#092:早く帰りたい

 突き破った壁の先は少し高さのある斜面になっており、その先に広がる空間では動く化石をはじめとした魔物どもが暴れている。

 もはや、煩わしいだけとなった加速の魔術を解除した私は坂を駆け下りていき、お母さんとエクレアをスタッシュの外へ出した。すぐにお母さんが周囲に目を走らせて動く化石を発見し、それを呆然と見つめながら『ディケイド・ドラゴン……』と呟いていたので、腕を引いて今の状況を伝える。


「魔術使って走って見つけた」

「……随分と端的ね。それよりも、まずはみんなの救出よ。あれは何とかしてお母さんが引き留めるからその間に逃げなさい。あそこの横道なら入ってこられないはずだわ」


 お母さんが視線で指し示した先は、私が抜けてきた横穴だった。

 確かにあそこなら動く化石の頭部が通らないだろうし、逃げ込む先にはもってこいだ。

 それでもこの空間に散見する小型の魔物は入り込むだろうけれど、一方向からのみであれば対処も容易となり、逃げに徹するだけなら足枷とはならないだろう。


 逃走経路の目処も立ち、各種増強剤をがぶ飲みして手早く戦闘準備を完了させたお母さんが、逃げ惑う三人の横合いへ割り込むような進路で走り出した。そして、エクレアを連れて加速の魔術をかけ直した私がかなり遅れて追走する。

 魔術が有効なときに追いつけても、効力が打ち消されている最中に引き離されるので、使い勝手がすこぶる悪い。加速の度合いを落としてみても変化はないようだから、いつもどおりの微加速で固定したよ。




 先にお母さんが三人の元へ到着し、短い会話を交わしてから動く化石に立ち向かった。

 その間にも、私の存在に気付いたらしいエミリーとシャノンが駆け寄ってきて、遅ればせながら合流できた。


「はぁ……はぁ……お待たせ。あっちの穴へ逃げるよ」

「ちょっとサラ、大丈夫なの?」

「やっぱり、サっちゃんでも、ここは辛いんだ」


 走りながら手短に話を聞くと、魔術の不発が頻繁に起こっているらしい。

 そんな状態では身体強化の維持もままならないのに、エミリーが平然としていられるのは元から体力があるおかげだろうね。

 ところが、貧弱な私が加わったことで走る速度が落ちてしまい、槍を引きずるマチルダさんが追い付いた。


「マチルダさん、腕は平気ですか? 槍を引きずってますけど」

「あぁ、これはシャノン君の発案で弱体化の魔法陣を描いているんだ。もうすぐ完成するよ」


 地面に引きずる槍へ視線を向けると、石突きの近く――持ち手側の下部には小袋が結びつけられており、それの底から青白い粉が少しずつ漏れていき、刻まれた溝へと注がれている。


 傍目からでは逃げ惑っているように見えても、その実しっかりと対策を講じていたようだ。

 私たちが逃げる時間を稼いでくれているお母さんが少しでも楽になるよう、魔法陣を途中でやめずに描き上げて、完成と共にシャノンがそれを起動させた。


「あんまり強いものじゃないけど、ないよりはましなはず」

「じゃあ、すぐに脱出しよう」


 一丸となって先を急ぐ私たちの行く手を遮るように魔物が回り込み、その対処で少し時間を取られていたせいなのか、声帯がないはずの動く化石から足の竦むような叫声が上がった。

 そして、見たこともない魔術が進路上に着弾し、その余波で私たちも魔物もまとめて吹き飛ばされ、逃げる先であった横穴までもが崩落している。


「痛たた……」

「あぁっ、逃げ道が……」

「何なの、もう……。すぐに穴開けるからちょっと待ってて」


 スタッシュから魔石を取り出すことももどかしく、先ほどの魔術で発生した土塊や魔物の残骸を転移爆弾の種として飛ばし、壁が飛び散るのを待った。

 しかし、転移そのものが不発に終わり、何度か試しても威力が足りないのか壁の表面を抉る程度でしかなく、崩落した部分にしても人が通れるほどの穴は開かなかった。




 これが噂に名高い、ボスからは逃げられない――というやつか。

 いや、そんな冗談はどうでもいい。

 余計なことは考えず、この状況に影響を及ぼしているであろう魔力の流れを確認してみれば、頭の痛くなる惨状が展開されていた。


 ある所にはポッカリと魔力の枯渇したスポットがあったり、またある所では濃密な魔力の塊がこびり付いていたりして、そんな不揃いの魔力流がこの空間全域で渦巻いている。

 渦の中心には大きな魔石が鎮座しており、それには木の根にも似た何かが幾重にも絡みついて周囲の魔力を吸収しているようだった。


「あれは何だろう? もの凄く大きな魔石みたいなやつ」

「おそらく、この迷宮のメイズコアじゃないかな?」

「じゃあ、ここからあれを破壊すれば……」

「それができたら苦労しないよ。魔術はまともに飛ばないし、近付こうにも魔物が、ね……」


 ここから逃げ出すには魔力の流れを正さなければならず、それを成すにはメイズコアの破壊が必要で、お邪魔虫の動く化石を倒すまでは何もできないということか。

 頼みの綱であったヘンテコ魔術も魔力を使うからには影響を受けるので、皆と力を合わせて正攻法で打倒するしかないようだ。




 この中で最も身軽そうなマチルダさんにお母さんへの伝言を託し、残った三人娘とエクレアで動く化石以外の魔物――所謂いわゆるザコの掃討を始めた。


 まずはエミリーが先頭に立ち、飛び掛かってくる魔物どもを燃えさかる剣でいなしていき、抜けてきたものはエクレアが飛び掛かり、私とシャノンは後方から不安定な魔術で援護する。それと同時に、場に漂う魔力の流れを少しでもノーマライズするべく、私が扱う魔術の特性を活かして、魔力の塊がある近辺で加熱や冷却を発生させた。


 こうしておけば、私の魔術は周囲の魔力を使って発動できるので、通常の魔術にまで影響を及ぼすような魔力の塊が霧散して、その軌道が逸れないようになるはずだ。それに、魔力とは濃い所から薄い所へ流れる性質があるようだから、凝り固まって動きを阻害する部分が消えたことで枯渇したスポットへ流れ込むと思われる。


 しかし、これがなかなか難しい。

 体力的な疲労は皆無だけれど、皆が魔力をまとわせて縦横無尽に動き回っているし、魔物にしてもそれは同じで、頭の中が沸騰しそうなほどに処理能力を求められるのよね。

 今もまた背後から極めて強く危険な反応が……あっ、まずい!


「シャノン! 後ろ、避けて!」

「え?」


 動く化石に背を向けて戦わざるを得ない私たちの死角から、鋭く尖った槍状の骨が数発ほど飛来した。それを打ち落とすべく、スタッシュにある魔石をマシンガンのごとく連射したにもかかわらず、いくらかの軌道を逸らすことには成功したものの大半が外れてしまい、それ以外はシャノンの肩と足に命中し、勢いに押されて倒れ伏した。


「う、ぅ……」

「どうしたの!? シャノンが何?!」

「シャノンが撃たれた! エミリー、エクレア、回復するまでなんとか持ち堪えて!」

「ぷも!」


 今は魔術がまともに使えずとも、何度も行使すればいつかは発動する。

 その効力にむらが出ようとも、魔力支配があれば流れを読み取れる。

 私ならできる。絶対に成功する。脳内メモからも失敗に関する項目はすべて削除しろ。

 そう自分に言い聞かせ、手で痛みを抑え込むようにして耐えているシャノンの元に駆け寄り、骨の槍が当たった部分だけに限定して時間を巻き戻した。


「……うわ、すごい。ありがとう、サっちゃん。これがお尻だったら社会的に死んでたよ」

「……元気そうだね」


 シャノンが着ている薄手の外套は、私が強化したものだから目立った外傷はなかったけれど、身体ごと吹き飛ぶほどの衝撃を受けたのだから、見えないところで骨折していたかもしれない。

 今はもう軽く冗談を飛ばせるようだし、記憶は無事で怪我けがも治ったと判断してよさそうだね。




 復帰したシャノンが乱射する魔術の雨と、燃え盛る炎剣を振り回すエミリーの奮闘、そしてエクレアの突進につぐ突進によってザコの掃討は早々に終わりを見せた。もう後処理は放棄して、動く化石とやりあっている年長者組に加わろう。

 あちらの戦況も魔力支配を通して観察すると、動く化石の周辺には魔力の塊が多数存在し、そこへ剥き出し状態の魔石が触れるたびに力を漲らせて我が物顔で暴れている。


 このままでは、あの塊を延々と取り込まれて魔力枯渇による逃げ切り勝利も狙えそうにない。そこで、下手に魔石を傷つけてゴースト化させないよう注意を払い、周囲に加熱や冷却を発生させて塊を除去していると、動く化石が頭を振り乱して咆哮を上げた。

 すると、魔力の塊だけに留まらず辺りに漂うものすべてが動く化石へ吸い寄せられ、それが吐き出された瞬間には、私たちの後方からカタカタと鳴る物音と底冷えする空気が流れてくる。


「うえぇ……骨が増えた……」

「サっちゃん、ゴースト優先で倒そう!」

「私、今、無理」


 この場に流れる魔力を調整しているから手が離せないことを説明したら、熱波を放つだけでもいいと言われたので、シャノンが起こした風の渦にエミリーが着火したことで炎の竜巻と化したそこへ巻き込むように追い払っていき、少しずつ数を減らしていく。

 そして、呼び出された魔物を殲滅したら年長者組へ加わり、死闘の末にお母さんとマチルダさんによって動く化石にトドメが刺され、体感では数時間にも及ぶ戦闘に幕が下ろされた。

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