#087:呪われた新商品

 露店の支度を進めながら炬燵こたつの扱いをどうするか悩んだ結果、私が見ていないところで魔道具を盗まれたり、本体を壊されたりしては困るので、露店の近くに設置して営業中のみ利用を許可する方法を選んだ。

 こうしておけば、露店がある噂を知らずにオアシスまでやってきた冒険者が、炬燵こたつの利用者を不審に思って調べに来ると思うから、盗難対策だけでなく客寄せとしても活用できる。

 それと、家から補充してきたけれど売れる場面を想像できない砥石も、買ったほうが圧倒的に安上がりな価格で同じく使用許可を出す方式でいくつもり。


 言ってみれば、コンビニの本棚がガラス張りの外側に面しているようなものだ。

 お客さんが入っているお店なら自分も入りやすいし、誰か居るなら悪さもできないでしょう。

 たとえそんな事態が起こっても、お母さんが自信たっぷりに『捕まえてあげるわよ』と言ってくれていたから安心だよ。


「よし、準備完了。今日も呼び込みと査定お願いね」

「町の定食推しと、炬燵こたつと砥石のレンタル始めたことだったわね」

「うん。あと疲労回復系の薬類もいくつかあるから、そっちも頼める?」

「あっ……サっちゃん、ごめん。いじってたら取れちゃった」


 これから呼び込みをしてもらうエミリーと最後の確認をしていたら、シャノンが楽しそうに指で弾いていた粗末な計算機の枠が外れていた。

 これから高級旅館の料理などを取り扱うことで商品の値段が上がるから、全額を魔石や素材で支払われると査定の計算も大変になるだろうと思い、木工工房で作業を待っている間に暇を持て余した私が分けてもらった廃材で作った算盤そろばんだ。


 しかし、造形も仕組みも知っていようとも素人の私では上手に作れない。枠同士をしっかり噛み合わせられず、あまり動かすと外枠がスポッと抜けてしまう雑な仕上がりになっている。ヤスリ掛けだけは丁寧にやったから棘が刺さる心配はないはずだけれど、あまりにも不格好な出来映えで恥ずかしい。

 そんな物でも、使い勝手がよかったら木工細工工房へ製作依頼を出してみようかな。




 外れてしまった枠を強引にねじ込んで算盤そろばんを直し、露店を開けると同時に呼び込みをかけてもらえば、早くもお客さんが集まり始めて大賑わいだ。

 そして、買った商品を寝床へ持ち帰るまで待ちきれなかったのか、近くに座り込んで食べる人まで現れた。


「迷宮の奥地でまともな飯に有り付けるなんてなぁ」

「ああ、まったくだ。安宿の飯でも銀貨ソル一枚はどうかと思うが」

「そう言うなって。邪魔な素材で買えるんだからよ。俺なんか魔物が飯に見えてきた」

「違ぇねえ。食い終わったら砥石も使わせてもらいに行くか」

「それより知ってるか? あの商人って鷲獅子じゅじしの爪痕にいた舞姫の娘らしいぞ」

「へぇ。こんな所に店出すとか娘もすげえんだな。……いろんな意味で」


 このように定食の評判は上々で、支払額を告げると一瞬だけ顔が引きるけれど、多少歪んだお皿でも特に文句を言われることもなく続々と売れている。他にも、傷薬や各種増強剤などが今までにない勢いで在庫を減らしており、少ししか買わなかった黄色い飲み薬――体力回復促進剤なんて売り切れだ。砥石のレンタルも一応は成功したようで、まれに利用客が訪れるよ。

 しかし、炬燵こたつを使いたいと口にする者は一人としておらず、こちらは失敗かと思っていたら、ようやく興味を持ったお客さんが姿を見せた。


「なぁ、横に並べてある机は何だ? 誰も使ってないようだが……」

「あれが炬燵こたつです。身体がとても温まりますよ。一回のご利用は鐘半分くらいの間だけですが、いかがですか?」

「ここのところ寒いもんな。試しに一つ頼むわ。あと、傷薬と飯も四人分くれ」

「では、こちらの見本からお好みのものを選んでください」


 商品の準備ができたら炬燵こたつまで案内し、最低でも下半身の武装と靴を脱いでから足を入れるよう使い方の説明をする。それと同時に鐘半個分ほど溜まる蓄魔式の魔道具に魔力を充填しておき、最後には目を光らせる警備員――お母さんの存在も告げておく。


「もしも粗相をしたら、あそこの店員が手加減なしの制裁を与えます」

「あれって、老けてはいるが舞姫じゃねえのか? うっかり汚してもダメなのか?」

「ちょ、ちょっと、聞こえてたらどうすんのよ。うちらまで刻まれるでしょ!」

「不運なら仕方がありませんね。その分の清掃費用をいただきますが」


 私たちの会話が聞こえたらしいお母さんからの鋭い眼光を受けたお客さんが、一瞬だけ狼狽うろたえたものの利用規約には同意してくれたので、炬燵こたつの使用許可を出した。

 そして、露店に戻って客対応の合間に炬燵こたつ利用客の様子を窺ってみれば、目をとろけさせて至福の表情で定食をつついているよ。




 それからも商売を続け、定食のおかわりも買いにきていた客足も途絶えたので閉店した。

 炬燵こたつを貸し出したチームは、一回の利用料ですら前世の都心にある駐車場よりも高い価格設定にもかかわらず、制限時間が過ぎてもなかなか出ようとしなくて、延長からの延長で結局は閉店するまで居座っていたよ。

 さらにもう一台の炬燵こたつも同じような有様で、問い合わせも多かったから集客効果は十分に発揮されたものの、いくら待っても使えないお客さんが不満げな表情を浮かべて帰ってしまった。


 苦労もせずにお金を搾り取れるのは嬉しいけれど、これは単純に私の戦略ミスだね。

 炬燵こたつに入ると高確率で外に出たくなくなる呪いが掛かることを失念していたよ。

 早急に解決策を考えなければ悪評が広まりそうで怖いや。


 露店を片付けてテントへと戻り、手早く掃除した炬燵こたつを囲んで温かいご飯を食べて、交代で仮眠をとったり、樹液を煮詰めたりしていても解決策が思い浮かばないまま翌日を迎えた。

 仕方がないので炬燵こたつは点検中ということにして露店を開けても、慌てたような数名の冒険者が買い物にきただけで、オアシスからは人気ひとけが失せ始めている。


「みんな下層に行ったのかな?」

「だったらさ、あたしらも行こうよ。気になる通路があるのよね」

「うんうん。急がないと道が塞がるし、メイズコアが壊されて報酬も貰えないかも」

「そりゃ大変だ。露店なんかやってる場合じゃないよ!」


 お母さんが持ってきた各種商品も残り少なくなっているので、下層行きを提案してみたのだけれど首を縦に振ってくれない。あちらでも移動販売ができるかもしれないことや、ここまで来たのなら壊しに行こうなどと、私を含めた年下三人娘が力説していたら、その熱意に折れるようにして『何事も経験かしらね』と渋々ながらも了承してくれた。

 お母さんと同じくあまり乗り気ではなかったマチルダさんも、仕方がなさそうに『ボクも未経験だけどレアさんが居るなら少しくらい平気かな』と、下層行きには同意してくれているよ。




 お母さん達の気が変わる前に急いで支度を調えてオアシスを発ち、エミリーとシャノンの案内で発見されたばかりの近道を進み、そこから半日ほど歩いた先にある壁の裂け目へと入った。


 上方向には高いけれど、頭も身体も通せる幅の狭いその横穴は、年下三人娘でも身をかがめて横歩きをしなければ進めない。そこを窮屈に思いながらも先へ向かうと幅が徐々に広がっていき、しばらくしたころには高い天井を持つ通路となってきた。

 そのまま進んでいると初見の魔物も増えてきて、これは確かに下層への近道に相違ない。


「あ……この先に何か居るみたいだよ」

「……まずいわね。あの重い足音はアイアンゴーレムかもしれないわ。一旦引き返してさっきの横道に入りましょ」

「そんなに強いの?」

「強いなんてものじゃないわよ。鉄よ、鉄。全身が鉄なんだから、やってられないわ」


 岩のゴーレムすらサクサク切り捨てていたお母さんでも嫌がるなんて、いったいどれだけの硬さがあるのか想像も付かない。

 そんな鉄で形成されたゴーレムが姿を見せたのなら下層に入った合図でもあり、育ちきった迷宮であれば溶岩が主体となるラヴァゴーレムも出てくるのだとか。

 どれもこれも厄介な存在らしいので私も回避する意見に異論はなく、先ほど素通りした横道へ逃げ込むと、前方からも重い足音を響かせる物体が歩いてきた。


「うげ。後ろからも追いかけてきてるよ」

「こうなったら、どっちかを倒すしかないわね」


 もはや相談する余裕はあらず、私たちが逃げ出したことでまだ距離のある後方ではなくて、もうすぐランタンの灯りでも姿が見えそうなほどに近付かれた前方を倒すしかない。

 そこでお母さんから『後ろも危ないから子供たちは固まって傍にいなさい』と指示を受け、急所突きがうまいマチルダさんも前へ出て、その場で武器を構えて待ち受ける。


 それから間を空けず、真っ暗闇の中から重そうな足音と僅かな振動を伝える巨大な鉄のゴーレムが姿を現し、すぐさま戦闘が始まろうとしたその瞬間、足下から身の毛がよだつ異音が響くと同時に地面の感触が消え失せて、魔物もろとも先の見えない暗闇へと吸い込まれるように落下した。

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