#006:製作依頼

 騒がしくもかしましい美少女三人組――私を含めた美少女たち三人が木工工房までやってきて、皆揃っておそるおそる中の様子を窺うように覗き込む。

 ここの親方さんとは知り合いだし、鉄工所のおじさんみたいに邪険な扱いをされなくても、既に午後の作業が始まっているのだからズカズカと踏み込めばお邪魔虫になってしまう。


 そんな思いから声を掛ける機会を窺っていると、物差しすら使わず手作業のみで木を削り、釘の一本も打ち込まないままに複雑な柱が仕上がった。そして、外に置かれた木材に用があったようで、先ほど柱を作り上げた熊のような大男がこちらに向かって歩いてくる。


「おう、雑貨屋の嬢ちゃん達じゃねえか。何か注文か?」

「こんにちは、親方さん」


 子供の頃から今の工房に出入りし、見習いとなってからも日夜腕を磨き続けた結果、他の徒弟の追随を許すことなく若くして親方の座を勝ち取った筋骨隆々のナイスガイ。若いといっても親方になったのは三〇歳を過ぎてからで、前親方の娘さんをめとっていたことが決め手になったのだろう――と笑いながら語ってくれたことがある。

 そんな謙虚な親方さんは木工ギルドの次期座長になるのではという噂も聞こえるので、その実力や人柄は折り紙付きだから私の自転車製作を託すに申し分ない。……なんだか上から目線で偉そうになってしまった。

 とにかく、うちみたいな貧乏商店からの依頼でも嫌な顔一つせず請け負ってくれる人なのだ。


「あの時の物を作ってもらいたくて来ました」

「今度は何だ? 皿の在庫が尽きたか?」

「いえ、以前にお話しした物です」

「前……? すまねえ、覚えてねえわ。改めて聞かせてくれ」

「自転車ですよ。自分の足で車輪を動かす車です」

「……………………あぁ~っ! あれか! 冗談じゃなかったんか」


 まさか忘れられているとは想像だにしなかった。

 思い出してくれたのは何よりだけれど、冗談と言われても困ってしまう。私はいたって本気も本気の大まじめなのだから。


「ちゃんと言われた額のお金も用意しました。これで作ってもらえますか?」

「いや、まぁ、仕事ならやるけどよ、本当にいいのか? 大金だろ?」

「はい、その為だけに働いて貯めましたから」

「給料なんか貰っても、子供のうちは食いたいもん食ったり使えもしねえ冒険者用の武器なんかを買うもんだが……嬢ちゃんにはライアンの事があるか。……どこ行っちまったんだかな」


 顔の広かった父は、ここの親方さんとも仲がよかった。その縁から始まったうちとの取引を今でも切らずに続けてくれているのはありがたい話だ。

 今回の自転車製作は親方さんの腕前を見込んだこともあるけれど、この人なら考えることなく断ったり、無下に扱ったりしないと信じられるからこそ依頼を出しにきたのだよ。


「その節は父がご迷惑をお掛けしまして……」

「いや、一番困ってるのは嬢ちゃんのところだろ。それで、どんな物を作ればいいんだ?」

「前にお話ししたとおりで、車輪が二つあって、それを繋げてまたがれるように――」

「ああ、ちょっと待ってくれ。木札取ってくる」


 そう言い置いた親方さんが工房の中へ入っていき、薄い板の切れ端を片手にすぐ戻ってきた。

 その木札と、墨で作られたペンを私に差し出しながら話の続きを口にする。


「簡単なもんでいいからこれに絵を描いてくれねえか?」

「え?」

「細かいところは俺らがやるから、どんなもんが欲しいのか全体像を掴みたい」

「あ、はい。設計図……というか完成図ですね」


 木札を受け取った私は脳内メモを頼りにして、三角形を互い違いに二つ並べたようなダイアモンド型にフレームを組まれた自転車の絵を描き込んだ。土がき出しの道では木製の車輪だと滑るだろうから、地面との摩擦を増すための突起を表面に付けておくことも忘れない。


 絵心なんて皆無な私でも脳内メモをそのまま写すだけだからスイスイ描けて気持ちがいいね。

 もしも前世でこの能力を得られていたら――なんていう妄想が湧き出てくるよ。


「ほお……うまいもんだな。このまま続けたら職人になれるかもしれねえな。ところで、この歯車は何だ? どことも繋がってねえが、ただの飾りか?」

「ここが自転車のかなめなんですよ。真ん中の歯車と後ろ側とを革のベルトで繋ぐんです。それで真ん中のほうを足で回すと、後ろの車輪も回るようになってます」

「そのベルトはどうすんだ? 輪っかにするなら結び目ができて噛み合わねえぞ? びょうで留めるにしても、そこで滑るだろうな」

「……あ」


 しまった……。車輪の太さや滑り止めの形に気を取られていて気が回らなかった。

 確かにこれでは繋ぎ目ができてしまい、そこでベルトが歯車から滑って外れる危険性がある。

 せっかくルンルン気分でいでいたのに、ベルトが外れたことでペダルへの負荷がなくなり、足をスコーンと踏み外してすねや足首を強打してしまうかもしれない。

 どうしたものかと頭を抱えて唸っていると、私の背後から救世主が現れた。


「ねぇ、サっちゃん。小さい輪っかを鎖みたいに何個も繋ぎ合わせたらいいんじゃない?」

「シャノン……。前から思ってたんだけど、天才なんじゃないのかな」

「フッ……これでさっきの借りは返したぜ」

「それでもサラには全部返し切れてないでしょ」

「……それは言わない約束ダヨ?」

「また私の持ちネタがぁ~」


 またも変なことを言い出したシャノンだけれど、おかげで危機を乗り越えることができた。

 魔力補給のことなら気にすることなんてないのにエミリーは他人にも厳しいね。

 今のエミリーが唯一使える火属性魔術の練習で魔力枯渇を起こすことが多いみたいだから、私と会うたびに魔力補給を受けているようなシャノンのことを軟弱だとか思っているのかも。


「エミリーも練習で疲れたらうちまで来てね。お向かいなんだから」

「な、何のことよ。あたしは魔術の練習なんかしてないわよ」


 近場で何度も魔術を使われたら、魔力支配が反応して状況がわかるのだよ。連続行使の後はパッタリと魔力の乱れが静まるから、その場で倒れていないにしても裏庭か家の中でゲロゲロやっていそうなのよね。

 いくらなんでも家屋などの障害物を挟んだ遠距離から魔力を回復させるのは無理だったから、小さな天の川が出来上がる前にうちまで来て魔力補給を受けてほしい。

 そんなことを考えていると、私が描いた完成図を見ていた親方さんから声が掛かる。


「よし、だいたい掴めてきた。荷車の骨組みを縦にぶった切ったようなもんだな。あとは使う木材だけどよ、何か希望はあるか?」

「そうですね……丈夫なのは外せませんし、ある程度の柔軟性もある木がいいです」

「これにまたがって乗るなら軽さもいるわな」

「それと、車輪と本体を繋ぐ部分、回るところは鉄にしてください」

「車軸と軸受けか? それだと特注……いや、あれを使えるか……」

「難しいですか?」

「大丈夫だ。俺が責任を持って仕上げてやんよ」


 キリッとした顔つきで一つ頷き、自信ありげに請け負ってくれた親方さん。

 格好いいことを言ってくれるじゃないですか。この工房を選んだ私の目に狂いはなかった。他をよく知らなかったとは今更口に出せない。


 ここまできたら、残るは大事なお支払い。

 貯金が足りなければ引き下がるしかないわけだけれど、いったいおいくらになるのやら。


「それで、製作費用なんですが……」

「あぁ、前に言った額でいいぞ。覚えてねえけどな! ハッハッハッ!」


 親方さんが片手で頭を掻きながらも野太い声で豪快に笑い飛ばした。

 その言葉が真実なら少しばかりの貯金が残るので嬉しい限りだ。しかし、安すぎたり高すぎたり、ギルドのほうから苦情が出たりしないのかな。

 せっかく次期座長と目されているのだから、下手な事はできないと思うのだ。


「本当にいいんですか? ギルドから文句言われませんか?」

「いちゃもん付けられたらあの時に契約してたとでも言えばいい。お貴族様とは違うんだから、いちいち契約書を残さなくていいから楽だわな」


 見かけによらずしたたかな職人さんだった。

 そうでもなければ、衰えたといえども百戦錬磨に変わりない商人ギルドとやり合っていられないか。


「んで、いくらなんだ?」

「えっと、銀貨ソル三〇枚と言ってました」

「……は?」


 私の言葉を聞いた瞬間に、今まで笑顔で話していた親方さんの表情が固まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る