#095:買っちゃった

 これが何だと問われても、お金に化けるお宝だとしか答えようがない。

 そう返事をしてみれば、お母さんは『崩れるって言ったでしょう!?』と烈火のごとく怒り出し、私が魔力調整で安全を主張しても、日が暮れるまで店先でこってりと搾られた。


「それで、どうするのよ、これ。何に使う気なのか知らないけど、家に入れないじゃない」

「えっと……どうしよう」

「まったく、もう……。今日は兄さんの所に泊めてもらうしかないわね」

「……これは明日中になんとかするよ」


 大きな溜息をついたお母さんと共にお向かいのパン屋さんへ行くと、事情は話さずとも聞こえていたようで、苦笑を浮かべたミンナさんが『部屋なら用意できてるよ』と案内してくれた。


 どうやら気を回してくれたようだけれど、これはかなり恥ずかしい。

 きっと、私が大人になっても親族の集まりで蒸し返される案件に違いない。

 早いうちに何か偉業を成し遂げて、皆の記憶を塗り替えなければ。


 皆で迎えた夕食の席では、久しぶりに会ったお婆ちゃんがお母さんの再婚を急かす様を横目にして、ピタパンについてもある程度の話がまとまりつつあると伯父さんから知らされた。


 少し形が違うだけでこれほど時間がかかるとは、ギルドの決まりは何とも面倒だね。

 こうなった経緯は蜂蜜パンの存在にあるらしく、これはお菓子ではないのか――と物言いが入り、横取りさせないために製パンギルドが製菓ギルドと一戦交えた過去もあるそうで、あまり深入りしてはならない類だと悟ったよ。


 権力争いほど醜く、厄介で、後味の悪い話もないからね。

 前世でもそうなのだから、割とあっさり死人が出るこの世界だとそれは顕著だと思う。

 少なくとも、ご飯を食べながら話す内容ではないよ。


 話題が移り、私から下のお兄さんへ委託しているコロッケも好調らしい。まだ販売数は少ないものの、ごく一部では話題になっているそうで、今後の行方に期待が持てそうで楽しみだ。

 迷宮から持ち帰った素材――蜘蛛の肉などもあるから、さらに売り上げが伸びるかも。


 普段の我が家と比べたら品数の多い夕食が終わり、ミンナさんやお婆ちゃんからの『いっぱいお食べ』とのお言葉に甘えて満腹となり、まだ少々気まずいお母さんとの就寝時間が訪れた。


 そこでは、実家を占領させてしまった戦利品の処遇を検討するという理由で言葉少なに過ごしている。私が眠ったと勘違いしたお母さんからの『無理しなくていいからね』という呟きは、胸の奥につよく響いたよ。

 私の力は既に知られているし、回収した物は皆にも分配するつもりなので喜ぶと思っていたけれど、本当に心配をかけていたようだから反省しないとね。




 翌朝はパンの焼ける香ばしい匂いに起こされて、一宿一飯のお礼にスタッシュを使って品出しの手伝いをやり、朝三つの鐘が鳴ればお母さんと一緒に中央通りへ向かう。

 いくら考えても倉庫を借りる策しか思い浮かばないから、不動産ギルドで探すのだ。

 しかし、未成人では契約できないので、またもお母さんの手を借りるしかない。


 不動産ギルドに着いてからは、あれこれと物件を見せてもらってはいるものの、契約期間の割りには料金が高かったり、値段の割りには狭かったりして、あまりよい倉庫が見つからない。これらの中から選ぶしかないのだけれど、一時的にしか利用しないので多少の難があろうとも安くて広いに越したことはなく、どうしたものかと悩んでしまう。


 そこで、ふと閃いた。そもそも、うちが狭いことこそ問題なのだ。

 お隣にはお誂え向きのボロ屋があるのだから、それを買い取って倉庫にしてしまえば……。

 臨時の倉庫として利用するだけでは無駄ならば、お店に改装してコロッケやドネルケバブを売るというのもよい考えかもしれないよ。


「お母さん。お隣を買い取ろう」

「はぁ? あんた、お金は…………あるわね」


 そう。今ならお金はある。皆で分けても一人頭金貨一〇〇枚――約一億円がね。

 しかし、たったの一億円だ。一億円しかないと言ってもよい。

 これっぽっちの端金はしたがねでは豪遊なんて夢のまた夢で、あっという間になくなってしまう。


 それ以前に、この世界には遊園地もなければ水族館もなく、牧場はあっても動物園はない。

 豪華な旅館はあれども温泉宿は見たことがないし、音楽なんて貴族の道楽と言われている。

 娯楽小説は存在するものの、その数が極めて少ない上に驚くほど高価なもので、漫画は未だに見つからず、ゲームや映画なんて存在していないと思う。

 服にしても同じだ。機能性が皆無でかわいいだけの商品はお貴族様専用のお値段だった。


 これのどこで遊べと言うのだ。何を買えと言うのだ。

 前世で僻地と呼ばれるド田舎のほうが、娯楽施設に恵まれていると言わざるを得ない。


 これならもう、私がお金を稼いで欲しいものすべてを作るしかないでしょう。

 しかし、それを成すには一億円程度の資本金だとまったく足りない。足下にも及ばない。

 例えるなら、一枚の百円玉を握りしめて正規ディーラーへ新車を買いに行くようなものだ。

 そんな事をしようものなら呆れた店員につまみ出されるか、業務妨害として通報されるのが落ちなのだよ。


 だからこそ、ぼったくり行商を営みながら町でも私のお店を出すわけだ。

 たとえ遠回りに思われようとも、コツコツ稼いだお金を使ってさらに増やしていくしかない。

 コロッケじゅわじゅわ、ドネルケバブはぐ~るぐるだよ!


「はぁ……。買っちゃったね」

「そうね。でも、いいの? お母さんは一枚も出さなくて」

「うん。名義だけ使わせてくれたら十分だよ」

「買った家は維持するだけでもお金がかかるから、足りなくなったらちゃんと言うのよ?」


 不動産ギルドを後にしてからは、今までで一番大きな買い物をした虚脱感を抱えて伯父さんの家まで戻ってきた。そして、迷宮討伐の件でお昼から冒険者ギルドへ行くというエミリーに、分配の話があるから皆を連れてきてもらうよう頼んでおき、私は実家を占領させている物品をボロ屋へ移しに向かう。




 権利の譲渡と同時に鍵も渡されているので、早速扉を開けてみれば地面が剥き出しの部屋に迎えられ、室内は予想以上に埃まみれだった。業者の人が年に一度くらい点検に訪れていたけれど、掃除なんてまったくやっていなかったみたいだね。

 まずは、これを先に片付けるべく微加速状態で隣の実家から掃除道具を持ち出して、それを使って二階から順に砂埃を掃き出していき、粗方終わればスタッシュをフル活用して戦利品を運び込む。あまり綺麗とは言えないけれど、倉庫として使う間はこの程度でも十分なのだ。


 そうやって移送を始めて間もないころ、ボロ屋を出たら実家の前で呆然と佇む皆がいた。

 どうやら開けっ放しだった扉から中の様子が見えたのか、視線を釘付けにされたようだ。


「あぁ、サラ君。すごい量だけど、これは売れないと思うよ。使い物になる部位は既に……」

「……なんですと?」


 高値で取引される部位は魔石と共に回収済みだったそうで、それらも現在買い手と交渉中らしく、私は命懸けでゴミを拾っていたというわけか。

 そんな話を聞いてしまうと、お母さんがあれほど怒るのも無理はないって事だったね。

 まさに骨折り損――いや、骨溜め損のくたびれ儲けだよ……。


 しかし、待ってほしい。だからといって落ち込むのは時期尚早だ。

 迷宮すべてを掘り返すのは無理だったけれど、メイズコアの周囲で見落としていた装備品や道具類は持ち帰ってきたし、帰り道で拾わなかった魔石もあるのだから。


「骨はゴミだとしても、魔石とか魔道具がまだまだあるから、売れたら分配するね」

「う~ん……あたしはいいや。こんなの見たら、なんか貰いにくいし」

「うん。わたしも遠慮しとく。たぶん骨は薬屋とか細工工房で売れると思うから元気出して?」

「そうだね。ボクも辞退するよ。装備を高く売りたいならオークションがおすすめかな」


 おかしいなぁ。なぜか可哀想な子を見る目をされているよ。

 私はそこまで情けない顔をしていたのかしら。

 最初の驚きが実感に変わり、少し視界がぼやけていただけなのに。


 その後、皆が去ってからも寝床を確保するために移送を続けていたら、領都の冒険者ギルドへ行っていたらしいお母さんが帰ってきた。そこで、先ほどの話を伝えてみれば『お母さんもいらないから、あれは全部自分で処理しなさい』とのことだった。


 皆がいらないと言うのなら、これらの売上金はすべて自分のお財布に入れるまでだよ。ボロ屋とはいえ家を一軒買ってまでゴミの保管をしているのだから、少しでも取り戻せることを願わずにいられない。今から思えばお店を持つなら中央通り以外に考えられないし、早いうちにここも売り払おう。

 もしも大損するような売却額だったら当初の予定どおり店舗へと改装するか、いっそのこと取り潰してしまい、実家を拡張するというのもありかもしれないね。

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