#086:幹と葉っぱの合わせだし

 短距離転移でヘイデンの村に到着し、そのままの勢いで廃坑の入口まで移動してから色褪せた世界を抜け出して、お母さんをスタッシュから外に出す。

 そこでまた怒られるのかと思いきや、お空が綺麗に見えていそうな瞳をして『迷宮、急ぎましょうか』と言うだけで、オアシスを目指して風のように駆け出した。


 お母さんが魔物を倒して私が後処理をするという役割分担でひた走り、中層からはエクレアも加わったことでさらに速度を増して突き進み、懸念であった魔物の集会場は運良く一掃されていて、魔石以外はあまり拾えなかったけれど何事もなくオアシスまで辿り着いた。


 その頃には、羊飼いの隠れ家亭から持ち帰った食事の後味が台無しになって落ち込んでいたお母さんの機嫌も治っており、もはや私が露店を開ける場所として定着し始めた地点へ行くと、エミリーとシャノン、そしてマチルダさんが地面に座って休んでいた。


「あ、戻ってきた。おかえり~」

「やぁ、待ってたんだよ。首尾はどう?」

「お帰りなさい、お二人さん。レアさんは相当お疲れのようですね」

「はぁ……ふぅ……ちょっと、休むわね」

「ただいま。いいもの持ってきたよ」


 まずは寒さをどうにかしようとテントの準備に取り掛かる。

 その作業をしながらも、町に君臨する高級旅館や、人気を集める酒場に、新進気鋭な定食屋さんなど、それらから多数の料理を買い込んできたことを説明し、丁度ちょうどよい機会なので私としては一押しの炬燵こたつを皆に試してもらおう。

 まずは邪魔になる装備は外してもらい、四角い炬燵こたつに四人がそれぞれ足を入れた。


「どう? 控えめに言って最高?」

「う~ん……温かいっちゃ温かいんだけど」

「背中は寒いのに足だけ熱いね、これ」

「……もうちょっと試してみて。私はシロップ見に行ってくるから」


 お母さんとマチルダさんは心地よさそうにしているのに、エミリーとシャノンにはお気に召されなかったようで何度も首を傾げている。

 それはきっと慣れていないからだと判断した私が、樹液の様子を見るべくエクレアを護衛に連れて立ち上がったら、お花を見たいエミリーと、暇だからと言うシャノンもついてきた。


「そういえば、近道は見つかったの?」

「ふふふ、一応見つけたわ。何通りかあるみたいだけど」

「その通路を大きいゴーレムが塞いでたんだよね。あの時は大変だったなぁ」


 話を聞いてみれば、狭い通路に巨大なゴーレムがはまり込んでいたそうだ。身動き取れないなら楽勝と思っていたら隙間から魔物の大群が襲い掛かってきて、探索隊の面々もあまり動けないせいで劣勢を余儀なくされたのだとか。

 そして、魔物の大群を何とか乗り切って最後に残った巨大ゴーレムを倒す際に、エミリーとマチルダさんが剣と槍で崩したことを不審がられたらしい。


「いつもの感覚でやっちゃって、その武器譲ってくれとか鬱陶しかったわ」

「一応、女神の祝福を賜ったって誤魔化ごまかしたよ」

「女神って……」


 私はあんなにポンコツではないでしょう。……違うよね?

 これでも他人の機微には目敏く反応でき……ないわ。うん、私は女神なのかもしれない。


 そんな冗談はさておき、皆の無事を願ってかけた私の魔術が悪い意味で目立ったようだね。

 二人が私に同行した理由付けが今ひとつ弱かったし、もしかしたらお母さん達に聞かれないよう配慮してくれたのかもしれない。

 強化したことを知ってはいても、マチルダさんには“おまじない”としか伝えていないもの。

 私なんかよりも、細かな気遣いを見せるこの二人こそが女神だと思う。


「あ、そうそう。もう絆創膏ばんそうこうなくなりそうだったんだ」

「わたしの手持ちもちょっと危ないかも」

「え、怪我けがしたの? すぐに治すね」


 以前、私も狙撃されたから経験があるのだけれど、最硬の魔術を施した防具で守っていても衝撃は殺しきれないので、吹き飛ばされてしまうと魔術の及ばない部分に傷を負うことがある。

 エミリーも同じような目にあったようで、絆創膏ばんそうこう――患部の傷がそれ以上広がらないように貼り付けておく薄い皮膜を使って乗り切ったみたい。


 私の露店で食事と並ぶ主力商品である傷薬は、即座に効果を発揮するものではない。そこで、戦闘中には絆創膏ばんそうこうが使われるけれど、これには痛みを和らげる作用も傷の治りを早める働きもないので、戦闘が終わってから治療する必要がある。

 というわけで、手当に使った傷薬と絆創膏ばんそうこうを補填しておいた。


 今回はちょっとした擦り傷だからよかったものの、手足を失うような重傷を負えば何もできないまま命を落としてしまう。別行動をするのなら、ヘンテコ魔術だけでは防ぎきれない場面を想定して対応策も考えておかなければ。




 そんな不安をいち早く払拭するためにも頭を悩ませながら歩いていると、前方不注意だった私の顔全体に大きな葉っぱがベチャリと貼り付いた。

 まるでお先真っ暗と言われたようで、思考を中断させられたことも相まって衝動的に引きちぎろうとしたら、指先がぬるりと滑ってしまって空振りだ。


「もう……。何なの、これ」

「葉っぱにしては割と分厚いわね――って、動いた!」

「背は低いけど、これもトレントの一種じゃない?」


 ゆっくりとうごめく葉っぱに目をこらしてみたら、とても見覚えのある形をしている。

 南国の畑によく生えていそうな、私たちの身長よりやや高い程度の灌木から、深い緑色した分厚く長い葉っぱがピョコンと垂れているけれど、これはどう見ても昆布です。

 念のために正体を確かめておこうと思い、何枚か重なる昆布の葉っぱをナイフでかき分けてみれば、その幹も脳内メモに問い合わせる必要がないほどに見知ったもの――鰹節かつおぶしだった。


 なぜ海藻の昆布がこんな所で葉っぱになっているのか。それ以前に、鰹節かつおぶしは植物ですらない。

 いや、これが昆布と鰹節かつおぶしに似ているだけで別種の存在かもしれないし、この世界では甘い樹液を出す大木や虫に食われた大根も歩くのだから、あまり深く考えるのは無駄な行為だった。

 鰹節かつおぶしと昆布が一揃いになっているとは便利だね。さすがは異世界だよ――って流しておこう。


 さて、気にしないことに決めたのだし、前世の食事にあまり未練のない私だけれど、目の前に懐かしい食材があるのなら刈り取らない理由もないでしょう。

 ところが、キクラゲならぬ木昆布に一人笑みを深める私の力ではビクともせず、身体強化を施したエミリーが何度も剣を振り下ろしてようやく根本が折れた。それを時間をき止めてからスタッシュの貴重な空きスペースに吸い込み、甘い樹液を求めて先へと進む。


 脳内メモに助けてもらいつつ、釘を打ち込んでおいた大木をすべて合わせてみても、お目当ての樹液は木桶一杯を満たすかどうかという量しか集まっていなかった。

 今後はもっと多くの木々に細工を仕掛けるか、薬品を用いて樹木を溶かすような抽出作業を行う必要がありそうで、今日のところは取れた分だけ持ち帰ることにする。


 その道中で、ただ釘を打ち込んだだけでは隙間から樹液が流れてしまい、容器に入らず地面へ染みこむことに気付いたのだけれど、もはや後の祭りと言わざるを得ない。

 次に町へ帰ったら、内側が空洞になった釘を探しておこう……。




 肩を落として露店地点に戻り、早く炬燵こたつで温まろうとテントの中に入ってみれば、横向きに寝転がったお母さんと、天板に頬杖をついてとろけた表情を浮かべるマチルダさんがいた。


「おや、おかえり。シロップは集まったかい?」

「不手際でほとんど溜まってませんでした。策はあるので次こそはって感じですね」

「それは残念だったね。……それにしても、こんなに単純な構造なのにここまで心地よいとは驚いたよ。炬燵こたつはすごい」

「ほんとうね。存在も忘れてた机がこんなにも……ふぁ~あ……眠くなってきたわ……」


 てっきり寝ていると思っていたお母さんが起きていた。

 あまりの心地よさに眠気を催しているようだけれど、炬燵こたつで寝ると大変なことになる。


「お母さん、うっかり寝ないでよ? 体調崩す可能性あるから、みんなも気を付けて」

「あら、そうなの?」

「寝てる間に体内の水分がすごく減るんだよ。起きたら喉がカラカラで風邪ひいてたりする」

「へぇ……それは困るわねぇ。サラ、何か飲み物出してちょうだい」


 炬燵こたつは人類を堕落させる装置なのか、お母さんがいつになくだらけている。

 それでも、普段から何かと苦労して疲れているだろうし、今くらいは構わないよね。

 この際だから、飲み物とはいわず炬燵こたつにピッタリな冷たいお菓子を振る舞おう。


 アイスクリームを作ろうにも時期的な問題で牛乳が手に入らなかったので、それの代わりにエミリーもシャノンも気に入ってくれているフローズンヨーグルトを取り出すと、私の話を聞いて及び腰になっていた二人も近寄ってきて、皆でおいしく食べて炬燵こたつで寛いだ。

 そうやって一休みした後は、炬燵こたつがどう転ぶかわからない露店の準備に取り掛かる。

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