#096:超高級リゾートご招待券

 崩壊の始まる迷宮から命懸けで拾い集めたゴミを保管するために、お隣のボロ屋を買い取った忌まわしき日から少し時は流れ、春の足音が遠く聞こえてくるようになったある日、一通の書状が実家に届いていた。

 その時の私はいつものぼったくり行商に出ていたので家にはおらず、受け取って中を改めたお母さんは捜索依頼を出そうか迷っていたらしい。

 そして、ようやく帰ってきた私を家に迎え入れるなり、その書状を見せてきた。


「ヘイデンの村、廃坑迷宮討伐チームご一同さま?」

「宛名はいいから中を読みなさい。ちゃんと読める字だから」


 筒状にくるくると丸めて赤いろうで封をされていたらしい羊皮紙を開いてみれば、汚くもなく綺麗でもない文字が綴られている。

 それを順に読んでいくと私たちのご機嫌伺から始まり、迷宮討伐の謝辞と続き、そのお礼をしたいから都合のよい日に迎えを寄越すと締められていた。


「ふ~ん……お礼かぁ。都合のよい日っていつにするの?」

「ちゃんと読んだの? 最後の最後まで目を通した?」


 お母さんは、いったい何に対してそんなに勢いづいているのか。

 これ以上小じわを増やさないためにも急いで書状を読み直すと、最後のほうにはエマ王国の国王と外務大臣の文字が躍っていた。

 ただ、名前の部分だけはそれぞれ本人の直筆なのか、この国で使われている文字とは異なっているせいでまったく読めない。ある程度は字形が似ているようだから強引に読めなくはないけれど、それだとあり得ない名前になってしまう。


「エマ王国って……たしか、小国群のリーダーみたいな国だっけ?」

「そうよ。あの迷宮は国境の山だったから、小国群を代表してお礼するって意味になるわ」

「国からのお礼かぁ……。金貨リブラ何枚だろう?」

「それどころじゃ――もういいわ。その書状、日程に選択肢はないからね。命令と同じだから」


 他国とはいえ、国王陛下の直筆サインまで入っているのだから王命なのだろう。

 それはわかるのだけれど、正直に言えば面倒くさい。

 この国だったら繋がりに期待して喜んで向かうのに、あんなに遠かったヘイデンの村よりもさらに遠い国だなんて、私の行商範囲から離れすぎているよ。


 それでも、国からの謝礼ともなれば足を運ぶのも吝かではない。

 失礼な言い方だけれど、辺鄙へんぴな領地の領主ですら一人につき金貨リブラ一〇〇枚を用意したのだ。

 一国の主ならば、小国といえどもそれくらいは容易く上回るに違いない。

 あの報酬のおかげで私は店を持ち、人を雇い、収入源が一つ増えたのだから。




 結局、買い取ったお隣のボロ屋は売り払っておらず、実家の拡張も行っていない。

 その代わり、道路に面した側を店頭販売できるように改装し、他の一階部分は店舗用の倉庫と従業員の休憩室として利用させ、二階と屋根裏は立ち入り禁止な私の倉庫に使っている。

 実は、まだあのゴミ――動く化石の残骸が大量に残っているのだ。これは思い出深くて捨てられないわけではなく、立派な商品だから保管してあるだけだ。


 涙目だった私を元気づけようとしたシャノンの言葉に従い、薬屋さんや細工工房を訪ねてみると、損傷の度合いにもよるけれど部位によっては買い取ってくれたので、ちまちまと不定期に売り払っている。一度ですべてを売り切らないのは、買い叩かれないようにするためだよ。いわば保険だね。


 それに、お母さんもマチルダさんも暗くて見落としていたのか、高く売れる部位が少ないながらも残っていた。念のために分配は必要ないのかと再度尋ねてみれば、皆は揃って『放棄したから好きにしたらいい』と口にはしたものの、その目が泳いでいたことは明白だった。

 金貨リブラ一〇〇枚の余裕なのか、はたまたプライドなのか知らないけれど、私なら手のひら返して貰いにいくのに難儀なことだよね。


 そんな余裕まで与える金貨リブラ一〇〇枚の報酬金といえば、皆の使い方はまちまちだった。

 私は知ってのとおりボロ屋の買い取りと改装に使ったけれど、エミリーとシャノンは装備品を充実させるために店舗を廻ったり、オークションで競り落としたりしていたよ。その一方で、マチルダさんはほぼ全額を貯金に回したのか、あまり派手な行動を見ていない。

 そして、お母さんはどうしたのかといえば、なんと借金の返済に充てたそうだ。


 我が家に借金があったこと自体初耳だったけれど、少し考えてみれば妥当な答えに辿り着く。実入りのよい冒険者稼業を続けていてもカツカツの生活状況だったのに、売れない商品を頻繁に買い込んでくる資金の出所はそこだったようだね。


 今はめでたく完済しているので、残ったお金で生活用品をいろいろと買いあさっていたよ。

 魔道具のストーブが二つに増えたり、水汲みを楽にするための魔道具――魔力を流せば綺麗な水が出てくるポットを買ったりして、なかなか快適な生活環境が整いつつある。

 それでも、売れそうにない商品も大量に買い込まれており、迷宮内で見せた頭の切れるお母さんはどこかへ行ってしまった。




 王命だという書状の内容に承諾し、報酬金から想起された回想に浸りながらエミリーとシャノンにも伝えて回り、その帰り際には私個人のお店に寄っていく。

 店頭販売を行っているのは食事時だけなので中には人の気配があらず、店舗用倉庫で在庫の確認をしていたら扉の開く音が聞こえ、話し声と共に二つの足音が近付いてきた。


「あ、店長。お戻りだったんですね」

「やっぱりサラか。エミリー帰ってたもんな」

「ただいま。さっき帰ってきたところだよ」


 袋や箱を抱えた従業員――委託を任せている従兄いとこと、私が面接して雇った年上の女性だった。

 従兄いとこはどうでもいいのだけれど、私を店長と呼ぶこちらの女性は手放せない人物だ。


 それというのも、この従兄いとこは読み書きが最低限しかできず計算も苦手ということが発覚し、帳簿を付けなければ決算時に困る店舗は任せられないので、それを補える者が必要になった。

 そんな時に、店先へ出しておいた従業員募集の立て札を見て現れたのがこちらの女性だ。

 読み書きと計算をこなせ、物腰にも申し分なかったから早速雇い入れたのだよ。

 ただ、彼女には少々事情があって、今ではこのボロ屋に住み込みで働いてもらっている。


 在庫数に不足はなく特に問題も起こっていないようなので私はお隣の自宅に帰り、夜になれば久々にお母さんの手料理を食べてベッドでゆっくり眠ったよ。




 国王からの呼び出しに備えてお母さんと共に綺麗な服を買いに行き、かなり奮発したものを買ってもらったのでニコニコ笑顔でその日を待った。

 当日は皆で我が家に集まっておき、迎えにきた執事みたいな老紳士から身分証で身元を確認され、町の外で待機されていた豪華すぎる馬車に揺られてエマ王国へと向かう。

 ちなみに、一般的な馬車と比べたら優に二台分以上の大きさで、馬も六頭引きだったよ。


 その車幅のせいなのか、王都へ続く広い街道のど真ん中を我が物顔で進んでいき、南下することなく真っ直ぐに小国群を突っ切り、その中央に所在するエマ王国へ入国した。


 小国群を進むたびに感じたことだけれど、柵すらない村の外縁部には崩れた家屋が垣間見え、私たちが暮らすグロリア王国よりも貧困者の姿が多い。まれに視界へ映り込む富裕層はかなり派手な出で立ちをしており、エマ王国ともなればその格差はより開いているようだ。

 国王が無能なのか、それとも何か事情があるのかわからない。しかし、お金は集まるところに集まるという道を辿った末の最終段階を思わせるね。


 そんな町の中を豪華な馬車に揺られていき、非常に広大だけれど古ぼけた王城付近にある大きなお屋敷の前で止まり、国王から呼ばれるまではここで過ごせとのお達しだった。


 こちらでは私たちの世話をしてくれる使用人が大勢待ち受けており、通訳の担当者もいたので不便はない。その後の夕食では王城勤めの料理人による絢爛豪華けんらんごうかな食事を振る舞われたのだけれど、羊飼いの隠れ家亭に比べたらいささか味が落ちてしまう。

 王城の料理人に匹敵するどころか軽く上回るとは、あそこの料理長は化け物か。


 翌日も使用人にあれこれ世話をされたものの、王都見物どころか庭での散歩すらさせてもらえず軟禁状態で夜を迎えた。そして、そのまた次の日になってようやく呼び出しの連絡が入り、あちらが用意したドレスに着替えて王城まで来いとのことだ。

 せっかくお母さんに買ってもらった服があるのに、見栄っ張りなお貴族様らしいことだね。


 やたら派手なドレスに着替えて王城へ向かうと、護衛を供にした外務大臣だという小太りのおじさんに迎えられ、謁見の間と呼ばれる無駄に豪華で縦に長い部屋へ通された。

 壁に沿って綺麗な列を成す騎士たちに囲まれたその中で跪いて待っていると、名乗りも何もなくカツカツと靴音が響き、宰相だと紹介されていた老人の声が聞こえる。


「『これより、国王陛下からのお言葉と勲章が与えられる。面を上げよ』」


 私たちよりも一歩下がった位置で控えている通訳を介したその言葉に従って顔を上げると、とても見覚えのある、ありすぎる、忘れたくても忘れられないあの男が、高い玉座に背を預け、片眉を上げ、笑いを堪えるようにして微笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る