#017:祭りだわっしょい

 その日が近付くごとに町の住民たちは活気づき、お日様が最も長く留まる今日の夕方からは、待ちに待った夏祭りが催される。

 町の中央通りからやや先にある大広場では朝のうちから会場設営が行われており、主に夜勤明けの兵士や食いしん坊に向けて朝ご飯の売り子を終えたエミリーが、私の家までやってきてその様子を賑やかに話していた。


 お母さんもいつものお出かけは控えて朝から私と一緒に店番をしている。当日になってから足りない物品が見つかることも多々あるようで、こんな町の隅っこにあるような寂れたお店にまでお客さんが来るのだ。おかげで二人揃って忙しく仕事をこなしているよ。


 珍しくも順番待ちをしてもらうお客さん達をさばき、一日の八回目に鳴る夕二つの鐘のころには、客足も途絶えて暇な時間が流れるようになってきた。


「店はもう大丈夫だから、お祭りに行ってもいいわよ」

「ほんとに? じゃあ、芋餅焼いてくるね」

「全部焼かずに半分くらいは残しておいてちょうだい」

「うん、わかった。お母さんが持っていく分だね」


 お言葉に甘えて仕事を早めに切り上げた私は足取り軽やかにかまどへと向かい、おのずと鼻歌でも漏れ出しそうな気持ちで芋餅を焼いていく。

 その匂いに釣られたのか、今までお昼寝していたはずの魔獣が凶悪な咆哮を響かせた。


「ぷもー」

「なぁに? 食べたいの?」

「ぷもぷも!」

「もう。一つだけだからね?」


 今日はお客さんが多く訪れたこともあってエクレアと戯れる時間が取れなかったので、居間に作った寝床でのんびりと過ごしてもらっていた。本当なら調教しなければならないけれど、一度教えるだけで真綿に水が染みこむように覚えてしまい、あとはもう実戦あるのみとなっている。もしかしたら、人の言葉を解せるのではないかと疑うほどの速度だったよ。


 そんなエクレアの首には、私が革紐を編んで作った不格好な首輪を付けてある。

 これでもう、お歳暮のハムみたいに身体を縄で縛る必要もなくなり、念のための保険として家具にくくりつけた縄と繋げてあるだけだ。


 ソースを絡める前に一つだけ端によけておいた芋餅をつまみ上げ、私の冷却でほどよく冷ましてから一口大にちぎってエクレアにあげた。


「しっかり噛むんだよ。喉に詰まっちゃうからね」

「もっぷ、もっぷ……」


 残りもすべて食べさせてからは、出来たての芋餅と昨夜のうちに作っておいたマヨネーズを取り出し、部屋を後にする前にエクレアへ声を掛ける。


「じゃあ、お出かけしてくるね。夜には帰るから、それまで大人しく待ってるんだよ?」

「ぷも~ぅ」


 まるまる一つ分を平らげて口の周りを舐めていたエクレアが、つぶらな瞳を満足げに細めて返事を寄越した。




 お祭りが何時何分から始まるとは決まっていないので、遅れてしまえば人気の提供物を食べ尽くされてしまうだろう。私は家を出るために急ぎ足で店舗エリアへと向かう。

 すると、そこには毎回一緒に行っている従妹いとこの姿があった。


「もうそろそろかなって迎えに来たよ、サラ」

「ああ、エミリー。これから呼びに行こうと思ってたんだ」


 いつもの籠に山盛りのパンを詰め込んだエミリーが期待に満ちた笑顔を浮かべて待っていた。

 きっと、私の表情も似たようなものかもしれない。


 お母さんに行ってきますを告げてエミリーと一緒にお店を出る。

 重そうなパンの籠はスタッシュに入れてあげたいけれど、何も持たずにいると周りから白い目で見られるので、私も両手に芋餅のお皿とマヨネーズのお椀を持ったままで歩く。


 石畳が敷かれた中央通りを揃って歩き、会場付近までやってきたところでシャノンと落ち合い、美少女三人組はいつお祭りが始まってもおかしくない熱気に包まれる大広場へと突撃した。




 今回の狙いも町一番のお金持ちと目され、よその貴族や高ランク冒険者向けの宿屋兼飲食店を営む“羊飼いの隠れ家亭”から提供される豪華な料理の数々だ。

 この町ができたころから続く老舗中の老舗で、よく見かけるような酒場の上に宿屋を設ける様式ではなく、食堂と寝所が別々の棟として分けられた高級旅館だよ。そこから持ち寄られる料理の品質は、疑う余地がどこにも見当たらないよね。


 ちなみに、そのお宿の場所は中央通りから少し歩く必要があって立地がそれほどよいわけではない。それなのに繁盛している理由は、所有する土地の外周部を各地から集まった出稼ぎさんの寮にして遮音を行っているからで、他と比べてとても静かに過ごせるらしくて高い宿泊料にもかかわらず不満の声は上がっていないそうだ。……静かさだけなら私の家も負けていないのに。なぜうちは流行はやらぬのだ。


 そんなお金持ちさんが用意してくれる華やかな料理を味わうべく、それが置かれるテーブルを目指して突き進んでいると、ふいに横手から声を掛けられた。


「よぉ。嬢ちゃんじゃねえか」

「あ、親方さん」


 うちのお店と懇意にしてくれている木工工房の親方さんが、ジョッキを片手に笑っている。

 どうやら力作のプレゼンはうまくいったようだね。


「その様子だと、色よいお返事をもらったんですね」

「おう。羊飼いの隠れ家亭から注文が入ったんだわ。これでうちの工房も安泰だな」

「おぉ~、すごい! お祝いにお一つどうですか?」

「こりゃまたすまねえな。……何だこれ」


 私が差し出した芋餅を見て、浮かれた調子だった親方さんの表情が怪訝なものに変わった。

 これはお母さんの反応からして予想済みなので、まずは一口食べてもらえばいいだけだ。


「おいしいですからパクッと一口食べてみてください」

「……それじゃ一つだけ貰うとするよ」

「よく噛んでから呑み込んでくださいね」


 半信半疑といった面持ちの親方さんがお皿から芋餅を一つだけつまみ上げ、軽く匂いを嗅いでから半分ほどをかじり取った。

 そして、ひと噛みするごとにその表情がおもしろいほど変わっていく。


「……ん? んん??」

「さぁ、次はお酒をぐいっと呷ってみてください」

「……んぐっ……ふぅ。うめえな、これ。……もう一つ貰っていいか?」


 それからは早かった。

 親方さんの近くで話を聞いていたお弟子さん達が集まり始め、次々と芋餅が食べられていく。

 その様を目にした周りの人たちも何だ何だと群がりだして、あっという間に品切れだ。


「くそっ、遅かったか」

「ええぇっ! もうねえのかよ!」

「なになに、何があったの?」

「なんか、変な食感だけどうまいもんがあったらしいぞ」


 予想以上に好評をいただいてしまったけれど、ない袖は振れないのだから仕方がない。早めに事態を収拾させたくても、おいしい物を食べ損ねたとなると難しいだろうね。

 とりあえず、残ったマヨネーズを出して誤魔化ごまかしておこう。


「マヨネーズもありますよ。どうぞ――」

「殺伐とした会場にゆで卵が!!」


 私の言葉に被せるようにシャノンが前に進み出て、謎のセリフと共に持ってきたゆで卵の器を天高く掲げた。


「マヨネーズって?」

「ちょっと酸っぱいやつだよ。あれ好きなんだよねぇ~。卵との相性が抜群でさ」

「ああ、めちゃくちゃ高かったやつか」

「そうそう。お祭りでしか食べらんないのが悲しい!」


 あれよあれよという間にマヨネーズもどんどんと減っていき、謎のポーズを決めたままでいるシャノンのゆで卵も次々と食べられていく。その煽りで、注文があれば今でもマヨネーズは作っていて、高騰する前のまともなお値段だよ――という私の宣伝は喧噪けんそうにかき消された。

 そんな私たちのことを見ていたエミリーが『パンも食べてよ』と呟き、涙目になっている。


「エミリー、パン貰うね。……ん? おおっ! 中に分厚いベーコンが入ってる!」

「ふ、フフン、お祭りだからね!」


 私が上げた驚きの声が切っ掛けとなり、今まで以上に人が殺到して、エミリーが持ってきたジューシーベーコンサンドイッチが一瞬にして食べ尽くされてしまった。

 いつの時代もどこの世界も肉は強しということですな。……おかわり欲しかった。




 それからは、当初の目的である羊飼いの隠れ家亭から提供された豪華な料理に舌鼓を打ち、そこの美人姉妹ともお話をしたり、顔しか知らない町長の挨拶を聞き流したりして、日が沈んでからもあれやこれやと食べに食べてお腹も心も満腹となって家に帰り着いた。

 こんな匂いをまとわりつけているとエクレアも食べたがるだろうと思い、いろいろな食べ物をこっそりとスタッシュに入れていたのは内緒だよ。

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