#094:もったいない

 崩壊すると言われた迷宮にまだ大きな変化が起こらないのだけれど、まるで夜逃げのような恰好をしたお母さんが先頭に立ち、皆も疲れた足腰にむち打って地上を目指してひた走る。

 道中で遭遇した魔物を倒しても、死体から魔石を弾き出すだけで拾いもせず、このままではモッタイナイお化けに祟られるのではないかと気が気でない。


 そんな状態で通路を突き進み、脳内メモのおかげもあって三日ほどでオアシスに到着した。

 ここまで来れば、魔物に寝首を掻かれる不安から解放されてゆっくりと休めそうだ。

 しかし、テントの支度をしている最中に迷宮全体が揺れ始めて動揺が広がっていく。


「うわわわっ、生き埋めは勘弁して……」

「まだ揺れ始めだから大丈夫よ。このペースでいけば間に合うから安心しなさい」

「どれくらい余裕あるの?」

「そうねぇ……完全に崩壊するのは、ざっと半月くらい先かしら」


 薄々感じてはいたけれど、そんなにも余裕があるのなら持ちきれなくて泣く泣く諦めた素材を拾いに戻れるじゃないですか。

 魔力の流れを乱すメイズコアがなくなった今なら、加速の魔術で楽々だしね。


 断続的に揺れるオアシスで落ち着かない休憩を取っていると、ざわめいていた冒険者たちが荷物をまとめ始めている。そんな中で、見知ったチームが私たちにも声を掛けにきてくれた際に、お母さんの傍に置かれているメイズコアを目にして泡を食っていた。


 その騒ぎが呼び寄せたのか、下層へ続く出入り口のある方向から鷲獅子じゅじしの爪痕が現れて、私の姿を認めてホッとしたような表情で一つ頷き、お母さんと向かい合う。


「なんだ。誰がやったのかと思ったらお前だったのか」

「まぁね。この子たちもがんばったのよ?」

「そりゃすごいな。お前も腕が衰えてないようで何よりだ。……戻ってこい」

「しつこいわね。店があるからお断りよ」


 お店を理由に一刀両断されたバートさんは泣きそうな顔で肩を落とし、クインさんに背中を押されて先に地上へ戻っていくようだ。

 ところが、背を向けたままで『道は俺らが切り開くから、お前たちはついてこい』とだけ言い残し、返事を待たずに中層へ続く出入り口前の坂を登っていった。


 まだ休憩の最中なのだけれど、あんな姿を見せられたら言葉に従うほかはなく、手早く荷物を片付けた私たちもオアシスから出発した。


 ここから先は鷲獅子じゅじしの爪痕だけに限らず地上へ戻る冒険者たちも多いので、私たちは魔物に襲われることが一度もないままに歩いていく。

 さらに後方から追い付く人々も徐々に増えており、お母さんの背中にあるメイズコアを見て一様に驚きの声をあげ、それに続いて祝福や労いの言葉、時には嫌味を言われることもあった。


 それからは、さすがは下層や中層に篭もっていたチームの集合体とでもいうべきか、魔物が出ても足を止めることなく上層を目指す。もはや崩れ去る迷宮の情報に価値はなしと判断されたようで、道順についても皆で共有されて私の脳内メモと大きな狂いもなく進んでいき、何日ぶりかの日光を浴びて自然と顔がほころんだ。




 村に着いてからは、各々が借り上げているであろう宿泊施設へ三々五々と別れていく。

 私たちも荷車を預けてある宿屋まで歩いていくと、今日は部屋が空いているそうなので疲れを癒すためにもここで泊まることになった。


 あまり大きな宿屋ではないため三人娘と年長組とで部屋が別れることになり、割り当てられた客室に入って早々、エミリーがベッドに倒れ込み、シャノンもこてんと寝転んだ。


「ふあぁ~……疲れた~。もう一歩も動けないぃ……」

「ふぅ……。サっちゃん、サっちゃん。転移装置出して~」

「あ、あたしも剣とか見たい。ついでにお願い」

「おっけい。お菓子も出しておくね」


 まずはシャノンの転移装置一式を部屋の隅へ置き、エミリーの大剣をベッドに立てかけた。それに続いて二巡目、三巡目と二人が選んだ品々も渡していき、最後にクッキーとジュースも取り出して並べておく。


 さて、二人が戦利品に見入っている今のうちに、迷宮で取り残してきたお宝を回収しよう。

 幸いにもお母さんは隣の部屋だし、つい先ほど来客の声もあったので、行き先を聞かれて咎められることもないはずだ。




 おもむろに部屋の窓を開けてから私の身体に流れる時間を加速させ、そこから短距離転移を連発して迷宮まで舞い戻り、その後は自身が爆弾にならないよう自分の足で下層を目指す。

 もうゴールまでの道筋は脳内メモにしっかりと刻まれているから楽勝でしょう。


 しかし、そう簡単に事が運ばなかった。

 迷宮にとっては最後の灯なのか内部の魔力が乱れに乱れており、歩を進めるごとにその度合いは激しくなる一方で、未だに徘徊している魔物たちもどこか狂暴じみた風貌になっている。

 ある意味では、メイズコアが魔力の循環を担っていたのかもしれない。

 仮にそうだとしても、最後の最後にまで嫌がらせとは、いい趣味をしていると思うよ。


 知らぬうちに加速の効果が切れていては困るので、漂う魔力の調整を行いながら歩いていく。

 早くも崩落している箇所は転移爆弾で吹き飛ばし、拾わなかった魔石の回収もしつつ目的地に到着した。


 ランタンの灯りだけでは心許ないけれど、ここも天井にひび割れが走り、地面には岩や土塊がそこら中に落ちていて、動く化石の残骸も静かに転がっている。

 残念ながら大きな岩が直撃して一部が粉々に砕けてはいるものの、素材自体は数多く残っているのでそれらをコツコツとスタッシュに集めていく。そして、容量が限界になれば置き場を求めて実家に帰ってまで回収を繰り返す。


 それも粗方取り尽くし、見落としがないか確認するために四方八方へランタンを向けていたら、メイズコアが座っていた位置の直上に浮かぶ物体が目に付いた。

 はじめのうちは落下中の土塊だろうと思ったけれど、形がおかしいので重力を操って覚束ない動きでふわふわとそれに近付くと、繊細な意匠が施された高く売れそうな短剣だった。


 もしかしたら、迷宮の成長に伴って巻き込まれた落とし物などが未だに埋まっているのかも。

 素材が採れる魔物も生み出されるのだし、長期的に見たら迷宮は破壊せずにいたほうが稼げそうに思えて、誤った選択をしたかもしれない後悔が押し寄せてくるよ。


 埋まったお宝を見つけるスキルなんて持たない私では、迷宮すべてを掘り返すしか手段がなく、さすがにそれはやっていられないので涙を堪えて地上を目指す。




 音もなく宿屋へ近付き、窓から入ろうとしたら――お母さんがいた!

 部屋の扉を開けて何やら話しているようで、転移爆弾のために何度か加速の魔術を解除していたことがあだになったらしい。

 今ここで、泥だらけな私の姿を見せたら行き先を問い詰められるに違いない。

 居なかったことは事実なのだし、村の広場で相場を確認していたことにしておこう。


 ただの嘘にならぬよう物陰で素早く着替えを済ませ、広場を廻ってから歩いて宿屋まで戻る。

 そこで加速の魔術を解除すると、私を見つけたお母さんに『明日の夜はお貴族様に呼ばれているから綺麗にしておきなさい』と告げられた。


 そういえば、領主や村長から報酬を貰えるのだったね。

 動く化石の素材なんてほぼ丸ごと持ち帰ったのに、さらにお金を貰えるなんて迷宮は最高だ。

 当店自慢の石鹸せっけんで全身を綺麗に洗ったし、今夜はよい夢を見られそうだよ。




 せっかくよい気分で眠っていたのに翌日は朝から妙に騒がしく、何事かと外に出てみれば、村の広場で迷宮討伐を祝したお祭りが催されている。

 迎えが来るのは夕方ごろらしいのでそれまでの暇潰しに参加することとなり、お昼からは迷宮前へ場所を移し、ポンコツ女神を崇める胡散臭い宗教団体による浄化の祈祷も見物した。

 これで迷宮跡地が浄化されて作物の実りがよくなるそうだけれど、いろいろな栄養素が吸収されている土壌だから祈祷は関係ないと思う。


 何となく気分が白けたので宿屋へ戻り、エミリーとシャノンの姿が見えたころに村を治める守護の使いが迎えにやってきた。

 そちらの邸宅では貴族にしては地味な服を着る守護から謝辞と金一封、おまけの粗品も全員が貰い、村からの報酬として工芸品や農産物を山盛りに詰め込まれた木箱も受け取ると、領主からの迎えが到着するまで留まるように言い付けられた。


 そして、数日かけて移動した先にある領主の館で、領主本人から感謝と労いの言葉を賜った後に、割れたメイズコアと引き替えに金貨五〇〇枚――実に約五億円もの大金を報酬に貰う。

 さらに豪勢な夕食もご馳走になり、豪華な来賓室で一泊してから朝食もいただき、私たちが暮らす町まで護衛騎士付きの豪奢な馬車で送ってもらえるという贅沢ぜいたくづくしだったよ。


「……サラ、これは、なに?」

「あ……」


 家に帰り着き、自家用車が盗まれないようにロープで店先へくくりつけたお母さんが扉を開けると、私が詰め込みまくった動く化石の残骸がガラガラと音を立てて流れ出てしまい、その顔を引きらせていた。

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