#093:お宝チェック

 私は精神的に、他の皆は体力と魔力が底をついたのか、揃ってその場にへたり込んでしまい、唯一動けるのはエクレアだけだった。

 いくら流れを調整しようとも、動く化石が倒された今であっても依然として魔力は乱れたままで、メイズコアを破壊するまで続く現象だと予想した。

 つまり、魔物がいない時はやるだけ無駄なのだ。


「……そういえば、エミリー」

「……なに~?」

「どうして剣が燃えてたの?」

「あぁ、シャノンに教えてもらった」


 二手に分かれてからの出来事を聞いてみれば、三人では相手にするのが厳しい集団と出くわした際に前線を押し切られてしまい、前衛も後衛も入り交じる戦況を迎えたそうだ。

 その時にシャノンのワンドから氷の刃が出ていたことを目撃し、呪文を教えてもらって身に付けた技能らしい。


 窮地に陥って謎の力が覚醒したわけではないようだけれど、身体に燃え移って火だるまにならないあたりは魔術の気配りなのだろうか。

 それなら、私の魔術もどうにかしてほしいね。宇宙の果てまで吹っ飛びたくないよ。


「炎刃ね。あんまり使うと刀身が痛むわよ?」

「サラの魔術がかかってるから平気ですよ」

「……そういえばそうだったわ」

「今後はレアさんの風刃乱舞がいつでも拝見できるんですね。いつかボクとも共演を!」


 顔をしかめたお母さんに『血肉が飛び散るから嫌よ』と一蹴され、マチルダさんは凹んでいた。

 そんなマチルダさんを励ます意味も込めて、三人にとっては数日ぶりとなる新鮮なジュースを飲みながらしばしの休憩だ。




 私の魔力調整と弱体化の魔法陣を用いても、見たこともない魔術をはじめとしたあの巨体から繰り出される攻撃によって、命に関わるほどの重傷を漏れなく皆が負った上で接戦の末に辛勝した動く化石だけれど、このままではまた新たな強敵が生み出されるそうだ。

 皆も身体が動けるようになってきたので、そろそろメイズコアの破壊に向かおう。


 場所は言われずともわかる。未だに魔力が渦巻いている中心地に他ならない。

 以前見かけたゾンビ亀のような足取りでそこへ近付いていくと、大きな魔石だという認識はどうやら勘違いのようだ。


 大抵の魔石はなめらかさを持った楕円形なのだけれど、目前のこれはカット加工された宝石や何かの結晶に見えるような角張った形状をしている。それに絡みついていたものも木の根ではなくて正体不明の茨だった。

 そして、何よりも目を引くものがその周辺に散らばっている。


「お財布だ!」

「うわ、すご。武器も落ちてるじゃん」

「あっちには魔道具があるよ。なんか古くさいけど」

「半分埋まっている防具類もかなりの代物ですね……」

「あんた達、さっき倒した魔物も忘れちゃダメよ?」


 どれもこれもが一級品。冒険者専門店で見たようなお高い装備品がいくつも落ちている。

 それらと混ざるようにして古びた魔道具も埋まっており、まさに掘り出し物だった。

 あと、お金ね。見目麗しい硬貨のお姿を、破れた部分から覗かせてくださるお財布もあるよ。


 私が顔をほころばせながら次々とお財布の中を見ていると、いくつかの中身がおかしかった。

 これでも記憶力だけは本当に自信があるのに、見たこともない硬貨が入っている。


「どこの国のお金なんだろう?」

「見たことないわねぇ。そっちの綺麗な袋も同じなの?」

「あんまり汚れてないものはこの国のお金だったよ」

「サラ君、ちょっと失礼…………これは過去に使われていたものだね。ここが国王の名だよ」


 私の手元を覗き込んでいたマチルダさんが指差して教えてくれたけれど、その国名や王名は覚えがない上に読めない文字で記されており、硬貨のデザインも初めて目にするものだ。

 そして、他の硬貨も見てもらったら、同年代の他国で使われていたものや、マチルダさんが知らないほどに古いものとのことで、まるで埋蔵金のようだった。


 私がよく知っているお金の量は少ないものの、古い硬貨は袋にギッシリと入っていることが多い。そのおかげで踊り出したい気分を抑えていたら、少し離れた所で地面に散らばる品々を調べていたシャノンが驚いたように声を上げた。


「これは、まさか――!」

「どうしたの?」

「サっちゃん! これすごい!」

「う~ん……? ただの枠?」

「そうだけど、そうじゃなくて、枠の中を見て!」

「中って言われても、ただの土なんだけど。あ、粘土ってこと?」


 落胆とも呆れとも取れる憮然とした表情を浮かべたシャノンが言うには、これは昔から話だけは伝わっている古代の転移装置なのだとか。

 一見すると赤みを帯びた金色の太い枠でしかなく、わざわざ照明の魔術を唱え直してまで興奮する理由も伝わらず、転移云々よりも金の延べ棒として売れそうだとしか思えない。


 そんな私に業を煮やしたのか、シャノンはエミリーとマチルダさんに手伝いを頼んでいる。

 そうやって三人で掘り起こした赤金色の物体は、等身大写真が収まりそうな写真立てと似た形をしており、枠内にはやはり土や粘土が詰まっているだけだった。

 二人にお礼を言ったシャノンが『みんな、見てて』と前置きし、自身のワンドに氷の刃を発生させると、巨大な写真立ての枠内へゆっくりと突き刺した。


「ほら、ここまで埋まったよ。本物でしょ?」

「本当だ。先端はどこから出てるの?」

「……わかんない。対になってる装置から出てると思う」

「面白そうだから探そうか。誰か腕輪を中に入れてくれる?」


 入口と出口が必要というのなら、私の転移魔術とは異なる原理で動いているようだね。

 装置自体が割と大きいし、私が使うもののほうが便利そうだ。……計算が面倒だけれど。


 私が少しばかりの優越感に浸っていると、シャノンが腕輪を粘土にめり込ませたので、自分の腕輪からその位置を特定する。そして、返ってきた反応は意外にも近くであり、メイズコアから数メートル離れた地点を掘り進めたら見つかりそうだった。


 では早速とばかりに、私は周囲の魔力を調整してから転移爆弾で穴を開ける。

 危険だから近寄らないように注意を促すと、エミリーは首を傾げ、シャノンは慌てふためき、マチルダさんは苦笑いで、お母さんは呆れ顔を浮かべ、エクレアは爆発音に身を竦ませて円らな瞳で辺りをキョロキョロと見回していた。


 爆破するたびに砕かれた土砂をスタッシュ経由で送り出し、重力の魔術で穴の底へ降りてはソナーを飛ばす。手を伸ばせば届くほどの距離を示す紫色の魔石が点灯するまでそれを続け、そこからはシャノンも加わり手作業で掘り進める。

 先に掘り起こされていた物からも魔物の骨などを使って穴が開けられていくと、私の足下からズボッと骨が生えたかと思えば、穴の中で下を向いているのに皆の姿が見えた。


「ふおおぉ……。わたし、これ欲しい!」

「それじゃあ、皆も欲しいもの選んじゃいなさい」


 お母さんとマチルダさんは動く化石の残骸から魔石や素材を取ってくるそうなので、先にお宝を物色していようと転移装置に入って近道をする。ところが、重力の向きが変わったことで私とシャノンは揃って転び、それを目にしたエミリーが思わず噴き出していた。

 それでも笑顔を絶やさないシャノンと一緒にエミリーの元へ行き、周囲に散らばるお宝へと目を向ける。


「あたしはこの大きい剣が欲しいなぁ……」

「わたしは転移装置さえ貰えるなら他はどうでもいいや」

「私は高く売れるやつなら何でもいい! この指輪と首飾りなんてよさそうかも」


 そんな話をしながら見やすいようにお宝を並べていると、両手で抱えるほどに大きな魔石や太くて丈夫そうな骨を持ったお母さんとマチルダさんが戻ってきた。


「欲しい物は決まった?」

「これは壮観だね。見渡す限り全部がマジックアイテムなんてね」


 魔道具を筆頭にして、魔力が宿る装備品などはマジックアイテムと呼ばれている。

 メイズコアは魔力を吸収しているようだし、迷宮に訪れた冒険者が落とした物や、今の時代からだとあり得ない硬貨や転移装置が出てきたことからして、元から埋まっていたり、迷宮の成長によって地中へ飲み込まれたりしたものが、この場所に集められているのかもしれないね。

 ただ、それらから魔力が抜けていないあたりはメイズコアがポンコツということなのだろう。

 どことなく女神の息吹を感じてしまう。……親近感ではないよ?




 各々が欲する品を順に選んでいき、それらを私のスタッシュに吸い込んでいく。

 それが終われば、動く化石や他の魔物から取った素材を入れていくと早くも限界が訪れたので、皆でメイズコアを破壊して帰還することになった。

 これがまた意外にも硬くて時間を取られたけれど、破壊したメイズコアはお母さんが背中にくくりつけているのを見て、私も負けじとまだ残っている素材を拾い集める。


「サラ、早くしなさい。コアがなくなれば迷宮は崩壊するのよ!」

「えっ」


 本当に、迷宮ってやつは……。

 なぜ緊急停止スイッチはないくせに自爆ボタンはあるのだ。

 持てない分は後で拾いに戻るつもりだったのに、これでは諦めるしかないではないか。

 迷宮の設計者はたいへん素晴らしい性格をしていると、心の底から表するよ。

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