#008:魔術を躊躇う理由
急な注文でも快く引き受けてくれた親方さんに後を任せた私は、エミリーとシャノンを引き連れてふわふわとした気分で帰路に就く。
多少手元に残ったとはいっても、前世を含めて今までで最も高い買い物をしたのだ。薄い胸の下で心臓がバクバクと鳴っていることもあり、足下が覚束ない。
そんな私を不安そうに見ていた友人二人が口を開いた。
「サラらしくないわね。まともに歩けないなら負ぶっていこうか?」
「サっちゃん大丈夫? 魔力切れた?」
「あたしは“スタッシュ”使えないからわかんないけど、あれって結構魔力使うの?」
「容量次第って言われてる。わたしも使えないから、どれくらい必要なのかもわからないよ」
「あ……そういうのじゃないよ。大丈夫だから」
厄介な魔力枯渇を疑われたので否定したけれど、それでもまだ気遣わしげな目で見つめられてしまったので、正直に白状することにした。
「本当に違うから安心して。今は大金を使った高揚感と喪失感がない交ぜになってるだけだよ」
「ああ、そう……」
「いつものサっちゃんだった」
「……なんでそれで納得するかなぁ」
「いや、だってサラだし」
「うん、サっちゃんだし」
お金に意地汚い性格ではないと思うんだけどなぁ。
そりゃあ貯金していたのだから買い食いなんて
「私ってどういうイメージなの?」
「無駄遣いしたら怒る。変なことする。ドジ」
「優しいけど、お金にだけは厳しいかな。あと、魔術がすごい」
「そうそう。あたしも“スタッシュ”使えるようになりたい!」
「容量が小さくても実用性は高い魔術だもんね」
未来のネコ型ロボットが持っているような異次元ポケットは“スタッシュ”と呼ばれている。
たぶん空間をいじくる魔術なのだろうけれど、空間属性というものは聞いたことがなくて、もしかしたら無属性扱いなのでは――というのが私の見解だ。
そこで、空間に干渉できるのならテレポーテーションも可能なのではないかと思って実験したことがある。
あれは、まだ父がいたからお店の経営に困っていなくて、ただ遊んでいるだけな日々の中で暇にかまけて試した日のことだった。
いきなり私自身を転移させるのも気が引けたので、まずはそこら辺に転がっている小石を用いて事に当たることに決めた。その小石を目に付いた木箱の中へと転移させるべく、それぞれの対象物が乗っている平面をまるで紙を折りたたむかのようなイメージで魔術を実行したのだ。一応は成功したけれど……木箱の一部が爆発して飛び散った破片で
理屈としては間違っていなかったと思う。
ただ、着地点を誤ったのか転移させた小石が木箱にめり込んでしまったのだ。
それが原因で、元からあった木箱の一部と小石が何らかの反応を起こして爆発したのだろう。
ゆっくりと透けて現れた小石が徐々に色を濃くしていったと思ったらいきなりの大爆発で、避ける暇もなく小さな破片が突き刺さってすごく痛かった。
こんな時にこそ魔術の出番だろうと、必死になって『元に戻りますように、元に戻りますように、元に……』なんて唱えていたら、傷も痛みも綺麗さっぱりなくなっていた。
これもおかしいんだよね。無属性魔術に回復なんてないのだから。
できることと言えば、ただ魔力の塊をぶつける程度が関の山なのだよ。
私の無属性魔術は本当にどうなっているのやら。責任者を呼んでほしい。
「サラ? どうしたの、ぼうっとしちゃって」
「あ、うん、ちょっと昔のこと思い出してた」
「また何か変なこと?」
「変……っていうか、シャノンと出会ったころのことだよ」
「なんだ、やっぱり変なことじゃない」
おかしいのは私ではなく無属性魔術のほうなのに。
あんなことがあってからは思い付きの魔術は控えるようにして、必ず確認がてらの実験を経てから使うように心掛けているのだから。
「変かなぁ。魔術の実験してただけだよ?」
「無属性魔術でどこまでやれるかってやつだよね。わたしも楽しかったなぁ」
「目覚めるのが待てないなら、それこそお金貯めて“スキルオーブ”買えばいいじゃない」
「安易に逃げを選ばないサっちゃん。素敵です」
「逃げないっていうか、まともな“オーブ”はすごく高いんだもん」
私が死んだ時に銀色の人がくれた物のことで“スキルオーブ”と呼ばれている。あれは極々まれに、どこかに落ちていることがあるらしい。大抵は野生動物などが拾って取り込んでしまうみたいだけれど、そうなっていない物も見つかることがあり、主に冒険者やお金持ちの貴族などに大人気の一品だ。使い勝手のよい物は金にものをいわせた大商人が買い占めていたりもするので、物によってはめちゃくちゃ値が張る商品とも言えるかもしれない。
ある日、早起きをした農夫が畑に向かうとスキルオーブが落ちていて、それを売り払ったら一夜にして大金持ちになったという逸話すらある。……私も
「でも、あれだけお金貯められたんでしょ? 変な荷車よりそっちのほうがよくない?」
「いやいや、あれじゃ足りないよ。あの額じゃ
どこでも火を
ただし、それだけだとすぐに魔力枯渇をおこすので、頻繁に使いたいなら魔力量増強や回復力向上のスキルオーブも併せて入手しないと目を回して倒れる未来が待っている。
「うん、そうだね。
「あたしは装備揃えて冒険者になるんだと思ってた。冒険者の常連さんと仲良かったから」
今のところは冒険者になるつもりなんて一切ないし、今後もあり得ないと思う。
一般的にこの歳で貯金し始めるといえば冒険者向けの装備か、職人が使うような専門の道具を買うためだから勘違いされても仕方がないのかな。
「う~ん……冒険者は危険だからなぁ。やるとしても最後の手段だよ」
「あたしは興味あるな~。成人したら登録だけしようかな~」
「ミリっちも冒険者になるの? 結構大変だよ?」
「ずうぅっとパン売ってるだけってのもねぇ……。たまには町の外に出てみたいのですよ」
エミリーが冒険者志望だったとは知らなかった。
日頃から魔術の練習をしていたのはこれのためだったのかな。
私の魔力支配が検知する魔力の流れからして、あまり規模の大きなものは使っていないみたいなので、消費魔力が少なくて発動も速い実戦的なものばかり試していたのかもしれない。
そんな話をしながら歩いていると、いつの間にやら私の家の前に着いていた。私は仕事があるから二人とはここでお別れになる。
エミリーも家に戻ってお兄さん達に代わってもらっていた仕事をするそうで、お休みだったらしいシャノンは『みんなの休みが合えばまた遊ぼう』と約束を交わして、中央通りの方へと去っていった。
「ただいま、お母さん」
「おかえり、サラ。早かったわね。断られたの?」
「ちゃんと請け負ってくれたよ。でも、夏祭りの当番になるみたいで時間かかるって」
「そうなんだ。売れそうな物があったら仕入れなきゃね」
「まずは今ある物を売ろうよ……」
私もカウンターの中に入り、お母さんの隣に腰掛けていつ売れるともわからない商品を磨いて綺麗にしたり、それの見栄えを少しでもよくするために配置を考え直したりする。暇すぎてうとうとし始めたころにやってきたお客さんに応対していると夕暮れ時の鐘が鳴り、それに合わせてお母さんが晩ご飯を作りにいったので、私は店先の掃除をして閉店作業を終えた。
食事の席に着いてからスタッシュに入れたままだった差し入れのパンを取り出していると、エミリーに頼まれていた伝言を思い出した。それをお母さんに伝えてみたら、深い溜息をつきながら『またあの話かぁ……』と言って苦い笑みを浮かべている。
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