#020:前代未聞の流行りもの

 あれから少し時が流れ、お日様は何をそんなに恨んでいるのだろうというくらいに、暑さも真っ盛りな夏本番となってきた。

 私がデザインした土瓶はまだ納品されていないけれど、脳内メモにあるいくつかの焙煎方法を試しているところに麦茶の問い合わせがくるようになっていた。はじめのうちは近々販売する予定だ――とお引き取り願っていたものの、まだかまだかと連日訪れるようになってしまい、予定を早めて販売することに相成った。

 その下準備として町中のお店や工房から安めの土瓶を買い集め、お向かいのパン屋さんに頼んでおいた大麦が届き次第、それの焙煎を大急ぎで行っていった。


 今回選んだものは炭火の熱を当てるという方法だ。

 味と香りのバランスがよいらしい砂煎りをしたかったのだけれど、それは専用の焙煎機を作れるほどの利益を得てからということでお母さんとの意見が一致した。そこで、それほど手間もお金もかからない炭火焙煎に落ち着いたのだ。

 私の魔術でやれば早いとはいっても調整がいまいちわからず、試飲してもらったエミリーとシャノンには不評だったこともあり、まっとうなやり方を選択したわけなのです。


 数多くある売れ残り品の中から、なぜ仕入れたのかわからない七輪のような小型のかまどを取り出して、それを麦茶製作の焙煎専用かまとしてお店の裏手へ持っていき、買い集めた土瓶を磨きながらチマチマと大麦を煎って溜め込んだ。

 そして、それを先日からお店に並べたわけなのだけれど……。


「い、いらっしゃいませぇ」

「麦茶を三日分ちょうだい。土瓶も一つお願いね」

「かしこまりましたぁ~」

「おおい! こっちも麦茶な。十日分おくれ」

「はいぃ。少々お待ちいただけますかぁ?」


 こんな具合に入れ食い状態になってしまった。

 昨日なんて早くも在庫の底が見えてしまい、パン屋さんに頼んでいては間に合わないので、私が隣の農村まで時間加速でひとっ走りして買いに行ってきた。土瓶の在庫もそろそろ危うくなってきたから早く納品してくれないと品切れ必至だ。そうなってしまえば、町中を探しても華美な装飾で無駄に高い物しか見つからないと思う。


 少々現実逃避で過去を回想しながらもお客さんを捌き、なんとかその波が引いて一息ついていると、またドアベルの音が聞こえてきた。


「いらっしゃ――あぁ、エミリー」

「日に日に繁盛していくわね。大丈夫?」

「正直に言うと、ここまで売れるとは思わなかったよ……」

「ここでしか買えない上に結構流行はやってるもんねぇ」

「ご飯時にエミリーが売ってくれるから宣伝になってるんだよ。じゃあ、これ、お昼の分ね」


 この前お願いした委託販売も、行くたびに売り切ってくれるからありがたい。

 朝・昼・夕と毎度重たい水瓶を背負って売りに行ってもらっているのだけれど、エミリーは火属性の身体強化系として筋力向上が使えるので特に負担ではないらしい。

 それを羨ましいと言ってみたら『スタッシュのほうがいいに決まってる』と返されてしまい、二の句が継げなかった……。


「ほいっ、うけたまわり。水に入れるだけでいいって楽だわ」

「ごめんね、水まで汲んできてもらっちゃって」

「いいよ、そんなの。分け前貰ってるんだし。それじゃ、行ってくる!」

「うん。いってらっしゃ~い」


 いくら魔術を使えるからといっても、重労働をタダでやってもらうわけにもいかない。魔術には魔力が必要なのだ。そこで、売り上げの一部を委託販売の手数料として支払っている。

 最初は宣伝になればと思って全額渡すつもりだったけれど、それでは多すぎると受け取ってもらえず、結局はその半分の半分――二五パーセントでなんとか納得してもらえた。


 お店では麦茶一リットルあたりの焙煎大麦を銅貨デニエ一枚で販売しているから、出先で完成品の麦茶が飲めると考えてコップ一杯を銅貨デニエ一枚に設定したので、売れたら一件につき約二五円になる。毎回渡している一〇リットル分を完売させるからそれなりのお小遣いではあるけれどね。


 いつものお出かけから帰ってきたお母さんと交代でお昼ご飯を食べた後は、いつ売れるとも知れない商品を磨きながら大麦を煎って、熱が抜けたものを小袋に詰めて在庫を増やしていく。

 お祭りの日よりも忙しいのだから、お出かけはちょっと控えてほしいと思います。切実に。




 明くる日も麦茶が飛ぶように売れ、買いあさった土瓶はとうとう売り切れてしまった。

 いつからあるのかわからない売れ残りのヤカンもはけてしまい、まれに文句を言ってお店から立ち去る人まで現れた。


 お母さんが帰ってきたこともあり、さすがにれた私が焼き物工房まで様子を伺いに行こうと立ち上がったそのとき、待ちに待った土瓶たちがドアベルを鳴らしてお店に入ってきた。

 あ、間違えた。大きな木箱を抱えた焼き物工房の見習いさん達が訪れた。


「すんません! 遅くなりました!」

「よかった……。お疲れさまです。母を呼んできますから少し待っていてもらえますか?」


 足音も気にせず二階へ駆け上がり、お昼ご飯を作っている最中のお母さんに事情を伝えて対応に出てもらった。

 私が契約したとはいっても未成人だから、名義上はお母さんがしたことになっているからね。


 店舗エリアに戻った私たち母娘おやこが木箱の中身を確認する。

 覗き込んでみれば私がデザインした物が入っていたけれど、少々問題がある物もいくつか紛れ込んでいた。しかし、それがよい方向だったのでこれを受け取ることに承諾して料金を支払い、労いの言葉と焙煎大麦の小袋を人数分プレゼントして見習いさん達を見送った。


「出来損ないがあるけど……よかったの?」

「これはこれで売れるよ!」

「う~ん……まぁ、子供向けならありかしらねぇ……」


 私がデザインして発注した物。それは、エクレアを見ていて発想を得たアニマル土瓶です。

 意味はそのままで、動物の形を模したかわいらしい土瓶だよ。


 どれもこれも似たような形で同じような色合いだったから目新しさがなくて、あの時は普通の土瓶では売れないのではないかと危惧して提案したけれど、今ならどんな物でも売れそうな予感がひしひしと伝わってくる。


 お母さんが出来損ないと評した物は形が崩れたのに焼いてしまったみたいで、いわゆる“ゆるキャラ”の土瓶に仕上がっていたのだ。それが面影を感じられないほどに懸け離れているわけではなかったので、エミリーみたいなかわいい物好きの人や、シャノンを始めとする独特な感性を持つ人が買っていくのではないかなって期待しているよ。


 どこかにひびが入っていたり、割れていたりしないか確認した後は、午後からのお客さんに備えて早速お店のカウンターに並べてみた。これだけ目立つところに置いておけば、前ほどではないにしても売れるでしょう、きっと。




 どうして私の予想はこうも外れるのか。

 あの売れ具合を読めていたら何の変哲もない普通の土瓶にしておいたのに。

 後悔先に立たずとはこのことだね。ほんとうに、もう……。


 お店に出した当日は物珍しさで一つ二つが裕福そうな人に売れた程度だったのに、翌日には瞬く間にすべてが売り切れてしまい、ゆるキャラ土瓶すらひとつ残らず姿を消した。


 ここまではよかった。うん、ここまではよかったんだよ。


 以前の私なら調子に乗ってさらに発注を掛けるところだけれど、マヨネーズ高騰事件で懲りているので様子見を決めていた。すると、うちに問い合わせることなく焼き物工房へ直接乗り込んで、自分がデザインした土瓶の製作を依頼するという事態が発生していたのだ。


 そして訪れた、前代未聞のマイ土瓶ブーム。


 アニマル土瓶ではなくごくごく普通の物を並べていたら、この流行は発生せず土瓶の利益は私のところにあったのではないか――という思いが湧き上がって涙が出ちゃう。

 そうでなくとも、誰かが入り込む余地もなく私が先に第二弾の発注をしておけば――と。


 悲しみに暮れる私の元に届いたのは、この騒ぎに便乗したい商人ギルドからの一報だった。

 このお店ではこれ以上のキャパシティは無理だろうと判断したらしく、麦茶やアニマル土瓶を取り扱う業者を作り、そこで得られた利益の一部をうちへ流すというものだ。簡単に言うと『面倒ごとはギルドが引き受けるから甘い汁を吸わせてくれ』ってことだね。


 昔に比べて力が衰えたとはいっても、自らが所属する商人ギルドに楯突くわけにもいかず、意気消沈した私を見かねたお母さんがそれを承諾していた。

 これにより、寝ているだけでも少しばかりのお金が懐に入ってくるようになりましたとさ。


 そして、その翌日。木工工房から自転車の完成を告げる知らせが届いた。

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