#024:辿り着いた完成形

 あれから森に入り、頼まれたハーブをサクッと集めた私は、自転車に乗って町へ帰った。

 出入り口の門で通行手形を返すついでに騎士団のことを兵士のおじさんに尋ねてみたけれど、あちらからはまだ報告があがっていないそうで、何もわからず仕舞じまいに終わった。パッと見ただけでは戦闘があったように思えなかったから、何もないままに帰ってきたのかもしれないね。


 そして、家に帰り着いたらお母さんにハーブを渡し、泥で少し汚れてしまった自転車のリンコちゃんを綺麗に拭いてから仕事に入る。ハーブを洗いにいったお母さんと店番を交代してからは、疲れからくる眠気を堪えながらエクレアと一緒にお客さんを捌いて閉店を迎えたよ。




 ぐっすり眠って体力を回復させた翌日は、午後の営業が始まったら木工工房へ向かう予定。昨日は不在だった親方さんと会って、ブレーキを作ってもらうのだ。それと一緒に荷台も頼むつもりだけれど、どうせなら前籠もあったほうがいいのかな。

 私には便利なスタッシュがあるからいいものの、それを持たない人からしたら一目見て荷物を運べるとわかったほうが、今後の宣伝を考慮すると案外よい手段かもしれない。

 お昼ご飯を食べながらそんな考えが浮かんだので、早速お母さんに籠の交渉を試みる。


「ねぇ、お母さん。売れ残りの籠貰ってもいい?」

「籠? 古いのなら別にいいけど……何に使うの?」

「自転車に付けるんだよ。ちょっとした荷物入れ」

「ああ、昨日は大変だったものね。うちもまともな荷車買おうかしら」


 ちょいとお母さんや。私のリンコちゃんをそれとなくけなしていませんかね。

 あれがどれほど偉大で優れた物なのか、今度じっくりとお話ししなくては。

 以前は馬の耳に風が吹いていたけれど、実物があれば少しは伝わってくれると思いたい。




 昼食を終えてからは階下に降りて、リンコちゃんに似合いそうな籠を倉庫で物色する。

 まずは少し埃の被った置き場の一角からすべての籠を取り出して、掃除がてらに丸いものや四角いものを一つずつ合わせていき、その中から最もしっくりする物を選び出した。

 それは藤のつるか何かで編まれた取っ手のないバスケットで、大荷物は入らないけれど見た目だけはなかなかのものなのだ。


 これに荷台も増えるとなると、なんだかママチャリ化が進むなぁ。せっかくダイアモンド型のフレームで格好良く作ってもらったのに、行き着くところは結局あれなのかしら。

 だからといって便利なことに違いはないのだし、いっそのことスカートのまま乗れるようなフレームに作り替えてもらおうかな。


 残った貯金額で足りるのか心配しながらママチャリ化計画を考えている間にも、昼三つの鐘が鳴ってしまった。それも併せて親方さんに相談するべく、取り付けてもらう籠をスタッシュに入れてから店番に就いているお母さんに一声掛けて、木工工房へ向かって出発した。




 出かける許可は昨夜のうちにぬかりなく取っているからお使いを頼まれることもなく、ここのところ何度も通ったことで歩き慣れてきたいつもの道をリンコちゃんと一緒に進み、目的地である木工工房に到着した。


 今日も外で作業をしている人がいたので親方さんを呼び出してもらい、その間に私は作業の邪魔にならないよう離れた場所へと移動する。

 そこで少し待っていると親方さんが姿を見せたので、姿勢を正して挨拶に移る。


「こんにちは、親方さん」

「おう、嬢ちゃん。昨日も来てたんだってな。追加で何か注文があると聞いているが……」

「はい。この自転車に籠と荷台を取り付けてほしいんです」

「やっぱりな。荷車のくせに荷物も運べないから変だと思ったんだ」

「いえ、そういうわけでは……」

「まぁ、なんだ、忘れることは誰にだってあるから気にするこたぁねえ。とりあえず、これに欲しい形を描いてくれや」


 私の言葉を取り繕いの言い訳だと見なした親方さんが、木札と墨のペンを手渡してきた。

 記憶保護による脳内メモを持つ私には、物事を忘れることなんてあり得ない――と言っても信じてもらえないだろうから、こんな評価でも粛々と受け入れるしかないのかなぁ……。

 それを弁明しても生暖かい眼差まなざしを向けられるだけだろうし、気持ちを切り替えて荷台のデザインといきますか。


 といっても、そんなに難しいものを頼むつもりではない。車体からそれほどはみ出さない大きさで、木箱を載せても縄で固定できるような取っ掛かりを付けて、軽量化のためにも肉抜きがされたお馴染みの形状だよ。


 前世で何度も目にしたあの形を脳内メモから呼び出して、渡された木札にサラサラサラりと描き移し、それにペンを添えて親方さんに手渡した。


「ほう……。普通だな」

「え、ええ。奇抜な荷台なんてあるんですか?」

「そりゃおめえ、そんな荷車注文した嬢ちゃんだからよぉ、また変なもん拵えるのかと思っちまっても仕方がねえだろ」

「……」


 顎をしゃくってリンコちゃんを示しながらの親方さんが、苦笑を浮かべてそう言ってきた。

 多少は自覚のある私が言葉を返せずにいると、木札を眺めていた親方さんが話し出す。


「これには荷台しか描いてねえが籠はどうすんだ?」

「あ、籠はうちから持ってきました。荷台とは逆で、前のほうに付けてください」

「そうかい。それなら早ぇわな。ところで、幌はいらねえのか?」

「馬車じゃないですよ!」


 スタッシュから籠を取り出して、おどけた表情で冗談を言ってきた親方さんへと差し出した。

 それを受け取り、軽く目で確認してから親方さんが話の続きを口にする。


「そんじゃ、この絵のとおりの荷台を後ろに作って、前にこっちの籠を付けたらいいんだな?」

「はい。それとは別に相談なんですけど、乗り降りをもう少し楽にしたいので、今からでも車体の形を変えることってできますか?」

「となると、上側の柱か? そうだな……」


 これで後はフレームを作り替えたらママチャリに――って、あっ!

 ブレーキのことをすっかり忘れていたよ……。

 今日はそれのためにここまで来たっていうのに、どうして肝心なことが抜けるかなぁ。

 普段から脳内メモに頼りすぎはよくないのかもしれない。注意せねば。


「あの、すみません。もう一つだけあります。ちょっと細かくて複雑なんですけど」

「……ほらな。どうせこうなると思ってたんだ!」


 苦さの増した笑みを浮かべた親方さんが、やっていられないとばかりに天を仰いだ。


「いや、そこまで難しくはないと思いますよ」

「新しい木札取ってくるから待っててくれ。話はそれからだ」


 そう言い置いた親方さんが、きびすを返して工房の中へ入っていく。

 それからすぐに木札とペンだけを手にして戻ってきた。籠は工房に置いてきたようだ。


「これに描いてくれ」

「引き受けてもらえるんですか?」

「……それは話を聞いてからだな」

「わかりました」


 新しい木札とペンを受け取り、そこにブレーキ部分の拡大図とハンドルに取り付けるレバーを描いていく。レバーと繋げた革紐が引かれることによって車輪を両側から挟み込むもので、車輪との接触面であるシューにはコルク素材を指定した。

 これ以上車体の重量を増やしては乗り手――主に私が疲れてしまうから、ゴテゴテしたディスク式やドラム式の採用は見送ることにしたよ。


 それを親方さんに見せてみると、興味深そうではあっても諦めた表情を浮かべていた。


「……嬢ちゃん。すまねえがこいつは無理だ。細工屋に行ってくれ」

「細工工房ですか? 細工ってほどでもないと思うんですけど」

「そりゃまぁ、作れと言われりゃ作れるだろうが、ギルドの取り決めなんだからどうしようもねえ。それで仕事を奪ったとか噂されたら堪らねえかんな。もし行く当てがなければ紹介するが……店の都合もあるだろうし、さっきの籠を仕入れたところでいいんじゃねえか?」

「あぁ……はい、わかりました」


 上納金を考えなければ割と自由な商人ギルドとは違って、職人さんは何かと大変そうだなぁ。

 しかし、そのおかげで私たちが暮らしていけるのだから、それに従うしかないのよね。


 今からフレームの変更は難しいけれど、荷台作りと籠の取り付けは引き受けてくれるそうなので、前回と同じく前金で費用の全額を支払ってお願いしておいた。すべて込みで銀貨ソル一枚だから思ったより安かったよ。

 なお、リンコちゃんはその作業のために木工工房にお泊まりだ。……ちょっとさびしい。

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