#081:剛速球

 初めてここに来た時ほどではないものの、たった四人の冒険者と一匹の魔獣、そして戦いに不慣れな私で乗り越えるには、魔物の数がいささか多すぎる。

 その思いは私だけではなかったようで、マチルダさんが不安を口にしていた。


「他のチームが来るまで待ちませんか?」

「う~ん……魔物が湧いてるから、フロアコアには感知されてると思うわ」

「この距離でですか? ……おかしいですね」

「そうね。でも、誰か来る保証もないし、何もせずにいたら余計に増えるわよ」


 私は魔力支配で魔物の存在を知ったのだけれど、この真っ暗闇の中でお母さんが魔物を見つけ出せたことに疑問を覚えて尋ねてみれば、それはとても単純な方法だった。

 冒険者にとっては必須ともいえる索敵のスキルを使っただけなのだって。さすがに魔力量の都合で常時展開は無理みたいでも、若い頃の勘を取り戻してきたおかげで怪しい箇所は事前にやっていたらしいよ。

 しかも、無詠唱な上にすごく薄い魔力だったから、無害な魔力うねりだと私は判断していた。


「それじゃあ、待っていても増えるだけだから倒しにいくわよ」

「わかりました」


 お母さんが『もしものために』と言ってシャノンを私の護衛に残し、エミリーには『絶対に前へ出ないこと』と強く念を押して、お互いに頷き合ったマチルダさんを連れて勇ましく戦場へ向かっていった。


「よし。エクレアもみんなを守ってきて!」

「ぷもっぷもっ!」


 硬い岩のゴーレムには意外と鋭い牙が通用しないけれど、体当たりして押し戻すくらいなら今までもやってきた。たまに混じっている毒を持った魔物にさえ気を付けてくれたら、冒険者一人分くらいの戦力にはなると思う。




 お母さんが切り裂いて、マチルダさんが突き崩し、そこからやや離れた後方ではエミリーとエクレアも奮闘し、私の隣でシャノンも魔術を放っている。

 しかし、いかんせん魔物の数が多くて思うように減らせておらず、このままでは危なくなるのも時間の問題かもしれない。


 いざという時は私のヘンテコ魔術で殲滅するつもりだけれど、あまり介入しすぎると冒険者としてやってきた、またはやっていく皆のプライドを傷つけてしまう可能性がある。

 だからといって、わざわざ窮地に陥るまで待つのもバカな話に思えてきた。


 そこで、陰ながら手伝える画期的な方法はないものかと思案を巡らせるも、加熱にしろ転移爆弾にしろ、操作を少し誤るだけで仲間を巻き込んで自爆してしまいかねない。それを危惧して代表的な無属性魔術である熱波を放ってみても、当たれば少しだけ動きを止められる程度で効果は今ひとつだった。


「せめて、こう……転ばせるくらいできないかなぁ……」

「アイスボルト! ウィンドカッター! ふぅ……」

「ねぇ、シャノン。私にも何か手伝えそうな方法ってない?」

「何かって言われても、サっちゃんがやると何でも度が過ぎるんだよ」

「え……最近は自重してるでしょ?」

「……ついこの前、ブルックの町からヘイデンの村まで一瞬で移動したのは誰だっけ?」


 はい、それは私です。私にとってはいつもの移動手段だっただけです。

 町では羊飼いの隠れ家亭の料理が私を待っていたから、自重は意識すらしていませんでした。

 そんな内容をシャノンに言ってみても、溜息をついて流されてしまった。


「周りに影響しないものだと……テレキネシスはどう?」

「……あれかぁ、でも、あんなのじゃダメージにならないよ。熱波のほうがましだと思う」


 目には見えない魔力の腕で対象に干渉できる魔術がテレキネシスだ。

 薪や小石を地面から少しだけ浮かせたり、スタッシュから物の出し入れを補助したりして日頃から便利に使っているけれど、逆に言えばそれくらいのことしか行えない。


 そんなものでも何もしないよりはましだと思って、テレキネシスで浮かせた石を魔物の群れに向かって放り投げてみる。ところが、最初のうちは真っ直ぐに飛んでいたのに途中からへろへろ弾になってしまい、最終的には群れの中にいるゴーレムの背中にペチンと当たった。


 これはダメだね。まったく使い物にならないね。

 石が当たったゴーレムなんて気にも留めずにお母さんへ襲い掛かっていたよ。あ、切られた。


「シャノン~。他に何か――」

「ごめん、サっちゃん。後にして。アイスボルト!」


 相変わらず同士討ちが起こっているけれど、魔物が入り乱れる中心部から離れていても戦闘の真っ最中なのだから、これ以上の邪魔はできないね。

 私ひとりで有効な手段を考えて、早く加勢を……はやく……速く? あ、そうだ。

 魔術自体を加速させてみるのはどうだろう。

 ここなら被験体に困ることはないのだし、試してみる価値は十分にあると思うのだよ。


 そうと決まれば、足下に転がる石塊をテレキネシスで掴み取って、それを手近なところ――エミリーの傍でエクレアが押し返しきったゴーレムに狙いを定めて射出する。

 それと同時に、石塊の周囲にまとわりつく魔力へ向けて加速の魔術を行使した。


 すると、私の目では追えないくらいに勢いよく放たれた石塊は、へろへろ弾になることなくゴーレムの胸に深くめり込んで、今にもエクレアへ襲い掛かろうとしたその動きを停止させてつんのめるように倒していた。


「ほほう……これはなかなか」

「ちょっとシャノン! 今の何?!」

「わたしじゃないよ! たぶんサっちゃん!」


 その言葉と共に、シャノンが期待の中に疑惑が孕んだように複雑な眼差まなざしを向けてきたので、先ほどと同じく加速させたテレキネシスで石を飛ばしてみた。


「本当にテレキネシス? 普通はそんなに速く飛ばせないんだけど……」

「それがね、魔術も加速できたんだよ。私も驚いた」

「なんか石飛んできたんだけど!?」


 誰にも当たらない方向に飛ばしたら、エミリーにもバッチリ見えるコースを辿ったようだね。

 その先に居るお母さんとマチルダさんは集中しきっているのか無反応を貫いていたよ。


 意外といい方法を会得したので、まだ誰も手を付けていない魔物から順に石塊を飛ばして打撃を与えていると、岩で構成されたゴーレムを砕けば砕くほど弾が生まれることに気付いた。

 以後は岩のゴーレムを優先的に狙っていく。


 そして、崩れたゴーレムの残骸をスタッシュに回収しては打ち出していき、扱いに慣れてくるとスタッシュから石塊を取り出さず直接的に射出できるようになってきた。それを目にしたシャノンから『地属性のロックキャノンみたいだね。弾の生成が速すぎるけど』という、いちいち誤魔化ごまかす必要のないお墨付きをいただいたよ。


 そんなこんなで、奥へ奥へと進んでいたお母さんとマチルダさんがフロアコアの破壊に至り、魔物の出現が打ち止めとなって落ち着ける余裕を手に入れた。




 一時はどうなることかと思ったけれど、時間はかかったものの私たちだけで難局を乗り越えて疲れた身体でオアシスに辿り着き、露店を開く前に休憩をしようと近くの泉へ歩いていく。

 そこでは見覚えのあるチームが先に休んでおり、私たちに気付いて声を掛けてくる。


「よお、レアのご一行。補給に戻ってたのか?」

「そうよ。フロアコア出てたのに誰も来なくて参っちゃったわ」

「え、もう出てたの? あちゃ~……読み間違えたかぁ」

「だから言っただろうが。あれは同士討ちの音じゃねえって」

「なによ、アタシだって――」


 女装した美男子と野性的な巨漢の口喧嘩げんかが勃発し、それを止めるでもなく耳を傾けていると、どうやら破壊したフロアコアを欲しているようだった。

 あれの主な用途は、複雑な魔術を行使する際に求められる触媒だ。他の素材と混ぜ合わせて加工したら品質が向上して効果が強まるので、冒険者だけに留まらず難度の高い魔術を必要とする人たちには需要がある。


 お母さんはそれを分けてあげたいそうで、私としてはお金よりも高ランク冒険者との繋がりは欲しいから、少しのやり取りを経て言い値で売ることになって意外と儲かってしまった。

 さすが高ランクチームは懐が潤っているね。今ならついでに買い物もしてくれるかも。

 そんな思いで商品を勧めてみると、なぜか温かい目で見られていた。


「荷物持ちも大変だな。こいつ、言い方とか結構きついだろ?」

「いえ、お母さんなら心配性なだけだと思いますよ」

「――はぁ? お母さん!? もう娘がいたのか…………あんまり似てねえな」

「うるさいわね。父親似なのよ」


 その後、ショックから立ち直った重装備のおじさん――バートさんは、悪戯いたずらを思い付いた少年のような顔つきで私の父とお母さんが出会ってからの話を語り始めた。しかし、開幕早々にお母さんから『子供たちの前で何喋ってんのよ!』と渾身の一撃を放たれて悶絶している。


 この人は、いったい何がしたかったのだろうか。

 娘の私からしたら両親のなれそめ話なんて…………少し聞きたいかも。

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