#091:今、助けに行きます
断続的に何度も震える腕輪へ視線を落とせば、エミリーとシャノンからの連絡を示す魔石が点灯しており、マチルダさんのところは暗いままだった。
その事をお母さんに説明しながら腕輪も見せると表情を険しくし、返事を待たずに来た道を引き返そうとした私の腕を掴んで別方向へと駆けていく。
「ちょ、ちょっとお母さん、どこ行くの?」
「最初に通ったあの隙間よ。今から走って戻るより、穴から飛び降りたほうが早いわ!」
途中で幾度も見てきた他の通路よりも、別れた地点に戻ったほうが結局は早道という判断か。
それに否やはない。まったくない。
しかし、こんなペースで走っていたら間に合うとは思えない。
「お母さん、ごめん」
「え? 何――」
私の腕を引いて走るお母さんと、一歩遅れて追走するエクレアを、問答無用でスタッシュに吸い込んで加速の魔術を行使した。
お叱りなら後でいくらでも受けるから、今だけは我慢してもらいたい。
私たちが出てきた横穴は近道だと言われて入った裂け目よりもオアシス側にある。そこから脳内メモに刻まれた地図を参照し、ランタンの灯りだけを頼りにして進んでいった。
途中で休憩に戻る冒険者とすれ違っても気にせず走り続け、やっとのことで以前よりも少しだけ横幅が広がった岩の裂け目へと辿り着く。
ここからも同じ要領で走っていくと底がまったく見えない大穴に行き合って、少しの
まだ鉄屑が散らばっているここで二手に分かれたのだ。
ある意味ではようやくスタート地点に立ったとも言えるだろう。
ここで脳内メモの地図が途切れているけれど、三人を必ず見つけ出してみせる。
ただでさえ暗い上に色褪せた世界の中では非常に走りづらく、身体に流れる時間を小まめに巻き戻していても訪れる精神的な疲れを強引に飲み下し、脳内メモにはまだ何も記されていない通路へと足を踏み出した。
ここからは、三人の現在位置を特定するためにソナーを飛ばす必要がある。
それをするには加速の魔術を解除せねばならず、魔物に襲われることも度々あった。
「――邪魔!」
元は人間のゾンビであろうが、意外にもおいしい蜘蛛であろうが、硬く巨大な鉄のゴーレムであろうとも、私の邪魔をする魔物のすべては加熱の魔術で溶かしてソナーの返りを待つ。
その間にも腕輪が震えることもあり、未だに遠く離れている意味を示す赤い魔石が灯ったことに落胆する暇もなく先を急ぐ。
迷宮の入り組んだ通路を、もうどれくらい走り回っただろうか。
体力が減らずとも、眠気や空腹を感じずとも、疲れだけはどうしようもなく溜まってしまう。
それでも、走ることはやめられない。
三人を助けられるのは私だけだという自負でひたすらに探し回る。
そんな時に、見覚えのある小集団とすれ違ったような気がした。
ぼんやりとした頭を振って確認に戻ってみれば、それは
この先はまだ調べていないから、この人たちに尋ねるだけでも時間をかなり短縮できるはず。
私は急ぎ加速の魔術を解除して、警戒しながらもゆっくりと歩く面々に声を掛けようとしたところ、重装備で先頭に立つバートさんが臨戦態勢を取った。
「――下がれ!」
「――ッ……あら? この子って……」
何の前触れもなく唐突に誰かが現れたら驚かれるのも無理はない。皆の前に立ちはだかって盾を構えるバートさんは、平時のお茶目なおじさん臭さが消えている。
その隣で私へ剣を向けているクインさんも、いつもの親しみやすそうな雰囲気が感じられず、他の人たちにしても幾度となく修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の冒険者に見える相貌だった。
「あ……すみません、驚かせてしまいましたね。レアの娘のサラです」
「お、おう。どうした、一人なんか?」
「その事なんですが、他のメンバーを見ませんでしたか?」
「なんだ、はぐれちまったのか」
そういうわけではないのだけれど、加速の魔術を解除している今は一秒でも時間が惜しい。どこかで姿を見ていないかと強く尋ねてみれば、オアシスを発って以降は冒険者の誰一人とも遭遇していないそうで、心当たりはまったくないようだった。
「そうですか……」
「とりあえず、オアシスまで送ってやるから、俺の後ろに隠れとけ」
「お心遣いありがとうございます。でも、急ぐので失礼します!」
「あ、おい、待――」
一礼と共に加速の魔術を行使して、引き留める声も聞かずに駆け出した。
この通路がどこへ繋がっているのかわからないけれど、ここから先を探すよりも他の別れ道へ進んだほうが見つかる確率は高まるはず。
もはや確率という不確定要素に縋るしかなくとも、虱潰しにあたっていくしかないのだから。
来た道を引き返し、あまりにも狭い通路だったので後回しにしていた横穴へ入ろうとしたら、腕一本が通れるかも怪しい隙間を残して大部分は塞がっている。
何たることだ。迷宮が成長することで塞がった通路は他にもあるのでは。
こんなことでは道などというものを辿る意味がなく、いらぬ苦労を背負っていたも同然だ。
まったく、迷宮の“迷”は迷惑の“迷”だよ。こんチクショウめ。
これほどまでに成長が著しいのであれば、道を歩くよりも壁を突き破ったほうが断然早い。
しかし、穴が開くほどに加熱したら周囲の魔力がなくなってしまう上に、溶けた土砂や岩石が冷めるまで通れない。そこで、他に何か手はないものかと疲れた頭で考えた結果、私にトラウマを植え付けたあの現象を活かせばよいと導き出した。
いつ塞がるとも知れない通路と向き合った私は、スタッシュに溜め込んである適当な魔石を取り出して、それを壁の中に埋まるような位置へと転移させる。すると、その部分から危険な魔力反応があるという情報を魔力支配が教えてくれた。
やはり、この方法も色褪せた世界では効果を発揮しないらしい。
念のために離れてから加速の魔術を解除してみると、まるで何かが破裂するような甲高い音と、お腹に響いてくる重くて低い音が混じり合い、不思議な音色を奏でて壁が砕け散った。
以降は爆弾魔となった私が立ち塞がる壁を物ともせずに突き進み、ソナーの反応を待つ間に襲ってくる魔物ごと壁を爆破していると、腕輪の魔石が黄色く灯る距離まで行き着いた。
あと少しだ。あと少しで三人が居る場所に辿り着ける。
エミリーとシャノンからは絶えず救難信号が届いているものの、マチルダさんの魔石は一度たりとも灯っておらず、不安に苛まれて口から心臓がこぼれ出そうだ。
それでも、ここが正念場だと自分に言い聞かせ、転移爆弾で障害物を消し飛ばしては速度を上げてひた走る。
ところが、この付近からは魔力の流れが乱れているのか、狙った位置に転移させられなかったり、爆発の威力に
本当に、迷宮とはいったい何なのか。責任者がいるなら出てきてほしい。ぶん殴ってやる。
疲労と腹立たしさを気合いでねじ伏せ、腕輪の魔石が緑色を示してきた方向の壁を転移爆弾で抉り抜けば、照明の魔術によって光をもたらされた空間が広がっている。
そこでは巨大な骨の魔物――どう見ても恐竜の化石が足音を響かせて動き回っており、それから逃げ惑う泥だらけのエミリーとシャノン、そして槍を引きずるマチルダさんの姿があった。
「――みんな、無事!?」
思わず口を
動く巨大な化石という目を疑うような衝撃に圧倒されていたけれど、それ以外にも見慣れた魔物が何匹か存在しており、化石から逃げ回りながらもそれらを相手に奮闘しているようだ。
進路を妨害する魔物も厄介だし、もしも追い付かれて踏み潰されでもしたら一溜まりもない。
こんなところで戦況を眺めているよりも、すぐにでも助けに向かわねば。
そこで、加速の魔術を行使した……のだけれど、魔物を含めた皆が動いたり止まったりしていて、なぜかエミリーの剣に炎が
あんな扱いをしたら全身に燃え移りそうなものなのに、もう何が何だかサッパリわからない。
この空間は今までにないほどの振れ幅で魔力が乱れているのかも。
そんな
なにも、加速に拘らなくとも助ける手立てはまだあるでしょう。
特に、スタッシュの中には下層の魔物群にすら一人で立ち向かえる心強い冒険者がいるのだから、まずはお母さんを外に出して指示を仰げばいいだけだったよ。
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