#084:品揃えを変えてみる
ほとんどのチームが近道捜索隊に参加したようで、オアシスからは
私が露店を開けるより先に駆け寄ってきた冒険者を皮切りにして、何名かが出発前の駆け込み購入に訪れたからよかったものの、迷宮トレントの樹液回収騒動が長引いていたら、この商機を逃していたかもしれなくて安堵の溜息がこぼれ出る。
「私たちも仕入れに戻ろうよ。あの人数が一度に戻ってきたら途中で品切れしそうだから」
「この人数だと走って行くことになるわよ?」
「そこは魔術でなんとかするよ」
「……大丈夫かしら。疲れたら絶対に言うのよ?」
これから仕入れに戻るその前に、迷宮露店の噂を聞き付けて訪れてくれた冒険者や、先ほどの探索隊に加わらなかった人へ向けて、当店は現在準備中――である旨をかわいいイラストも添えて地面に書き込み、石で囲っておく。
本当なら看板か立て札を置きたいのだけれど、そんな用意はしていないから苦肉の策だよ。
教わった位置に何もなかった虚しさは身を以て知っているからね。
忘れ物がないことを確認したらオアシスを出発した。出入り口すぐのフロアコアポイントに魔物が群れていないか危惧していたら数体のゴーレムしか姿が見えず、それもお母さんが走りながらサックリと片付けてしまった。
「サラ、囲まれると厄介だから速度上げるわよ。ついて来られそう?」
「うん、まだいけるよ。エクレアも大丈夫?」
「ぷも!」
二人と一匹になったことで、最近はソロ活動ばかりだったらしいお母さんの本領発揮というか、私たちの進路を妨げる魔物だけを倒し、その魔石を回収したらば駆け抜けていく。
お母さんの二つ名である舞姫は戦闘スタイルを詠ったことだと見当が付いたけれど、今ひとつ納得がいかなかった疾風の
流れるような造形の防具なんて珍しくないのだから、こうして戦場を駆け抜けながらも魔物を倒す姿から付けられたのだろうね。
そんなお母さんの後を追う私は、移動中に使っている微加速の度合いを少し上げているよ。
短距離転移を使えば早いのだけれど、一度のミスが命取りだから自粛せざるを得ない。
私が一人で行動する時ほどに加速するのも、お母さんがスタッシュに入ることを嫌がるので諦めるしかなかったのだ。
それからは私の案内で迷宮を突き進み、一部で通路が塞がっているアクシデントに見舞われたものの、驚くほど早く地上に到着して村へ買い物に行ったのだけれど、もう日が暮れていたせいか広場には露天商の姿が見当たらなかった。
せっかく急いで戻ってきたのにこの仕打ちとは、なんと言うか間が悪い。
どうせ寝るなら寒空の下で野宿なんかするよりも家のベッドがいいので、嫌がるお母さんをスタッシュに吸い込み、方位磁石を頼りに加速の魔術と短距離転移でブルックの町へ帰ったよ。
いつものように短距離転移で壁を乗り越えて町の中へと入り、お隣のボロ屋との間に隠れて加速の魔術を解除したら、お母さんをスタッシュから外に出す。
その場で『嫌だって言ったじゃない』と少し叱られてから家に入ると、まだ早いのにベッドを調え始めて眠る体勢に移っていた。
「もう寝るの?」
「そりゃそうでしょう。あれだけ走ったのにサラは疲れてないの?」
「あぁ、それも例の魔術でチョチョイっとね」
「……まったく、あんたのスキルはどうなってるのかしら」
それを私に聞かれても困るよ。むしろ詳しく教えてほしいくらいなのだから。
しかし、今はそんな話をしている場合ではなくて、往復にかかる時間を考慮したら、早めに仕入れを終わらせなければ探索隊の面々がオアシスに戻ってきてしまう。
「こっちならまだ開いてるお店があるし、私は仕入れに行ってくるね」
「だったら、帰りに定食屋で何か買ってきてくれる? 今日はもう疲れたわ」
散々走り続けたことで相当疲れたのか、多少の無理をしてでもご飯を作ってくれるお母さんから、珍しくも店屋物を買ってくるように頼まれた。
この世界では料理の持ち帰りが一般的なものではなくて、自分で食器やお鍋を持っていけば売ってくれるけれど、そこまでするなら普通はその場で食べていく。
これを迷宮まで運べば高く売れたりしないかな。
私のお店は手軽さを求めて、町の屋台で売られている串焼きや腸詰め肉、それらと合うようにサンドイッチを主体にしている。ここに少々手間の掛かるスープも加わるけれど、そんな軽食でも喜ばれるのだから、高い手数料を支払ってでも熱々の家庭的な料理を食べたいと思えるお客さんが居たっておかしくないはずだ。
やむにやまれぬ事情で冒険者業に就いている人なら尚のこと。
それと、スープがあるからお椀は売れても平皿なんてサッパリ減らないので、定食を盛りつけておけば万年待機状態の食器類も自動的に買ってもらえるものね。
これは意外とよい考えかもしれないよ。
ひとまずは定食デリバリーを試してみようと、自宅の倉庫で眠っている食器をスタッシュに詰め込んで、中央通りでも特に賑やかな界隈――飲食店がしのぎを削る宿場通り方面へ向かって夜の町を歩いていく。
そこで軒を連ねるご飯がおいしいと評判の酒場や、食事だけでも構わないという宿屋で自慢の定食を買い込んでいき、品数を増やすためにも奥へ奥へ進んでいくと、気が付けば羊飼いの隠れ家亭が視界の端に映っていた。
今ならここの料理を買えるお金があるし、せっかくだから寄っていこうかな。
お貴族様であっても持ち帰りは拒否されると専らの噂だけれど、うまく買い付けができたら目玉商品としてプレミアムな価格で売り出せるのよね。
そんな考えで近付いてはみたものの、外周を占める出稼ぎさんの寮ですら気後れするほどに立派な佇まいで
そこで身分を問われたので商人ギルドのカードを示し、中へ通されたら豪奢な扉に迎えられ、傍で控えるドアマンが静かにそれを開けてくれると、花の妖精も斯くやという笑顔を咲かせる美人姉妹が待ち受けていた。
「まあ、サラさん。ようこそお越しくださいました。どうぞ、こちらへ」
「サラちゃ……さん、いらっしゃいっ……ませ!」
「あ、はい、本日はお招き……じゃなくて食べに来ました。お手柔らかにお願いします」
私の完璧な応答に笑みを深めた二人から、ふわふわの絨毯を敷かれた廊下の奥へと案内され、開けてくれた扉をくぐれば、お貴族様の生活を味わえそうな幻想世界が広がっていた。
この部屋を私なんかが使ってもよいのでしょうか。
そもそも、なぜご飯を買いに来ただけなのに個室へ通されたのだろう。
これがこのお宿の流儀なのかと思いを巡らせていたら、脳内メモ先生から先ほど美人姉妹と交わした挨拶のシーンが回想され、取り返しが付かない現実を突きつけられた。
「あの、グレイスさん。クロエちゃん。大変申し上げにくいのですが……」
「いかがなさいましたか?」
「どうしたの? 部屋が気に入らなかった?」
「部屋に不満なんてないです。ここで暮らしたいくらい素敵だと思います。でも、今日はご飯を買いに来たんです。さっきは言い間違えました」
私の失態は咎められなかったけれど、互いに視線を交わした美人姉妹が表情を曇らせている。
やはり噂に偽りはなく、持ち帰りはお断りしているのかもしれない。
「では、少々こちらでお待ちになってくださいませんか? 料理長に話を付けて参ります」
「あ、お姉さま! あれも一緒にどうかな?」
「あぁ、いいかもしれないわね。サラさん、よかったら新作の試食をしていただけません?」
「試食ですか? 私でお役に立てるのなら喜んで」
わざわざ料理長に掛け合ってもらえるだけでなく、まだ見ぬ新作までごちそうしてくれるだなんて、緊張によって凝り固まっていた私の心がほぐれてきた。
使用人を呼び寄せて料理長への伝言を預けた美人姉妹と歓談に耽り、料理の完成を待つ。
そのまま
そして帰り際には、仕上がった料理の他にも先ほどの新作と、料理長の不作法を詫びる一品、さらに当主からは『領都の商会が君を狙っている。重々用心しなさい』という、ありがたくも恐ろしい情報をお土産にいただいたよ。
領都の商会と言われてもピンと来ないけれど、私たちで捕まえて売り払った冒険者崩れの悪党どもを雇っていたところかもしれないね。
もしもそうだとすれば、既に片が付いているから当主の忠告は少し遅かったかもしれない。
実際、あれ以降は襲われていないし。
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