#025:客寄せベヒモフ

 自転車のリンコちゃんを親方さんに一旦預け、お母さんから籠の仕入れ先を聞くために一人さびしく帰途に就く。

 断腸の思いで預けた理由は、親方さんが昨日と同じく木工ギルドの寄り合いに出なければならないらしい。そのギルドの用事が終わってからも忙しいそうなので、空いた時間に私の依頼を進めてもらうためにも、このような形を取らざるを得なかった。

 そこまで忙しいならお弟子さんに任せてくれたらいいのに、それをしない理由は『あいつらには急ぎの仕事があるからな』とのことだった。




 先ほど交わした会話を振り返っている間にも自宅にまで辿り着き、ドアベルを揺らして中へと入ってカウンター越しのお母さんに問い掛ける。


「ただいま。さっき貰った籠なんだけど、どこから仕入れたか覚えてない?」

「どんな籠?」

つるで編んでたやつ。楕円というよりは四角いよ」

「……どんなの? そんな籠あったかしら」


 眉間にしわを寄せて少し考え込んでいたお母さんが、真顔になって聞き返してきた。

 さすがに埃が被るほど放置していた物は覚えていないか。頼りになる脳内メモを持つ私でも、籠としか認識していなかったせいで、いつからあそこに残っていたのかサッパリわからない。


 しかし、案ずることなかれ。

 こんな事もあろうかと、親方さんからはお薦めの木工細工工房を紹介してもらっているのだ。


 私にお店の都合があるように、親方さんにも工房の事情があるからね。どうせなら知り合いのところへお金が入るように計らってあげたいってものだよ。道端で誰かにパン屋さんの所在を聞かれたら、私だってエミリーのところを案内するさ。


「それじゃあ、もう一回出かけてくるね。すぐに戻れると思う」

「籠のことはもういいの?」

「うん。贔屓の工房があったらそこにしようと思ってただけだよ」

「あんまり気にしなくてもいいわよ。サラも知ってるようなところしかないから」

「でも、繋がりは作っておいたほうがよくない?」

「それはそうなんだけどねぇ……。籠なんてどこから仕入れたかまったく覚えてないのよね。たぶん、ライアンがどこからか貰ってきたんでしょ」

「あぁ……。ありそう」


 ほとんど毎日どこかのお店や工房へと出かけていた父なら、お土産だとか試供品やらと言われて受け取っていても不思議ではない。私も小さいころに父から顔面ホラーな木彫りの人形を貰ったことがある。あの時はあまりの怖さに大泣きして、お母さんが木箱の奥底にしまい込んだんだっけ……。

 あれから一度も触れていないから、今でも物置代わりの屋根裏部屋で眠っていると思う。


 記憶保護の余計な働きのせいで当時の鮮明な映像が頭に浮かび上がり、げんなりした気分を払拭するためにも、愛しのリンコちゃんのことを考えながら木工細工工房へと出発した。




 今回も町の外れへ向かって相棒のいないさびしい道のりを歩く。つい先ほどおいとましたばかりの木工工房を通り過ぎ、さまざまな工房が建ち並ぶ太めの通りをそのまま突き進み、親方さんのところに比べたら少々こぢんまりとした建物の前にまでやってきた。


 いくら細工といっても素材の木材は必要になるのだから、町のド真ん中に工房なんて作ろうものならそこまで運ぶのに一苦労だものね。リンコちゃんを預けてある親方さんの工房からもそれほど離れていないよ。


 脳内メモと照らし合わせ、教わった看板に間違いないことを確認してからその扉を叩いた。

 すると、そこから陰気そうな面持ちにゲッソリとやつれた風体の青年が姿を見せて、私に向かって訝しげに口を開く。


「……見ない顔だな。何か用か?」

「突然すみません。あちらの木工工房の親方さんにご紹介いただいて参りました」

「……ああ、おやっさんか。それで、こんなしがない細工屋にどんな用件だ?」


 私が親方さんの工房がある方向を手で示して説明すると、木工細工の職人さんは得心のいった顔で一つ頷き、話の続きを促してきた。


「作っていただきたい物があるのですが、細かなものはこちらの工房へと――」

「それはいいから、俺に作らせたいものを言ってくれ」


 初対面なこともあり、これまでの経緯を簡単に説明しようとした私にれたのか、職人さんが言葉を遮って話を進めようと急かしてきた。


 このやつれ具合からして、修羅場と言われる地獄のような作業を乗り越えた直後なのかも。これでも一応はお客さんな私を前にしても、その顔は笑っていないし目も充血気味だ。そんな人に仕事を頼むのははばかられるけれど、リンコちゃんのためにもがんばってもらいたい。


「わかりました。では、この木札に描いてあるものをお願いします」

「棒と……ハサミか? あぁ、いや、これを作ればいいんだな。期限は?」


 親方さんから渡されていた木札を差し出すと、それ受け取った職人さんが胡散臭そうなものを見る目で呟いたものの、それが失言であったかのように取り繕った。


 道具の用途や、客の素性までいちいち問わないタイプなのかな。それならそれで話が早くて私としても御の字なので、木札に細部を描き加えたりしながらもブレーキの要点を語っていく。それと併せて、あまり余裕のない予算についても相談した。

 すべてを聞き終えた職人さんは、リンコちゃんに取り付けるのであれば実際に見てみなければ把握しきれないということで、帰りに木工工房に顔を出して話を繋げておく必要ができた。

 そして気になるお値段のほどは、前後二つのセットで銀貨ソル四枚だったよ。

 気のせいか、夏なのに懐が寒くなるなぁ……。




 作業については細部まで詳しく問い質されたけれど、それ以外の内容を聞かれることなく注文を請け負ってくれた木工細工工房を後にした。その帰り道にリンコちゃんの元へ寄り、既に出かけていた親方さんへ伝言を頼んでから帰宅する。


「ただいま、お母さん。用事済ませてきたよ」

「おかえり。あの子連れてきてくれる? 今日はいないのかって聞かれたわ」

「エクレア、人気だね」


 やはり私の目論見は正しかった。早くも客寄せパンダならぬ客寄せベヒモフにとりこのようだね。

 この子が騎士団ですら太刀打ちできない魔獣の子供かもしれないとバレないことを祈るよ。


 階段を上って居間へ行き、ひっくり返って寝転けていたエクレアを抱きかかえて階下へ戻る。そして、ぷもぷも一緒に仕事をこなしてそろそろ閉店作業を始めようかという頃合いに、最近顔を見ていなかったお得意さんがドアベルを鳴らしてやってきた。


「やぁ、久しぶりだね。まだ大丈夫かな?」

「いらっしゃいませ、マチルダさん。町に戻ってたんですね」

「さっき帰ってきたばかりさ。その時に聞いたんだけど、おいしいお茶があるんだって?」

「麦茶ですね。傷薬はどうしますか?」

「うん、それもお願いするよ」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ~」


 いつの間にやら私の足下で寝転がっていたエクレアを踏まないように後ろの棚から商品を取り始めると、その音で目を覚ましたのか、寝ぼけまなこでカウンターに飛び乗った。


「えっ、うわっ! ベヒモス――」

「ぷも?」

「――じゃ……ない? なんだろう、似てるのに絶対違う。でも他に言いようがない」

「驚かせてごめんなさい。急に飛び乗ったりしたらダメだよ、エクレア。前に約束したよね?」

「ぷもぅ……」


 私の言葉に小さな耳をしゅんと下げて申し訳なさそうな面持ちで見上げてくる。

 それを目にしたマチルダさんが感心したように溜息をついた。


「へぇ、すごいじゃないか。ここまで手懐けているなんてさ。ベヒモステイマーなんておとぎ話の中でしか聞いたことのない存在なのに」

「亜種らしいですけどね。お母さんが言ってましたよ」

「ボクも初めて見たよ。こんなベヒモスもいるんだね」


 ちょっとしたトラブルがあったものの、好意的に解釈してくれたらしいマチルダさんは、商品の支払いを終えてお店から去っていった。


 いくらなんでも、おとぎ話は大袈裟おおげさだと思うよ。パンをあげただけで割とすぐに懐いたし。きっと、口から出任せの噂話が一人歩きして敬遠されているだけなのではないかな。ベヒモスが暴れたあとは草木一本残らない――だなんて、私には信じられないもの。

 仮にその話が事実だとすれば、それはもうただの災害だよ。まるで生きた竜巻だね。

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