#082:おいしい果実

 悶絶する大男をよそに、オアシス前の大群を少人数で乗り越えた話をして盛り上がっていると、狩りに出かけていたらしい冒険者チームがぽつりぽつりと戻ってきた。


 このオアシスはほのかに光る葉を茂らせる樹木のおかげでぼんやりと明るいものの、基本的に真っ暗闇な迷宮では時間の経過がサッパリわからない。それでも、私を含めて皆の体内時計はご飯時を指しているので、そろそろ話を切り上げて露店の準備に取り掛かることになった。

 そして、せっかくだからと鷲獅子じゅじしの爪痕も買い物をしてくれるそうで移動を共にする。


「この前は買いそびれちゃったからね。何食べよっかな~」

「なんだかご機嫌ですね、クインさん」

「そりゃそうでしょ! 店の料理を保温庫に入れてそのまま持ってきたって言うんだもん」

「そうだな。こんな場所でまともな飯が食えるとはありがたい」


 いつの間にやら復活して、しれっと会話に加わっていた大男のバートさんも、妙に浮かれた足取りの女装美男子――クインさんも期待に目を輝かせている。

 普段から魔物の肉を、それこそ食料が不足してきたら毒持ちのそれですら焼いて食べることがあると言っていたので、何を出しても喜んでくれるとは思うけれど、あまり期待されると妙に緊張してしまうよ。


 そんな話をしながらも前回と同じ場所へ移動して、そこで露店の支度をしていると開店前からお客さんが集まり出してしまい、方々から注目されながらの作業は少し恥ずかしかった。


「ちょっとあんた達! アタシらが先だからね? 抜かしたら承知しないわよ」

「お、おう……」

「どうしてもって言うんなら俺を倒していけ!」

「いや、無理だろ……」


 その恥ずかしさの源はこの二人なのよね。

 人寄せの宣伝にもなるから放置しているけれど、同じチームの人たちと目が合っても他人の振りをしていて助けてくれないのだ。普段からこの調子だったのかとお母さんに尋ねてみても、同じく視線を逸らされてしまって私は諦めの境地に至ったよ。


「さてと。宣伝文句は、町のお祭りで大人気だったお店の料理だよって感じでお願いね」

「……呼び込む必要なくない?」

「さすがは鷲獅子じゅじしの爪痕。呼び込みも一流ですなぁ」

「それでも大事なパフォーマンスなんだよ。お鍋の火と同じでね」


 ここは地中深くに広がる大迷宮。言ってみればただの洞窟だけれど私は火を焚いている。

 それも暖を取るために仕方なく……という大義名分を持たず、大鍋の保温だけに用いている。

 見る人が見れば神経を疑うような行動に思えるでしょう。


 しかし、この迷宮は私たちが居るオアシスだけでも十分な広さを持ち、さらには水場もあれば水属性魔術の使い手も居るので火事の心配はないと思うし、常に人や魔物が移動することによって空気の循環も行われているはずだ。

 古い洞窟にありがちなガス溜まりにしても、迷宮が成長することで内部構造が変化するのならば、それも自動的に解消されていると私は推考したよ。


 そのような理由があって、直火で焙られたお鍋――という、一見するだけでも温かい印象を与えられる手段を執っており、呼び込みの声も同じくして欠かせない要因なのだ。

 それだけで営業中の目安になるし、賑やかさにも違いを感じるでしょう?




 新たなお客さんが現れるたびに牽制する二人を視界の隅において作業を進め、露店の支度が調ったので営業を開始した。

 すると、湯気の立つ料理を前にしてから大人しくなっていた二人を含むチームが大量の商品をお買い上げになり、それを両腕で抱えて元居た泉へと戻っていった。


 それと入れ替わるようにして、少しの怯えを見せて待ち構えていたお客さんたちが訪れては同じように食品等を買い込んでいく。

 それをひとたび口にすれば『温けえ』『やわらけえ』『うめえ』と賞賛され、価格については特に文句を言われなかったけれど、料金代わりの買い取りに持ってこられる素材や装備類が妙に臭くて困ったよ。


 一応は水で洗った形跡は見えるものの、それでもまだ臭いのだから、冒険者たちは食べ物ばかりではなくて石鹸せっけんも買って身体を綺麗にしてほしい。温かいのはあくまでも焚き火や魔道具の力だと説明しても、真顔のままで『すぐに食べるから問題ない』と言って、細身の人ですら三人前も買っている場合ではないのだよ。

 売り上げが増えることは嬉しいけれど、来客数の割りには商品が随分と減ったし、その偏り具合も結構なものだから、バランスよく売るようにしなければ仕入れの時間が早まるだけだ。




 客足が途絶えてからは私たちもご飯を食べ、少しの休憩では疲れがまだ残っていたので順番に仮眠をとり、私が起きたころには冒険者の姿がほとんど見えなくなっていた。


「う……寝過ぎた?」

鷲獅子じゅじしの爪痕が来てたわよ。また後で買いに来るって」

「何か買い忘れてたのかな」

「そろそろフロアコアが復活するだろうから狩ってくるんだって。それで通ったのよ」


 あと少しで目標量に達するそうで、それが終われば下層へ向かうらしい。

 それを聞いたエミリーとシャノンが先を越されるまいと下層への侵攻を提案し、私にも異存はないのでお客さんが集まるまでは下層方面で狩りをすることになった。


 ところが、下層に繋がるという出入り口から下へ進んでみても、中層と似た状態が続くばかりでいくら歩けども大した違いが現れず、時折姿を見せる魔物の顔ぶれも代わり映えしない。

 そんな時に、くたびれた面持ちの冒険者チームが前方から歩いてきたので、これ幸いにと道を尋ねてみれば、下層には一日や二日では辿り着けないとのことだ。それを知って肩を落としたエミリーとシャノンの背を押して、私たちはオアシスへと戻った。

 その際に、帰り道を共にした冒険者たちはかなり臭かったから石鹸せっけんを強く勧めておいたよ。




 オアシスに戻ってからは短い休憩を経て露店を開くと、先ほどの冒険者チームがやってきた。

 すかさず当店自慢の石鹸せっけんや、お鍋で茹でて作ったヘチマのタワシなどを押し売ると、苦笑を浮かべながらも買ってくれて『早速水浴びしてくる』と奥にある泉の方へと去っていった。


 その姿を見送っていたら別のお客さんが訪れたので、昨日はあまり売れなかったコロッケを勧めてみても今ひとつの反応でしかない。出す順番を間違えたのかもしれない不安に陥っていると、なぜか出入り口とは反対方向から鷲獅子じゅじしの爪痕が歩いてきた。


「よお、お嬢ちゃん。出かけてたんか? 土産取ってきたぞ」

「……恩着せがましい言い方するわね。すぐそこのやつじゃないの」

「まぁそう言うなって」

「ありがとうございます。冬場に果物なんて珍しいですね」

「だろ? ほれ、食ってみ。そっちのお嬢ちゃん達も」

「では、失礼して……」


 合計五個の人数分を渡されたのだけれど、バートさんにとってはお母さんもお嬢ちゃんってことなのかしら。……いや、もう深く考えないでおこう。また睨まれそうだし。


 底面の一部が白みを帯びた薄い黄緑色で、全体的には薄いピンク色をしているリンゴやナシに似た形状の果実を皆に渡していく。

 行き渡ったそれにかじり付いてみれば、とろけるような甘みとほどよい酸味、そしてごく僅かな苦みを併せ持つ果汁が口の中に広がっていき、呼吸と共にこぼれ落ちていく香りも重なって、桃源郷はここにある――という錯覚にとらわれた。


「おいしい……。これ、おいしいよ!」

「そうだろう、そうだろう。何だったらもっと食うか? 採ってきてやるぞ」


 なんて優しい人だったのでしょう。

 余計なことを喋って墓穴を掘るような子供っぽいおじさんだと、今の今まで思っていたよ。

 それなのに、こんなにおいしい果実をさらに採ってきてくれるだなんて…………ハッ!


 まさか、この人は私を餌付けしようとしているのでは。

 この調子でいつかはお母さんにまで辿り着いて、あれよあれよとお継父とうさんに!

 なかなか計画的だと思うけれど、こんな回りくどいことをしなくても、私だったら高ランク冒険者として溜め込んだ枕貯金の残高を教えてくれるだけでイチコロなのにね。


 しかし、それはそれ。これはこれ。

 私の中にある商人としての魂に火がついてしまった。これは絶対に売れる。間違いない。


「お手を煩わせるなんて忍びないので、場所を教えてもらえたら自分でやりますよ」

「ん、そうか? なら、あっちにある泉の奥に立ってる木のてっぺんあたりで生ってるぞ」

「へぇ。こんなのあったんだ。若いうちに知ってたら食べ過ぎてたかも」

「普通は木に登りませんからね。ボクも知りませんでした」


 お母さんもマチルダさんも知らないようだから、案外珍しいのかもしれないね。

 それの在処を気前よく教えてくれるとは、やっぱりいいひとなのか、それとも下心なのか。

 どちらにしろ、この素敵な果実を教えてくれたことは嬉しい限りだよ。

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