#005:お友達とばったり遭遇
仕事を抜け出したエミリーと一緒に、町外れにある木工工房の一つへと向かって歩く。
日頃から木皿や木桶などを発注している馴染みの工房だ。町外れとはいっても、うちの店舗からさほど離れていないのですぐに到着するでしょう。
飲食店や冒険者向けの武器・防具店などが建ち並ぶ華やかな中央通りから一筋入ったさらに奥、町の出口にほど近い場所に居を構える私の実家は、ハッキリ言って立地が悪すぎる。
冒険者相手に売れる物は少ないけれど、町の住民にしたってわざわざ遠くまで買いに来ることもないのだし、うちでしか取り扱っていない自家製の傷薬もあまり人気がない。
その商品だって代替品があるのだから、何かのついでに買っていくとすれば中央通りに出ているお店を選ぶ人が多く、冒険者向けの商店で委託販売されていることも珍しくない。
うちもそれに倣えばいいかもしれないけれど、相手の取り分を考えると赤字になってしまう。
その一方で、お向かいにあるエミリーの実家はそれなりに裕福だ。店主の伯父さん夫妻にエミリーを含めた子供が三人いて、一番上のお兄さんは結婚しているから奥さんとその子供たち、さらに私たちのお婆ちゃんもいるというのに、うちに援助をできるほどに儲けを出している。
立地はまったく変わらないというのに、それだけ儲かるには理由がある。
かわいい女の子が重たい籠を持って売り歩き、手ずからパンを渡してくれる販売方法もあるだろうけれど、この町どころかこの国の中では定められた工房でしかパンを焼けないからだ。
今は昔にどこかの町で、市場を独占する商人ギルドのあくどいやり口に反発した職人さん達が個別にギルドを立ち上げたことがある。それ以来はどこの町でも同じようにしているそうで、職人さんの矜恃にかけて商品の品質を落とさないように見張り、法外な値段や同業者の利益を顧みない大安売りをさせないように皆で話し合って販売価格を決めている。
私の家は傷薬や他の商品を作ってはいても、それを専門に扱う職人ではないことと、あくまでも販売店であるために、今となっては力の衰えた商人ギルドに属している。
こちらは価格や品質についてうるさく言われない代わりにある程度の上納金が必要だから、我が家の財政を圧迫する要因の一つとなっている。かといって、町で商売をするからには何かのギルドに加入しなければ煙たがられるので諦めるしかないのだよ。
エミリーとは他愛ない話をしながらそろそろ木工工房に着こうかというところで、前方から私たちと仲のよいお友達がよたよたと歩いてきた。
「あ……サっちゃんとミリっち」
「こんな時間に会うなんて珍しいね、シャノン」
「なんか疲れてるみたいだけど何かあったの?」
疲れた顔で声を掛けてきたのは、私たちよりも頭一つ分は背の低い、色素が薄く白い髪の毛をおかっぱ頭にした、少し垂れた目でどこか遠くを見ることが多い冬生まれの小さな女の子。
いつもはぽやぽやとしているのに、たまに核心を突いたことを言うから気が抜けない。
私たちとは一歳違いで、どこか間の抜けた面持ちからは想像がつきにくいけれど、なかなか優れた魔術の腕前を持っている。その才能があったことから親元を離れ、ある意味では有名なシャノンの祖父母が営む魔術用品店兼工房へと見習いに入っているよ。
そんなシャノン本人も魔術が好きで、私が一人でその実験をしている時に出会ってからは、たまに遊ぶようになったことでゆっくりと仲を深めたお友達だ。
その後はエミリーも混ざって三人で遊ぶことも多かったけれど、今は三人とも見習いとして働いているから時間が合うことも少なくなり
「ちょっと仕事で外に行ってきたところ。二人はお出かけ?」
「私は夢を叶えに行くところなんだ」
「あたしはその付き添い」
「サっちゃんの夢ってあのお金持ちのこと? おめでとう。これからは――」
「いや、まだだから。先の話だから!」
気の早い祝福をくれたシャノンに対して私は即座にツッコミを入れた。
このまま放っておくと独自の世界が展開されて収拾がつかなくなる。そうなってしまっては、私は非合法のギルドを使ってこの国を裏から牛耳る悪の座長にされてしまうかもしれない。
「前に言ってた、自分で乗って動かす荷車みたいなやつを作ってもらいに行くんだってさ」
「あぁ……、あれかぁ……」
「歯切れが悪いね、シャノン。似たような魔道具ができたりしたの?」
「ないと思うけど、売れるかなぁって」
馬を使わず、魔力の詰まった魔石を燃料にして動かす馬車があるにはある。しかし、それの燃費を考えると素直に馬を用いたほうが安上がりなだけでなく、それのエンジン部分もすぐに壊れてしまい、修理や買い換えを検討するにしても平民とは一線を画した金持ちな貴族ですら躊躇うお値段となっている。
こんな有様では適度なダイエット程度の労力しか求めない私の自転車が売れないわけがない。
「大丈夫だよ。絶対に売れるから」
「妙な確信……さてはおぬし、未来を見通す魔術を得たな!」
「……さすがにそれはないわ」
「……ないの?」
「うん、ないよ。エミリーの言うとおり」
いくらヘンテコ魔術を使えるといっても、未来が見えるものは知らないよ。もしかしたら使えるかもしれない。しかし、それを試すための勇気は品切れだ。
私からの視点に限るなら、未来ではなくほんの少しだけの過去を見ることができなくはないものなら便利に使っているけれど。
「う~ん……わたしもついて行ってもいい?」
「シャノンも?」
「ミリっちもいるから秘密ってわけじゃないんでしょ?」
「そうだけど……疲れてないの?」
「……いつもよりちょっと魔力を使い過ぎただけだから大丈夫ダヨ」
「またぁ? この前もサラから貰ってたでしょ」
呆れた表情を浮かべて腰に手を当てたエミリーが、顔を背けて目を合わせようとしないシャノンを
本当に何をしていたんだろう。魔力が減るにつれて気分が悪くなるらしいのに。
らしいと言うのは、私は魔力が枯渇した感覚を味わったことがないからよくわからなくて、これは魔力支配が原因だと踏んでいる。
変化する前が魔力管理だった事や、私が実際に魔術を使っても魔力が
支配という名にふさわしく、私が意識すると意図的に体内の魔力を増やしたり減らしたりもできる。その要領で魔力を枯渇寸前にまで追いやれば吐き気を催すような不快感を味わえるかもしれないけれど、なぜそんなバカなことをしてぶっ倒れなければならないのかという話だろう。よって、私は未だにそれを知ることなく今日まで生きてきた。
そして、その支配という名は
「それじゃあ、シャノン。手を出して」
「いつもすまないねぇ……」
「それは私の持ちネタだよ……」
差し出されたシャノンの両手を取った私は、意識を集中して魔力をゆっくりと流し込む。
わざわざ手を繋ぐ必要はなくても、雰囲気的に何となくこうしている。その年齢よりも小柄なシャノンの手のひらは本当に小さくて、まるで紅葉のようでとてもかわいらしいからね。
「なんか二人を見てたら、あたしの目には姉妹みたいに見えてきたかも」
「……私はこんなに変な子じゃないよ?」
「……待って、それはわたしのセリフ」
「安心して。どっちもおかしな子だから」
魔力補給を早々に終わらせた私たち暫定姉妹の二人は、からかうように笑いながら逃げるエミリーを追いかけたりしつつ騒がしくも歩き出す。
それほど離れていない木工工房へ行くだけなのに随分と時間がかかってしまったけれど、少し進んだここからでも山と積まれた丸太の一部が見え始めた。
そこまで行って自転車を作ってもらえたら、私は夢へと繋がる第一歩を踏み出せるだろう。
それが完成した暁には、エミリーやシャノンに頼んで試乗がてらに町をうろついてもらい、目が回るほどの注文が殺到して自然とお金が生み出されるようになり、それを手に入れた私はさらなる儲け話に手が出せるのである。
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