#083:町のおばちゃん対策
すぐにでも果実を集めに行きたいけれど、今はまだ露店中なので残念ながら後回しだ。
ここには鳴らす鐘も無いせいで時報に合わた営業を行えず、同じ理由でお客さんたちの生活サイクルも掴みづらいことから、ある程度の人数がいる間はお店を開けておく必要がある。
なぜならば、私の顔を売るためと、オアシスまで行けば出張商店がある――という噂を作り、そしてその噂に一人歩きをさせて自動的に宣伝してもらうという寸法なのだ。
そんな腹案が顔に出ないようひた隠し、オアシスへ入ってくるたびに訪れるお客さんを応対する。そうやって誰かに果実を横取りされやしないかとヒヤヒヤしながらも商売をしていると、下層に行けなかったとはいえ戦闘が続いていたことで冒険者組には疲れが見られたので、果実を集めに行く計画は明日へ持ち越して休息を優先した。
そして、皆が仮眠から目覚めたらまた露店を開けて、お客さんが途切れたころには私たちもご飯を食べ、その後は待ちに待った果物狩りへ赴くことになった。
場所は既に詳しく聞いてあるので、食後のデザートと
意気込みもバッチリでオアシスの奥部にある泉へ歩を進め、教わった地点に到着した。
しかし、目当ての木が見当たらない。
光る葉を茂らせる巨木や、何の変哲もない喬木なら近くに生えているのだけれど、地面に絵を描いてまで説明してくれた特徴的な幹を持たないのだ。
「この辺だよね? 根元に岩が埋まってる木で曲がったし、大きな赤い茸も見たし……」
「バートのことだから、間違えて覚えてたのかもしれないわ。もうちょっと探してみましょ」
この場所を起点にして円を描くようにグルグル探していると、少し離れた所で私の脳内メモにコピーした情報とおおかた合致する大木を発見した。
実物を見てみれば、教わったとおりに幹の途中から根元までが四つ又に分かたれた不思議な造形をしており、その表面は硬く分厚そうな樹皮で覆われていて、上の方にはまるで手のひらのような丸みを帯びた葉っぱが数多く茂っている。
「これだと思うよ。絵とあんまり似てないけど……」
「てっぺんにあるって言ってたわよね。……イルミネイトツリーだけだと暗くて見えないわ」
そう言ったお母さんが照明の魔術を短く唱えても、果実は一つも見つからなかった。
教わった場所に木はないし、ようやく探し出しても肝心のお宝が実っていないとか、あの下心オヤジはただの嘘つきなのかしら。
私の記憶違いを疑おうにも、一年間の食事くらいならすべて思い出せるのだから脳内メモの不具合とも考えられず、仕方がないので付近に同じ木がないかもう少し探してみよう。
薄暗い空間に木が乱立しているので、見落としがないよう皆で固まって周囲を探索してみれば、光る葉を持つ巨木――イルミネイトツリーの周辺には、四つ又の大木が概ね一・二本ほど立っていることが発覚した。
お日様のない迷宮に木が生えていること自体おかしいけれど、ほのかな緑光から養分を吸収しているのかもしれない。
「それじゃあ、この木から調べていこうか」
「見つけたらあたしが登って採ってくるわ。シャノン、照明お願い」
「ほいきた。ライト!」
その瞬間、急に強い光で照らされて驚いたのか、握り拳よりも一回りくらい大きな――この迷宮においては標準的かやや小振りなハチが飛び出してきて、私たちの頭上を飛び去った。
「うわっ、ビックリしたぁ」
「そんな場合じゃないわよ、サラ。どこかに花が咲いてるかもしれないから探してくる!」
「ミリっちは花まで食べる食いしん坊かな?」
おどけたシャノンの冗談は
もちろん、私も見てみたい気持ちはあるので大木の幹に近付いてみれば、その樹皮の一部が割れていて中からてらてらと輝く透明な液体を垂らしている。
「ぷも? ……ぷもっ……ぷもっぷもっぷもっ」
「エクレア、どうしたの? それ、おいしいの?」
無心に樹液を舐め始めたエクレアが気になって、私も指先ですくい取ったそれをひと舐めしてみたら、味も香りもすごく薄いメープルシロップだった。
どう見ても楓の木ではないから別物だろうけれど、紛れもない大発見だよ!
これを煮詰めて甘みを出して、既に人気を集めているパンケーキに掛けたら売り上げ倍増間違いなしだろうし、固めたら飴玉にもなりそうで、町のおばさん達への対応策としても心強い。
もはや、唐突に始まって絡め取られるようなおばさんトークだって怖くなくなるのだよ。
そんな埋蔵金とも思える副産物を持ち帰るべく、スタッシュから大慌てで取り出した金槌で補修用として露店に並べていた新品の釘を一心不乱に打ち込んでいたら、肩を叩かれて呆れたような声が降ってきた。
「……サラ、さっきからエミリーが呼んでるわよ?」
「あぁお母さん、これ見てよ。シロップの原料だよ!」
「サラ君は本当に甘い物が好きだね」
「はい。これさえあれば無敵です。負ける気がしません」
そんなわけで、見つからない果実よりもこの甘い樹液を集めたい――という私の意思を強引に押し通し、幹に対して斜めに刺さるよう釘を打ち込み直してもらい、それを伝ってゆるやかに垂れてくる樹液は真下に設置した空き容器で受け止める。
一滴、一滴、時間をかけてゆっくりと流れ落ち行く様を見守っている気分は、まるでとある基礎化粧品工場の製造ラインに勤める精鋭部隊を想起させる。
これには想像以上の忍耐力を要求されるようで、ひたすら待ち続けるのは堪え難い。
しかし、ここは魔術が存在する異世界で、私には時間を操るそれがある。
目的は樹液なのだから大木全体に行き渡るよう加速の魔術を施すと、ぽたりぽたりと垂れていたものが勢いを増してトロトロ流れるようになり、その状態のままで大木が歩き出した。
「あぁ、そっか。これトレントね。外のやつとは違うみたいだけど、表皮の質感が似ているわ」
「言われてみれば確かに……。外は二本足ですから、迷宮特有かもしれませんね」
大木が動いたことで容器が倒れてしまったのに、落ち着いて見物している場合ではないよ。
今だって地面に転がる容器をエクレアが無心で舐めて――えっ。
「ちょ、ちょっとエクレア。ストップ! ストーップ! それ大事なやつだから!」
「ぷもっぷもっぷもっぷもっぷもっぷもっ」
いつもは従順なエクレアなのに、今に限っては制止命令を無視して舐め続けている。
慌てて駆け寄って何とか引き剥がしたけれど、次はどこかへと歩き去る大木が点々と残していった樹液を舐め始めた。
どうしてこうなった。私はただ樹液が欲しいだけなのに……。
私が調子に乗ると本当に
幸いにも、周囲には私たち以外に誰もいなかったので騒ぎにならなかったけれど、せっかく集めた樹液が台無しになってしまい、私の心は枯葉模様。
それでも、この甘い樹液を目前にして帰るなんて考えられず、再び収集を始めたはいいものの、いつまで経っても満たされない容器に嫌気がさしてきた。これは明日にでも回収することにして、大木に打ち込んだ釘の先に容器をくくりつけておこう。
そして、たった一本だけだと効率が悪かろうと思い、果実を探している際に見つけていた他の大木にも同じような細工を施していると、遠くの方から騒がしい声が聞こえてきたので商売をするためにこの場を離れた。
露店を始めようといつもの場所に戻ってみれば、何やら人だかりができている。
そのうちの一人が代表して何か喋っているので私たちも近付いてみた。
「これで全員か?」
「おう。準備はできてるぞ」
「待ってくれ。うちのチームのやつがまだ武器を研いでるんだ」
「仕方ねえなぁ。まぁ、探索は二・三日といっても手入れは大事だしな」
私が姿を見せたことで、人だかりから駆け寄ってきた冒険者に『悪いが早めに買い物させてくれないか?』と言われ、理由を尋ねてみれば『これから下層への近道を探しに行く』ということらしく、話が聞こえたエミリーとシャノンが行きたそうにしている。
まだ少し早いけれど仕入れに戻ってもいいのだし、その間に下層への近道を探してもらえたら私にとっても有益なので、この捜索隊には是非とも参加してほしい。
そのことを皆に伝えてみたら、お母さんは『サラの面倒を見ておくわ』と言って残るみたいだけれど、他の三人は捜索隊に加わることを二つ返事で了承してくれたので、少し多めに数日分の携帯糧食を渡して送り出した。
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