしかしたら、君たちが知らないうちにオーブを拾っていたのかもしれないよ?」

「あのサラがそんなの手に入れてたら……」

「うん、ないよね。売ったほうがお金になるのにって絶対落ち込んでるもん」

「せっかく拾ったのなら、普通は自分に使うものだと思うけど……」


 属性魔術はどれも人気が高いため、どこで売ってもまとまった金銭を得ることができる。その価格は買い手次第だが、個人や商会からの提示額に不満があればオークションに出すだけでも予想以上の大金に化ける可能性がある。日頃から町の流通相場を学んでいるサラがそれを知らぬはずもなく、仮にスキルオーブを手にする機会があったとしても、今後の運営資金に換えるべきだと彼女は考えている。


 ただし、自身が行使する魔術が異質なそれであると、知識ある者からすれば容易く見抜かれてしまうことを懸念していた。それを考慮して人前ではありきたりな無属性魔術のみか、ロックキャノンと呼ばれる地属性魔術に見えなくはないものを使用するよう心掛けている。時間や空間の魔術も一般的な方法で再現できなければ、適当なスキルオーブの購入を検討していた。


「魔術もだけど、ボクとしては商品のアイデアがすごいと思ったね」

「あ、それって下手に褒めないほうがいいですよ」

「え、そうなのかい?」

「めちゃくちゃ嫌がるんだよね。自分の手柄じゃないとか意味わからないこと言って」

「どう考えてもサラ君の手柄だろう。今までになかった物なんだから」


 サラは記憶保護の働きで膨大な知識を持っているが、その大半は前世で得た情報だ。

 赤の他人が考案し、長く厳しい研究を積み重ね、実用化に至らせるよう数々の開発を経て世に現れたものであり、彼女はそれを権利者の許可なく無断で使用しているに過ぎない。

 そのため、自分が褒められても嫌悪感しか湧いてこず、代表者くらいしか名も知らぬ関係者たちに頭を下げ続ける毎日であった。


「じゃあ、おまじないと言っていた保護魔術も褒めないほうがよかったのかい?」

「それは大丈夫だと思いますよ。あんまり喜ばないのは同じですけど」

「……そういえば、魔術の実験する時ってよく女神がどうとか呟いてたなぁ」

「あれほどの魔術が使えるサラ君でも、女神様の加護を求めるんだね」

「すべての魔術は女神様の御力だとかいう、あの祈りですか?」

「サっちゃんは胡散臭い教団だって嫌な顔してたよね。最大勢力なのに」


 実験中の呟きというのは、思うように扱えない己の魔術に対して小声で罵っていただけだ。

 その対象がサラ自身ではなく、転生時に邂逅かいこうした銀色の人型か、または割り込んできた死神であった。彼女は常日頃から説明書、あるいは仕様書の提示を心の底から求めている。


「謙虚というか、達観しているというか……。小さなころから大人びた感じだったのかな」

「今とほとんど変わってませんよ。子供のころからお金お金ってうるさくて」

「魔術の開発実験は逆に派手だったかも。大失敗してからは気を付けてるらしいけど」

「開発? ……怖いことするなぁ。そんなものはアカデミーに任せておけばいいのにさ」

「そういえば、シャノンの母さんってアカデミーの研究員だったっけ?」

「うん。とっくに辞めてるけどね。今は古物商のパパと一緒に王都でお店やってるよ」


 生まれたころから共にいるエミリーには覚えたばかりの言葉で将来の夢を語り、いくら家が裕福でも無駄遣いは極力控え、我慢できなければ計画的に行うよう口うるさく指導していた。

 そして、この町に越してきたシャノンと出会ってからは揃って魔術の検証実験を繰り返し、サラが予測した効果の確認と、誰かに見られても不審に思われない許容範囲を探っていた。


「レアさんから聞いていたサラ君とは、どうも印象が違うような……」

「あ、今思い出したけど、言葉覚えるのも早いとか言われてたかも」

「支払いの計算もめちゃくちゃ速いし、ミスは滅多めったにしない」

「何にしろ、サラ君が努力を惜しまなかった賜物だろうね」

「そうですね。悔しいけど、そこだけはかなわないと思います」

「わたしもあんまり他人の事は言えないけど、ちょっと病的な拘りがあるよね」


 確かにサラは努力家だ。物にしたい事があれば自身に流れる時間を大幅に加速させ、色褪せた世界の中でひたすら練習に打ち込んでいる。何も知らない者の目には一晩で何でもこなせるような奇異の天才に映るだろう。

 しかし、彼女が隠し続けていた力の全貌を告白し、その絡繰からくりを知った後の幼なじみ二人は、弛まぬ精神を持つ努力家であると認識を改めていた。


「ほら、あそこに居るのがそうじゃないかしら」

「あ、本当だ。お~い、みんな~!」


 少女たちがサラの話題で盛り上がっていると、山ほどの土産を両手で抱える当の本人が母親のレアと共に姿を現した。遅れたことを詫びながらも、今後に向けてあちらこちらで酒を酌み交わす職人や商人に顔を売り込んでいたと聞かされた三人は、予想どおりの展開に揃って苦笑を浮かべて二人を迎え入れた。

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