#098:馬車に揺られて
これで話は終わったとばかりに、私たちは謁見の間から追い出され、誰かに引き留められることもなく豪奢な館に戻ってきた。
ただ、あちらで通訳をしてくれていた人は途中から姿を消しており、館に戻ってきても会えていない。今は新しい通訳の人に案内された部屋で無駄に派手なドレスを脱ぎ去って、私たち五人だけで寛いでいる。
「これからはさ、サラのこと……姫様って呼んだほうがいい?」
「やめてよ、エミリー。気持ち悪い」
「ヘイ! プリンセス。プリンセス・サっちゃん!」
「あああああ!」
二人は私を気遣ってくれているのだろうけれど、冗談でも王族になんてなりたくない。
王宮で
私の最終目標はお友達と一緒に豪遊なのだから、自分だけが
「それにしても、サラ君には驚かされたよ。まさか国王陛下に楯突くとは思わなかった。ボクは面識がないのだけど、あの方がお父上でいいのかい?」
「そうだったかもしれませんね」
「歯切れの悪い言い方だね。ボクも親とそりが合わなくて飛び出してきた口だけど、今回ばかりは相手が悪いよ。もうこんな事をしてはいけないよ?」
「大丈夫ですよ。私の肉親はお母さんだけですから」
そう、お母さんだよ。
私のために諭してくれたマチルダさんには悪いけれど、今はお母さんのことが心配だ。
ずっと想い続けていた男の消息をようやく知れたと思ったら、顔は綺麗でも頭の中がお花畑そうな女が傍におり、子供までをも産ませていた。しかも、新たな通訳の人に聞いてみれば、あの赤子は三人目と言うではないか。上には女の子が二人いるそうだよ。
それを知り、あの場に居合わせなかった女児以外の本人たちを自らの目で見たお母さんは、私なんかと比較にならないほど取り乱して…………はおらず、至って普通なのだ。
「さっきからジロジロ見て、何か用なの?」
「いや、その、なんと言うか……」
「まぁね、言いたい事はわかるわよ。でもね、ライアンが無事でいてくれただけで嬉しいのよ」
「……さいですか」
お母さんがそれでよいと言うのなら、私は受け入れるまでだ。あの男は他人だからね。
私から関わるつもりはないし、もう会うこともないでしょう。
それに、この国自体にも用はないのだから、早く家へ帰ろうではないか。
着替えを済ませ、忘れ物がないことも確認し、ではさらば――と部屋から出たところ、館の使用人から部屋に押し留められて何かを告げられたのだけれど、その言葉がわからずに困っていたらお母さんが間に立って訳してくれた。
「明日の朝になれば王城からお役人が来るらしいわよ。だからそれまで待っていてくれって」
「お母さんってこの国の言葉がわかるんだ」
「そりゃそうよ。これでも冒険者時代はこの国で過ごしてた事があるもの」
「……あぁ、そっか」
考えてみれば当然だった。当時の王子様が勝手に出歩くとしても国外は考えづらい。
ということは、あれが将来の国王であることを知っていた……?
早速それを聞いてみたのだけれど、お母さんは
国王に逆らったことで処刑されるのであれば、騎士たちが詰めかけて連行されるだろうし、そもそも王城から追い出さない。これらのことから別件であると判断して館に留まり、どこか物足りない夕食で満足しないままに夜を迎え、翌日は朝早くから来客があった。
見るからに貴族然とした派手な出で立ちの男性で、不遜な振る舞いを以て私たちに指示を出し、せっかく用意されていた朝食を口にする暇もなく豪奢な馬車に乗り込まされる。
そして、お貴族様が乗る馬車と連れ立ち、美術品のようなお屋敷が建ち並ぶ王都を発った。
お貴族様が乗る馬車は護衛や使用人も同乗させているようだけれど、私たちは五人まとめて詰め込まれているだけで、一切の説明も観光案内もなくて理由がわからない。お母さんが御者に話し掛けても何の返事も寄越さないし、これからいったいどこへ行くのやら。
王都の背後に
野獣や魔物と遭遇することがあれば、お貴族様が連れている護衛によって手早く処理されていき、私たちは馬車の中からそれを眺めているだけだ。日が暮れるころには道中の町で泊まることになり、その宿にしても五人で一部屋にまとめて押し込まれ、食事も運ばれてはくるものの、扉の前には見張りがいて出歩くことも許されない。
利点があるとすれば、タダ飯・タダ馬車なことくらいだろうか。一応はお客様扱いなのだろうけれど、行き先やその目的がわからなければ、ありがたみも薄いと言わざるを得ないよね。
そんな数日がゆるやかに過ぎていき、割と大きめな町を発ってからは小さな漁村くらいしか代わり映えのない風景が続いている。そのままガタゴト揺られていると、そろそろ沈みそうなお日様の向きを考えたら、国内南方と思われる草原のただ中で馬車が止まった。
「どうしたんだろう。また魔物でも出たのかな?」
「そんな気配はないし、どうせお貴族様がワガママ言ったんじゃない?」
「お尻が痛いよ~って? それとも寒さ?」
外から見る限りでは豪奢だけれど、内装はお粗末だし、すきま風すら吹き込んでくるこんな馬車に乗っていたらその意見には同意したくなる。
今は私の加熱を暖房に使っているから耐えられるものの、何もしなければ指先が凍えそうだ。
そんな陰口とも取れる話で笑い合っていると、ノックの音もなく馬車の扉が開かれ、車内の暖かい空気を浴びた仏頂面の使用人から『外へ出ろ』というようなジェスチャーをされた。
それに従うとお貴族様が乗る馬車の前まで歩かされ、その当人は外へ出ずに窓から顔を覗かせるだけで一方的にまくし立てている。そして、何かの指示を受けたらしい使用人がいくつかの袋を私たちの前に並べていき、それが終われば二台の馬車に分乗して走り去っていく。
その様を呆然と見送っていたら、お貴族様が話していた内容をお母さんが訳してくれた。
ここまで連れてこられたのは、私が適当に吹っ掛けた言葉――広い土地と腐るほどのお金を渡すためだそうで、この先にある町からどれでも好きなお屋敷も選んでよいのだとか。
「じゃあ、言われたとおりに町へ行きましょうか」
「その前に、先立つものの確認だよ!」
今更過ぎる援助ではあるけれど、意外といいところもあるじゃない。
これが娘へのご機嫌取りだとしても、たまになら会ってあげてもいいかなと思えてきたよ。
いや、そんなことよりも、今はお金だよ、お金。
腐るほどはさすがに持ち運べなかったそうだから、ひとまずは季節一つ分の生活費を先渡しとのことで、それがこのズッシリとした重みがある小袋の中に入っているらしい。
早速、私が代表してその口を開くと、灰白色を帯びた銀貨が大量に詰まっていた。
「おおぉ……銀貨がたっぷり! 小振りだけど綺麗だね。お金だから当然か。ぐふふふふ……」
「この国が使うエキュー硬貨ね。それ一枚でグロリアの
「ほうほう。
「……え、三〇〇枚? 物価が変わったのかしら」
思わずお母さんと顔を見合わせてしまった。
これで季節一つを過ごすとなれば、ひと月一万円生活ということになる。
念のために一枚ずつ手にとって数えても私の見立てと小さな差違もなく、残された他の袋を開けてみてもカビたパンや変色したジャガイモが入っているだけだった。
そして、隠しきれない疑心に満ちたまま草原の先へ進んでみると、意外にも町があった。
確かに町はあったのだけれど、どうにも様子がおかしい。
辛うじて建っているようなぼろぼろの木造家屋が並んでおり、そこで暮らしていると思しき住人にしても、貧困の極みといえるような身なりだった。
そんな中を私たちが歩いていると無遠慮な視線を向けられて居心地が悪く、足早に先へ進んでみれば背の高い石の壁で囲われている。ところが、その壁から頭を覗かせる石造りの建築物はどれもこれもが豪奢な姿なのに、まったく手入れがされていないようだ。
それでも、もしかしたら……という願いから、町と呼ぶには寒々しいこの場所を調べてみたものの、お屋敷と呼べそうなものは石壁の中にしか見当たらず、一部分が割れている壁の隙間から内側を窺ってみれば、もはや廃墟と呼ぶほかにない朽ちた有様だった。
まったく、あの男ときたら……。
口では大きいことを言っておきながらこんな嫌がらせをしやがるとはね。
あれに少しでも期待した私がバカだった。
いっそのこと、ここを私好みに作り替えて好き勝手に暮らしてやろうかしら。
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