#026:マスコットの実力

 今日は一家揃ってお出かけらしい。

 リンコちゃんがママになって、私と共に雲の海を駆け回っている素敵な夢を見ていたら、お母さんに夜明けの鐘が鳴るよりも早くから叩き起こされたのだ。そして、鼻提灯のエクレアをスタッシュに入れて町の外にまでやってきた。


 こんな朝早くなのに町の門から伸びる通りにはまばらに人が歩いていたし、門番の見知らぬ若い兵士のお兄さんも眠そうな面持ちで守備に就いていたから驚いたよ。

 朝市のことを思えば不思議ではないのだけれど、私には到底真似まねできないことだもの。

 そんな驚きで目が覚めた私は今更ながらに行き先が気になった。


「ねぇ、お母さん。これからどこへ行くの?」

「起こした時に言ったでしょ。返事してたのに聞いてなかったの?」


 今こそ記憶保護の出番なのに、私が認識していないことは残っていないのだから使えない。

 朧気おぼろげながらも『エクレアを連れてきて』って言われたと刻まれているくらいだもの。


「えっと、エクレアを連れてどうとか言ってたような……」

「そうよ。エクレアの実戦訓練に行くのよ。昨日だって寝る前に言っておいたでしょ?」

「ああ、訓練ね。言ってた言ってた。それで、行き先は?」

「この先にある山の奥よ。いくら亜種でも人目を避けたほうがいいからね」


 言われてみれば思い出した。

 晩ご飯を食べながら、エクレアがカウンターに飛び乗ってマチルダさんを驚かせていた――とお母さんに話してみたら、少し考えた後に『ストレスかしらね』という判断が下りた。そして、おやすみなさいを言う頃合いになって実戦訓練の話をされたと脳内メモにも残っていたよ。

 今回は役に立ったね。持っててよかった記憶保護。


 町を出てからも、街道では荷物を持ったり荷車を引いたりする人とすれ違い、私たちは一路どこぞの山へ向かって歩を進めた。




 道中には日も昇り、適度に休憩を取りつつもひた歩き、近辺にあるらしい町か村の方から小さな鐘の音が聞こえてきたころに、本日の目的地である山のふもとに広がる森が視界に入ってきた。


 ハーブを採りにいった森よりは遠く、薬草採集に赴いた森の奥よりは遙かに近いこの場所は、前途の二つに比べてそれほど深くはない。走り回っても簡単にはぶつからないくらいの密度で木が生えている。

 確かにここなら訓練にもってこいだね。


「中腹あたりまで登るわよ。疲れてない?」

「うん、さっき休憩したからまだ大丈夫。それよりも、ここってどんな魔物がいるの?」

「はじめてなのに魔物なんて相手にさせるわけないでしょ。まずは野獣からよ」

「それもそうだね。それならここには魔物がいないんだ」


 こんなにも小さなエクレアが、狂暴な魔物を倒すところなんて想像できないものね。スキルオーブを取り込んだ生物が魔物に成り果てるのだから、何ひとつ魔力的手段を持たないものはいないのだし、ごく普通の野獣を狙うなら私としても安心だよ。


「山の向こう側になら何かいると思うわよ」

「うげ、やっぱりいるんだ……」

「出てきてもお母さんがやっつけてあげるから安心なさい」


 胸を張って得意げな表情でそうおっしゃるお母さま。

 おまけに細い腕で剣を振り下ろすポーズまでつけてノリノリである。


 しかし、心配ご無用。私には身体の時間を加速させてからスタッシュに吸い込むとっておきの秘策があるのだから。いざという時はお母さんのピンチすら救ってみせるよ。

 それを口にできないことが少しもどかしいかな。




 食べられそうなものや、使えそうなものを見つけるたびに私のスタッシュに入れて山を登る。ようやく中腹に差し掛かったところで、休憩を兼ねて少し早めのお昼ご飯となった。

 運良く転がっていた平たく大きな石に腰を下ろし、寝ぼけたままでスタッシュに入れたらしきお弁当を取り出して、次はエクレアも外に出そうとしたらお母さんから待ったの声が掛かる。


「ちょっと待って、サラ。エクレアは後にしてくれる?」

「どうして?」

「狩りをさせるからご飯は抜きよ。闘争本能を煽るならそれが一番手っ取り早いからね」

「そっか……。もしもダメだったらあげてもいいよね?」

「その時にまた考えましょ」


 このやり方に賛否は分かれるだろうけれど、お腹を空かせた獣の行動力は想像を絶するよね。私も何度か驚かされたよ。

 エクレアを飼い始めた当初はどれくらいご飯をあげたらいいのか判断が付かなくて、その量が少なかったのか、朝起きたら大麦を入れてある袋の紐を解いて食べていたことがあったのだ。

 あの時は呆れを通り越して感心したものだよ。この子は天才に違いない――ってね。実際に、言ったことは何でもすぐに覚えるのだから、あながち間違ってはいないと思う。




 私とお母さんがお弁当のサンドイッチを食べ終え、スタッシュからエクレアを外に出した。

 はじめのうちは周囲を見回したり、匂いを嗅いだりして警戒心をのぞかせていたものの、空腹が勝ったようで私の足下にすり寄ってきた。


「エクレア、これからご飯を探しに行くよ!」

「ぷも?」

「ご飯だよ。わかる? 獲物を見つけに行くの」

「ぷも」


 目の錯覚か、エクレアが鳴き声と共に頷いたように見えた。

 慣れない山道をかなり歩いたから疲れが回ってきたのかもしれない。


「サラ、準備はいい? 何か見つけたら騒ぐ前にお母さんに言うのよ?」

「うん、わかった。エクレアもお願いね?」

「ぷも」


 そうして、私たち一行は獲物を探して道なき道を……お母さんが早くも獣道を見つけたので進路をやや修正して、それに沿って歩き出した。




 かじられたようにえぐれている木の幹を中心にして付近を彷徨さまよっていたらうんこを踏みそうになり、冷や汗を流しながらも探し続ける。それからしばらくしたところで、小川に隔てられた先に広がるちょっとした草原に獲物がいると、お母さんが小声で知らせてくれた。


「あそこにいるのが見える?」

「うん、何かいるね。あれは何て野獣?」

「……さぁ? おいしいのは間違いないわ。サラも食べたことあるわよ」

「……」

「なによ。サラだって魚の種類なんか全部覚えてないでしょ?」

「それは確かに……」


 気を取り直して視線の先を窺うと、角を持たない鹿のような、それにしては胴が長いような、尻尾なんて鹿の短いそれとは似ても似つかず掃除に使うハタキのようで、見たこともない謎の動物が草を食んでいる。

 あれが相手では小型犬サイズのエクレアには少々荷が重いと思うけれど、大丈夫なのかな。


「ねぇ、エクレア。あそこのよくわかんない野獣を狩ってほしいんだけど……できる?」

「ぷも! ぷもぷも」

「サラ。できるできないじゃなくて、やらせるのよ。それがテイマーというものなんだから」

「……わかった。でも、危なくなったら助けに入るからね」

「そうね。その時はお母さんに任せなさい」


 お母さんはこう言うけれど、雑貨屋の女主人にそんな力があるわけないでしょう。少しでも危ないと思ったらすぐさま時間をいじって救出に向かおう。私が変な目で見られることよりも、エクレアの命のほうがずっと大事に決まっているもの。


 先ほどの言葉が伝わっていたのか、つぶらな瞳に力強さを滲ませた眼差まなざしで私を見上げてくるエクレアに命令を下す。


「――いけ、エクレア!」

「ぷもォ!」


 私が指差した先で今もなお草に夢中な獲物に向かって、エクレアが風のように駆けていく。

 さすがは魔獣の王様ベヒモスの亜種と言われるだけはあり、ここから駆け出す前に一声鳴いた時には何かのスキルを発動させて途中の小川なんて一足飛びだ。そのさまを目にした今からすると、初遭遇時に威嚇だと思っていた鳴き声は攻撃スキルだった可能性がある。

 あの時は不発に終わっていたけれど、相当危険な状況だったのかも……。


 私が過去を振り返っている間にも、エクレアは目にも留まらぬ速さで獲物の背後にまで達し、その勢いを失うことなく首元に噛みついてトドメを刺した。

 チラりと横手を窺えば、お母さんが口をポカンと開けて硬直している。


 その気持ちはよくわかるよ。きっと、私も似たような表情を浮かべているに違いない。

 やはりあの子は本物の魔獣だったのだよ。私たちの心配なんていらなかったね。


 それでも、気になる点を挙げるとすれば、これはビーストテイマーのお仕事と言えるのかな。どう考えてもただの狩猟だよね。

 我に返ったお母さんの『おかずが増えたわ』という呟きはバッチリと聞こえていたのだから。

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