#002:バグりガチャ
電車に
近未来的なフォルムの車両に視界を覆い尽くされて真っ暗になったかと思ったら、今はただひたすら真っ白い景色だけが広がる空間にポツンと立っていた。まるで雲の中の世界に思えて、やはり私は死んだのかと気付かされる。
「あなたは死にました」
どこからともなく頭の中に無機質な音声が響いてきた。
ご親切にどうもありがとう。わざわざ言われなくともわかっていますよ。これを見て、食べきれないほどの
「次なる生に向けて力を授けましょう」
力を授けるって何だろう。絵の才能や演技の素質とか歌のセンスでも貰えるのかな。
タダでくれるって言うのなら、どんなものでも嬉しいよ。
言葉の意味に気を取られていると、私と相対するように銀色の光が集まって人の形を成した。
「その手を伸ばし、望む力を掴みなさい」
それと同時に銀色の人型の方から宝石のような色とりどりの球体がゆっくりと流れ出して、私の前で波に揺れるようにふわふわと漂い始める。
力をくれるって言っていたのに、見せられたのは綺麗な玉だった。
このビリアード玉くらいある大きな宝石を売ってお金に変えろってことなのかな。お金って本当に強い力を持っているからね。これがどこで売れるのか知らないけれど。
ひとまず、手前から順に見ていって目に留まった玉――高く売れそうなダイアモンドと同じ淡い色の物を掴み取る。内側には何やら光る模様が踊っていたけれど、私が持った瞬間にはそれがぶれて“無属性魔術:レベル・Ⅰ”へと変化した。その近くには星みたいなマークも一つだけ入っている。
まるで外国語のプリントシャツみたいで、読めるようになると気の抜ける内容だ。
やわらかい氷のようなそれを
「取り込み始めたようですね。それれれを活かしてして新たなななななな――」
銀色の人型が壊れたレコードのように同じ音を繰り返し、その身体も明滅し始めた。
それから間髪入れずに別の声が割り込んでくる。
「探したよ。こんな所にいたんだね」
「え?」
こちらも頭の中に直接響いてくるから、ぐるりと周囲を見回してしまった。
すると、私から少し離れた所に真っ黒い穴が開いており、その前には見るからに死神ですと言わんばかりの黒いボロ布を
その骸骨がパタリと閉じたノートを懐にしまい込み、空っぽの
「たまにあるんだよね。よその世界から魂の横取りがさ。ほんと参っちゃう」
「はあ。横取りですか」
「うん、そう。世界ごとに魂の総量は決まっているんだから勝手に減らされると困るんだよ。最近は中身のない人間が増えているでしょ? まぁ、そんなわけでお迎えに来たんだけど……あちゃ~ぁ、その玉に触っちゃったかぁ」
「え、ええ、はい」
私の真横にまで来た骸骨が、ゆるやかに溶け出している宝石玉へ顔を向けて額に手を当てた。そんな妙に人間臭い仕草をしていた骸骨は、軽い声音で『ちょっと失礼』と言い置いて宝石玉に手を掛けたけれど、私の手のひらに貼り付いているようで外れることはない。
それどころか、髪の毛をまとめて引っぱられたような鋭い痛みが全身に走り渡る。
「痛ッ――や、やめてください!」
「ごめんごめん。やっぱり無理みたいだね。……仕方がない。ちょっと待っていて」
そう言った骸骨が『あればいいんだけど』と呟きながら、周囲に漂ったままの宝石玉をかき分けて薄いピンク色の物を選び取った。それを指先で軽く
「これも持っておいてくれないかな?」
体温を感じさせない指で置かれた玉を見てみれば、光る文字で“記憶保護”とだけ浮かび上がっている。星のマークは塗りつぶされたように帯状となり、玉の内側を一周していた。
「これは何ですか?」
「あれ、読めない? 通常なら生まれ変わる前の記憶はすべて消されるんだけど、そうなると君の魂を探すのがちょいと面倒になるんだよね。だから前世の記憶を保持してもらいたいんだ」
前世の記憶。
正直なところ、あんなものは忘れてしまいたいのに死んでもそれが叶わないなんて……。
超常的な力を持っているみたいなのだから、どうにかしてくれないかな。
「覚えていないといけないんですか?」
「そうだよ。君が君でいるためには、その思い出が必要なんだから。たとえば、記憶を失って性格が変わっただなんて話を聞いたことはない?」
「……何かで読んだことがあるような気がします」
「でしょ? 深く刻み込まれた記憶は魂にまで影響するからね」
そこまで言われたら致し方ない。これ以上は増えないだけましだと考えて受け入れよう。
勉強し直す手間も省けるから、次はもっと上を目指せるかもしれないのだし。
「そうですか。わかりました」
「そんなに心配しなくても次に死んだ時も迎えにくるから、その時は記憶をまっさらにして生まれ変われるよ。まだ若かったんだから今までの延長だと思えばいいんじゃないかな?」
軽いノリで言ってくれるけれど、仮に次の人生を平均寿命まで生きたとすれば、前の年齢と合わせると百年を超えてしまうのだよね。先の長い話だよ、もう……。
「それじゃ、そろそろお
「はい。ご配慮いただきまして、ありがとうございました」
「お礼を言われるようなことじゃないんだけどね。まぁ、うん、お元気で」
別れの言葉を告げた骸骨が振り返ることなく真っ黒い穴の中へと消えていった。
さて、これからどうしよう――と思ったところで、今まで不規則的にピカピカと光っていた銀色の人型が落ち着きを取り戻し、また脳内に直接話し掛けてくる。
「あなたは死にました」
私はまた死んだようです。あの骸骨のお迎えを待ちましょう。
「次なる生に向けて力を授けましょう」
既に貰いました。星が一つの“無属性魔術:レベル・Ⅰ”です。ほら、もう半分近くが溶け出していま――あれ?
星のマークがあったところは“記憶保護”の玉と同じように塗りつぶされていた。それだけでなく、“レベル・Ⅰ”と書かれていた数字の部分も読めない文字になっている。
まさか……壊れた?
「その手を伸ばし、望む力を掴みなさい」
銀色の人型からまたも綺麗な玉が流れてきて、前回分と混じり合って私の前で漂い出す。
壊れたかもしれないから無償交換って感じで貰い直してもいいのかな。本人が持って行けと言っているのだからいいよね。……後から高額請求が届いたりしませんように。
次はどれにしようかなっと選んでいたら、新しく追加された分と前回出された分とで随分と色が違っている。……というよりも、既に出された物の一部が変色しているような感じだった。
手のひらのこれといい、あの骸骨が触れた物がおかしくなった疑いがある。それを確かめてみようと思い、今度は近くにあった深い瑠璃色っぽい物へ手を伸ばす、すると、星のマークがいくつか並んだ“魔力管理”になり、それがさらに“魔力支配”となって、星のマークも引き延ばされたように帯状へと変化した。
「取り込み始めたようですね。それを活かして新たなる道を歩みなさい」
その言葉に連れられて私の意識がぼやけ始め、白い波に呑み込まれようとする。
「えっ、ちょっと待って!」
私はこれを選んだわけではない。ただ見ていただけなのだよ。
誰が好きこのんで壊れた物を選ぶものですか。
しかし、私の訴えは声にはならず、雪が溶けるように全身から力が抜け落ちる感覚だけを残し、その意識にも分厚く重い幕が下ろされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます