#004:従妹からの差し入れ

 何年もかけてお金を貯め続けた私がいったい何を作ろうとしていたのかというと、前世ではありふれている物なのにこの世界では一度も見かけたことのない便利な一品――自転車です。

 あの自転車です。チャリンコです。一部地域ではケッタマシーンと呼ばれるアレです。

 私は持っていなかったけれど、それでも仕組みがわかるくらいに単純な構造をしていて脳内メモにも情報があり、その利便性から高く売れそうな物として思いついたのがこれだった。


 遠くのほうまで楽に移動ができて、馬のような維持費もかからず、その気になれば大量の荷物を牽引けんいんできたり、熱狂的なマニアも存在する自転車なら売れると確信している。誰も彼もが速度上昇系の魔術が使えるわけではなかったことも大きな理由となっているよ。


 もちろん、チェーンと連動するペダルをいで、後輪を回して進む型式だ。

 前世での最適解を知っているのだから、ペダルがない初期モデルや、大きな前輪を直接ぐものなど、わざわざ旧式は選ばない。


 思いついたが吉日ということで、すぐさま伝手のある木工工房の親方さんに打診した過去があった。しかし、その時は『そんなものより荷車を使えばいいだろう』と一蹴されてしまい、どれだけ便利で売れるものかを語って聞かせても軽く流されるだけだった。

 その帰り際に、製作依頼を出したら費用はいくらになるのかと尋ねてみれば、笑いながらも答えてくれたので、それを目標額として貯金し続けてようやくこの日を迎えたのだ。

 さすがに言われた金額ピッタリだと不安が残るから三割増しで用意してあるよ。


 ちなみに、鉄ではなく木で作る理由は安いということもあるけれど、鉄工所に行ったら『遊びでやってんじゃねえんだよ』と冷ややかに追い払われてしまい、苦手意識が生まれたのです。

 せめて、営業スマイルくらい浮かべてくれてもいいと思う。


 今となっては懐かしい思い出話はこのあたりにして、午後からの仕事を抜けてもいいか聞いておかないと。


「お母さん、お昼から出かけてもいい?」

「遅くならないならいいけど、何か用事でもあるの?」

「うん、お金が貯まったから木工工房に行ってくる」

「あぁ、いつも言ってたやつね。いいわよ。行ってらっしゃい」

「ありがとう。早めに帰るね」

「どうせお客さん来ないんだからゆっくりでいいわよ~」


 いくら本当のことでも言ってはならない言葉を笑顔で口にしたお母さんに見送られて、私は木工工房へ行くために階段を下りて店舗スペースまでやってきた。

 すると、タイミングがよいことに仲良しの従妹いとこが扉を開けて入ってくるところだった。


「あっ、サラ。いつもの~」

「お昼のお仕事お疲れさま。いつもすまないねぇ……」

「いいよ、残り物だし」

「あ、うん、ありがとう、エミリー」


 春生まれの私とは一歳違いでも背丈がほとんど変わらず、明るい栗色くりいろの髪の毛を私と同じくボブくらいに短く整え、勝ち気な目元を持った秋生まれのかわいい女の子。ちょっと負けず嫌いなところがあってライバル視されることも多いけれど、何事にも熱心に取り組んで、どれだけ時間がかかっても諦めない粘り強さを持っていることを私は知っている。その練習にしても欠かすことなく続けている努力家な一面も忘れていない。

 普段は実家――お向かいのパン屋さんの見習いとして、ご飯時には町の大広場や中央通りに出て売り子をしているよ。


 そんなエミリーが持ってきてくれたこのパンも売れ残りなんかではなく、うちに差し入れてもらえるものは伯父さん達が余分に焼いてくれているので感謝の念を禁じ得ない。


「レアさんは?」

「お母さんならまだ上でご飯食べてると思う。呼ぼうか?」

「う~ん、お婆ちゃんが『たまには顔を見せなさい』って伝えてきてって」

「この前も言ってたよね。まだ行ってないのかな」

「わかんない。あたしは見てないよ」


 冗談は言っても約束を破ったりしないお母さんにしては珍しい。急ぎの用件ならお婆ちゃんが直接来るだろうって考えなのかもしれない。お客さんが滅多めったに来ないといってもまったく来ないわけではないのだから、暇な時間があったとしても長くはお店を空けられないのだろうね。


「じゃあ、帰ったら伝えとくね」

「帰ったらって、どこか行くの?」

「うん、夢を叶えに行くのさ」

「サラの夢って大金持ちでしょ? 何か売れたの?」

「売れるのは先の話。売り込むための物を作ってもらいに行くのだよ」

「え~っと……たしか、自分で乗って動かす荷車だっけ?」


 以前に一度だけ、地面に絵を描いて説明したことがあったのに、どんな物を想像しているのかわからないけれど、近くもなく遠くもなく、なんとも言い難い表現だね。


「ちょっと違うけどそんな感じかな」

「……あたしも行く」

「え?」

「あたしも行くの! どんな物なのか見てみたい」

「まだ完成どころか、形にすらなってないよ?」

「いいよ。夕方まで暇だから」


 興味を持ってくれたのかと思ったら、ただの暇潰しだった。

 ここからでは人通りが多い町の中央部まで少し離れているから、パンを詰め込んだ大きな籠を毎日運んでいるエミリーにこそ自転車が必要だと思うのよ。量産化できたらプレゼントする予定だけれど、サンプルが出来上がったらお試しで乗ってもらおうかな。そうすれば、その快適さのとりこになるかもしれないし、かわいい女の子が使うだけでも宣伝効果はバッチリだからね。


「それじゃあ行こっか。あ、ミンナさんに言わなくていいの?」

「母さんなら、今ごろは父さんと一緒に製パンギルドへ行ってるはずだから大丈夫」

「それなら、お店はお兄さん達だけ?」

「うん、そう。だから、あたしは夕方の外回りまでに戻ればいいんだよ」


 エミリーには少し歳の離れた二人の兄がいる。長男びいきが顕著なこの世界ではそれ以外の扱いが格段に悪いものだけれど、こんなに大きな子供がいても未だに熱々夫婦なエミリーのところはそんなこともない。家族で仲良くパンを作っていて少しくらいなら抜け出したとしてもお兄さん達がフォローをしてくれたりもする。


 前世も今世も一人娘な私からしたらそれがとても羨ましい。私はエミリーを妹のようにかわいがりたいのに、本人はめちゃくちゃ嫌がるのだ。そこで思考を凝らし、逆に妹が姉に対してするように甘えてみたら、真顔で『気持ち悪い』と言われて心が泣いた。前世の感覚でいえば同学年なので、今は対等な友人として接しているよ。


「それなら早く行ってすぐに戻らないとね」

「どこまで行くの?」

「町外れの木工工房だよ。さぁ、行こう行こう」

「パン持っていくの?」

「おっと、そうだった」


 手に持つパンに意識を集中し、それを箱の中へしまい込むようなイメージを思い浮かべると、手のひらからは音もなくパンが消え去り影も形もなくなった。

 使い方をひとたび誤るだけで命の危険が走り寄ってくる魔術だけれど、その中で最も有効活用しているのがこれだ。ちょっと念じるだけで重さも感じず持ち運べるなんて便利すぎる。


 動くこともままならない赤ちゃんの頃に、邪魔なおしゃぶりをどうにかしようと思い悩んでいたら使えるようになったこの魔術。最初の頃は手のひらサイズの小箱ほどの容量しかなかったのに、何度も使っていると徐々に広がったのだ。今では小旅行に持っていくようなボストンバッグくらいの大きさにまで育ったよ。

 これが無属性魔術の一種なのか、おかしな表示をしていた副作用で使えるようになったのかは不明なものの、もう一〇年以上も経っているのに不都合が起こらないので気にしていない。


 聞くところによれば、無属性魔術は珍しいものでも何でもなく、いくら育てても属性つきの魔術には遠く及ばなくて人気もない。まれに、私と同じく未来のネコ型ロボットが持っているような異次元ポケット魔術を使える人がいて、すごい使い手なら家が丸ごと一軒入ってしまうらしいよ。


 一〇年も使っていて私はこの程度かと思われたら心外だから釈明しておきたい。

 これをまともに使い始めたのは働き始めてからで、実質的には三年そこらなのよね。荷物を運ぶことも少ない子供のうちは活用する機会なんて訪れず、働き出してからも貯金や薬草の採集などでしか使うことがなかったから、まだこの大きさにしか育っていないんだ。

 そうだとしても、使えるだけでも珍しいのに、この歳でこのサイズなら十分にすごいとお母さんが言っていたよ。

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