#099:引っ越し

 この廃墟を私好みの町に作り替えるとすれば、何よりも必要なのは人手だろう。

 私がその気になれば、ヘンテコ魔術を駆使して一人でやれると思うけれど、木を切るにしても職人さんに任せたほうが圧倒的に綺麗な仕上がりだ。適材適所という素敵な言葉もあるのだから、下手な事をせずに最初からその道のプロに任せるべきでしょう。


 そのプロに仕事を依頼するためにはお金が必要になる。これは迷宮討伐の報酬金がまだ残っているし、動く化石から取った素材の分配金や、売却待機の戦利品――私が一人で拾ってきてゴミと言われた骨をはじめとして、冒険者の落とし物なども倉庫に眠っている。あとは、いかに信用のおける人材を集めるかが肝要になるね。

 しかし、この国に来たばかりの私ではそんな繋がりを持ち得るはずもなく、ブルックの町に戻って有志を募るしかないだろう。


 なに、自分の工房や店舗を持てると耳元で甘くささやけば、きっと若者が殺到するよ。

 町では知り合いを相手にして限られた客の奪い合いとなるために、どうしても二の足を踏んでしまう気持ちがあるだろうし、各ギルドのしがらみに疲れた現役職人も呼べるかもしれない。

 まずは、私が知っている人たち全員に声を掛けて回ってみようかな。

 ……その前に。事情を話しておくべき人たちがここにいる。


「私がこの町を作り替えたら、みんなは住みたいと思える?」

「サラが? う~ん……おもしろそうではあるけど……」

「ミリっち、サっちゃんだよ? 絶対おもしろいって」

「……すまないが、ボクは考えさせてほしい。必ず前向きに検討するよ」


 僅かな不安を見せたエミリーと、かなり乗り気なシャノンに続き、申し訳なさそうに眉根を下げたマチルダさんだった。

 行きたい気持ちは確かにあるような言い方だけれど、外せない用事があるのかも。


「何かご用でもあるんですか?」

「その……ボクの実家がこの国の近くなんだ」

「そうだったんですか。それなら仕方ありませんね」

「近々帝国に呑み込まれそうという噂が立っているから、その頃には返事ができると思うよ」


 自分の母国が他国に呑み込まれることを歓迎するとは……あぁ、そういう事か。

 実家を飛び出す原因となった元婚約者が、お貴族様であるのなら納得できる。

 普通なら、侵略先で諍いが起こらないように現地の権力者は残さず処分するだろう。

 それに巻き込まれてくれたら、憂いなくここで暮らせるというわけだね。

 見た目は貴公子のようなマチルダさんだけれど、意外と腹黒い一面をお持ちではないですか。


「お母さんは? やっぱり慣れた町のほうがいい?」

「そうね。別にいいんじゃないかしら。できれば王都がよかったけど……」

「お店とか手放していいの?」

「あぁ、それね。もう黙っておく必要もなくなったわ。実は――」


 実家の権利を成人した私に譲り渡し、あの男を探す旅に出るつもりだったそうだ。

 消息を掴んだ今となっては笑い話にでもしたいようだけれど、残される私はどうすれば……。

 そのことで文句を言ってみたら、定期的に帰る予定だったし、まとまったお金も置いていく算段でいろいろと商品を買いあさっていたと返ってきた。


 借金をしてまで売り物を仕入れていたのは、私が不自由なく暮らせるようにって意味だったとは露知らず、お母さんは商売が下手だとばかり……いや、おかしい。

 どうせ買い込むなら売れやすい物だけにすればいいのに、アタリ商品を探していたとなれば、さすがは冒険者といったところなのだろうか。

 一度でも冒険者になれば、それを辞めることは非常に難しいという逸話があるからね。


 気持ちは嬉しいけれど行為自体は正直迷惑な話を聞き終え、皆をスタッシュに吸い込んだら加速の魔術を行使して、短距離転移の連発でブルックの町へ帰ったよ。




 薄暗く色褪せた世界の中で町に帰り着くと、困ったことに春のお祭りが催されていた。

 出立前はお祭りまでまだ少し日があったのに、さすがは外国だけあって片道でも相当な期間を要していたらしい。だからといってお祭りを欠席するなんて考えられず、急がなければ羊飼いの隠れ家亭が提供してくれる素敵な料理に有り付けないではないか。

 そのことをスタッシュから外に出した皆で話し合い、参加料となる食事を用意すべく各々が家路を急いだ。


 私は行商人なのでスタッシュには売れ残りの商品――シェパーズパイが入っている。

 皆には悪いけれど、これをお土産に持って一足先に突撃しよう。


 時間が時間だから他の料理には目もくれず、真っ先に羊飼いの隠れ家亭へ向かうと、そこでは既に食事が振る舞われており危うく乗り遅れるところだった。


「あら、サラさん? 今日はお見えにならないのでは……と心配していましたわ」

「サラちゃん、おかえり~!」

「あ、どうも。お久しぶりです。グレイスさん、クロエちゃん」


 お祭りと言えばやはりこの二人だよね。本日もたいへん美しい。

 そんな美人姉妹に誘われて机まで案内されると、以前試食させてもらった新作など、見ただけでおいしいとわかる料理が運ばれてきた。

 しかし、どちらも今日で見納め、食べ納めになるだろう。この町の住人ではなくなった後も、こっそりと参加しようかしら……。

 そんな思いが顔に出ていたようで、美人姉妹の顔を曇らせてしまう。


「あまりお口に合いませんでしたか?」

「いえいえ、そんなことあり得ませんよ。王城の料理なんかよりもずっとおいしいです」

「じゃあ、どうしたの? すっごく暗かったよ」

「それが……近々エマ王国へ引っ越すことになりまして、今日が最後かと思うと――」

「まあ!」

「ええっ!?」


 美人姉妹が似つかわしくない大声を上げ、周囲の人々が何事かと視線を寄越してきた。

 確かに急な知らせで驚かせたとは思うけれど、そこまでの内容なのかな。行商人や冒険者でもなければ生まれ育った町を離れることは珍しいものの、引っ越し自体が皆無というわけではないのだから。

 それでも、美人姉妹は挨拶もそこそこに、深刻そうな表情を浮かべて立ち去ってしまったよ。


 せっかくの花が姿を消したのは私に原因があると思われたのか、時折責めるような視線が飛んできて据わりが悪い。まだ手を付けていない料理はスタッシュに隠してこの場から離れ、職人さん達が騒いでいる一画を目指した。


「おっ、嬢ちゃんじゃねえか。しばらくぶりだな。荷車の調子はどうだ?」

「ご無沙汰してます、親方さん。荷車は元気いっぱいですよ」


 私は使っていないけれど、お母さんが仕入れた商品の搬入で大活躍させている。

 数少ないお客さんへ物を届ける際にも引いているそうなので、いつも元気に動いているよ。


「そりゃよかった。ところで、伝言は聞いたか? コロッケ坊主に預けてあるんだが」

「いえ、ついさっき帰ってきたところなので、まだ家にもお店にも寄ってないんですよ」

「なんだ、そうなんか。もう随分経つけどよぉ、軸受け――覚えてるか? あれ作れるやつが見つかったぞ」

「軸受け……あっ、え、それ本当ですか!?」


 特殊な軸受けが使われていたので、作れる職人が見つかるまでお預けだった私の自転車。

 ということは、リンコちゃんが大復活を遂げるわけだね!


「あぁ、本当だとも。なんせ、俺は実物を見たからな。あれなら間違いねえ」

「それで、その人は今どこに?!」

「鉄工所だ」

「……おぅ、ほーりーしっと」


 ようやく復活の目処が立ったのに、私が苦手とする鉄工所へ行かなければならないとは。

 転移魔術のトラウマは克服できても、あそこで怒鳴られた恐怖は未だに乗り越えていないよ。

 できることなら親方さんに頼みたいけれど、今後を考えるとそうもいくまい。

 なればこそ、リンコちゃんのためなら行ってみせましょう、鉄工所。




 引っ越しの日取りはまだ決めておらず、今すぐあちらへ移っても住む家すらないので、私が人手を集める時間は十分にあるでしょう。

 あまり焦らずじっくりと口説いていこうではないか。


 特に、食べ慣れたパンは是非とも欲しいし、可能であれば羊飼いの隠れ家亭からも料理人を連れていきたいよね。

 それに、腕の立つ職人さんと言えば木工工房の親方さんが真っ先に思い付く。

 工房の親方――それも、所属ギルドの次期座長という噂が真実みを帯びてきた彼を引き抜くのはさすがに難しいかもしれないけれど、何とかして同行願いたいものだよ。


 他にも、常日頃から自分のお店を持ちたいと口にしていた服飾店のふくよかな店員さんや、エミリーが来ると強調すれば武器・防具店のつるっぱげ店主は喜んでついて来てくれそうだし、シャノンの親衛隊をされている面々も来てくれたら治安維持に期待が持てる。


 そして、最も重要と言えるのが人々の繋がりだ。

 誰か一人でも誘えばその関係者も連なって来てくれる可能性があるので、あまり親しくなくとも顔の広い人に声を掛けておくことも忘れてはならない。


 そういえば、町があるなら治める貴族が必ずいるはずで、私は貴族に叙されていない。

 正式な書面であの土地を貰ったわけではないから、引っ越しの前に話を付けておかないとね。

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