#016:祭りに向けて
お祭りに参加するのであれば、食べ物や飲み物を持っていかなければならない。
別にそんな取り決めは交わされていないけれど、世間体というやつがあるからやむを得ないのだ。その代わり、食べ放題で飲み放題という桃源郷が待っている。
今までは私が作ったマヨネーズと何か適当な物で
ちなみに、このマヨネーズ。初めのうちはほのかに漂う酸っぱい匂いもあって遠巻きにされていたものの、ひとたび口にされてからはちょっとしたブームが巻き起こり、それに浮かれた私は嬉々として売り出した。
しかし、その頃はまだ自身の時間を操る度胸がなかったために、腕の疲労感はいかんともし難い。お母さん達にはお店の仕事があるので私一人では大量に作れないこともあり、賑わいは立ち所に過ぎ去ってしまった。
こう言っておけば私の力が及ばず……といった風に聞こえるけれど、実のところ主な原因はそれではない。出せば出した分だけ売れるから調子に乗って日に日に値段をつり上げてしまい、それが大きな決め手となり瞬く間に終息したのです。
ヘンテコ魔術で時間を遡って過去の自分を張り倒しに行こうかと苦悩することもあったよ。しかし、マヨネーズのためだけに宇宙の法則を乱すなんて――という思いが湧き起こり、なんとか踏み止まった次第であります。
そんな曰く付きのマヨネーズでもお祭り会場に持っていけば割と喜んでくれるので、お店の経営がよろしくないのはこの事件のせいではないはずだ。
さて、昔話はこのくらいにして、このジャガイモから何を作るか考えなければ。
茹でたり蒸したりしてバターを乗せるだけでも十分においしいのだけれど、どうせなら前世の知識を使って一風変わった物を作りたくなるってものですよ。
ところが、恥ずかしながら私は料理をした経験が家庭科の調理実習くらいしかない。この世界に来てからもお母さんの手伝いだけだから、ほぼ未経験と言っても差し支えないでしょう。
それならば、記憶保護があっても脳内メモに情報が残っていないのではないかと危惧されるかもしれないけれど、私は就職が決まればすぐに一人暮らしを始めるつもりだったから知識だけはあるのだよ。
その知識を脳内メモからあぶり出し、料理の腕に自信がなくてもお金をかけず簡単に作れそうな物を見つけた私は、お母さんに向かって宣言した。
「次のお祭りに持って行くために、芋餅を作ります」
「……イモモチ?」
「お芋で作る、もちっとした食べ物だよ」
「ふうん……」
気のない返事をするお母さんだけれど、お餅の文化がない地方ではこんな反応でも致し方ないでしょう。ちょっとしたおやつやお酒のおつまみに最適なので、一度食べたら納得してくれると思う。そう、それはマヨネーズのように。……もうあの時の愚は犯さないよ、うん。
ジャガイモを使った料理といえば、コロッケが一番に思い浮かんでも油が高くて断念した。以前のマヨネーズブームの時はすぐに回収できたから買い込めただけで、生産体制がいまいちらしいこの町では、前世のように植物油をふんだんに使うなんてあり得ないのだ。
オリーブオイルなら南の方から来る行商人が安価で売ってくれるから、お金さえ積めばどこかのキッチンみたいな使い方もできなくはない。それを買いそびれたとしても、秋の終わり頃になればお肉やラードが市場にいっぱい並ぶので、またジャガイモが手に入ったら冬のお祭りの時にでも作ってみようかな。
うっかりと台風のお供に逸れてしまった思考を引き戻し、芋餅のことを知ってもらうためにこれからの予定を告げる。
「明日にでも試食用に作るから食べてみてよ」
「そうね。失敗してもポテトサラダかマッシュポテトにすればいいものね」
どちらも潰したジャガイモに入れるものの違いでしかないじゃない。どうせならチーズを加えてアリゴにしてほしいなぁ。トルコアイスみたいにびよ~んと伸びるマッシュポテトでおもしろいんだよ。……アイスクリーム。嫌な思い出が蘇る。
冷凍庫なんていう電気機器がなくても、私の冷却でチョチョイのチョイだろうと思って挑戦したことが幼いころにあったのだけれど、形はそれっぽく仕上がったのにおいしくなかった。
その原因はすぐに気付いたともさ。砂糖がない。これに尽きる。
あの頃はまだ父がいたからこれほど貧困に悩んでいなくても、さすがに一キログラムあたり
決してまずくはなかったけれど、期待していたあの幸せな味わいにはほど遠かった。
それに、混ぜ込みが足りなかったことも敗因の一つだろうね。
お金が貯まったらやりたい事リストにまた一つ書き加えた私は、暇な時間に手順の再確認を行いながら午後の仕事をこなしていき、明日に備えていつもより早く床に就いた。
そういえば、冷凍庫は見かけないけれど、氷を使って冷やす冷蔵庫なら出回ってるよ。
あと、魔道具としての冷蔵庫も存在する。……ただし、こちらはめちゃくちゃ高い。
迎えた翌日。
朝も早いうちから木箱に入ったジャガイモを適当に見繕い、
ジャガイモの他に用意するものは、汚れていない布きれと綺麗な水を張った桶だけだ。工程が進めば追加の水が必要になるので、余裕があれば今のうちに持ってくるといいかも。
すり下ろしたジャガイモを布きれで包み、それを水の中で揉みしだいてデンプン質を溶かし出す。そのデンプン質が沈殿したら茶色く濁った上澄みを捨て、綺麗な水を入れてかき混ぜる。そしてまた沈殿するまでの放置を何度か繰り返し、濁りのない白色にまでなればそれを乾燥させるだけだから、時間さえあれば簡単に作ることができるのだ。
なお、絞りかすのほうは私とエクレアが責任を持って食べました。ぷもー。
夏至もほど近いために、長く昇ってくれるお日様のおかげで
今日中に作ってしまいたかったので、時間加速の魔術で少しだけ細工した以外はほとんど放置するだけだったから特に疲れることもない。閉店作業を終えた私はお母さんの晩ご飯作りに遅れて参加して、そこで出来たての
お母さんに頼んで予め茹でてもらっておいたジャガイモを潰したあとは、私の冷却を使ってほどよく冷ましてから
試食用だから少量しか用意しておらず、子供の手のひらでもあっという間に支度が調った。それを鍋底に貼り付かないよう注意深く焼いていき、棒で軽く突いた時にもっちりとした感触を返してきたら完成だ。
本来ならここに
無い物ねだりをしても虚しいだけだから、ここは何か別の物……そうだ、塩バターソースにしようじゃないか。
冷蔵庫の魔道具と並ぶほどに高価な空気調節の魔道具なんて一般庶民には手が届かないから、汗ばむ陽気の中ではちょっと塩っ気が強いくらいで
余熱を使って溶かしたバターを芋餅に絡め、仕上げにお塩をやや多めに振りかける。
それをお皿に盛りつけて……よし、これで塩バター風味芋餅の出来上がり!
「できたよ、お母さん。食べてみて!」
「どれどれ……」
お母さんがお皿から芋餅をつまみ上げてぱくりと一口ほおばった。
それを
「こねて焼いただけなのにおもしろい食感ね」
「うん。やみつきになるでしょ」
「確かにおいしいけど、そこまでいかないわよ」
「でもまだ食べるんだ」
小さく笑いながらも次の芋餅へと手を伸ばすお母さんにすべて食べられてしまう前に、私も負けじと一つ手に取りカプリとかじる。
晩ご飯のおかずが一品増えたからだとしても特に反対意見はないみたいだし、この調子なら次のお祭りへの手土産は芋餅で決まりと思っていいかもね。
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