第3話

 俺は大体0時に寝て、学校がある日なんかは6時ごろ、休日は8時ごろに起きる。学校がある日には朝食と弁当を並行して作り休日は各自で取るようにしていた。恐らくこれからは生活のリズムが変わって朝食も作ることになるのだろうが。

 何故今考えているのかって?俺がどうでも良い事を考えている時は大抵現実逃避をしたいときだ。つまり現在現実逃避の真っ最中である。何からか?簡単だ。


「すぅ……すぅ……」


 俺のベッドで寝ている少女からだ……!そして俺の現状は床に仰向けになっている。

 突っ込みたいことは多数あるのだ。なぜ俺が床に落ちているのか?とか、なぜ俺のベッドで沙織さんが寝ているのか?とか、そもそもいつ、しかもなぜ俺の部屋にいるのか?とか。

 俺は一度寝ると大体時間になるまで目覚めない。起きることが有ると言ったら体に強い衝撃が加えられるか、無理やり意識を覚醒させられた場合のみだ。

 つまり彼女は俺が寝ている間にこっそりと俺の部屋に来て、俺をベッドから突き落とし俺のベッドを盗んだか、もしくは俺が寝ている間に俺のベッドにもぐりこんで来たかの二択だ。

 最初の方は彼女の性格が悪すぎると断定せざるを得ないため考えたくない。しかし後の方の考えは彼女の寝相が相当ひどいことを意味する……どちらも考えたくない可能性なのだ。

 一応強制的に起こされ、彼女がベッドで寝ていることを確認した後にざっと辺りを見渡した。ここが俺の部屋でない可能性。俺が夢遊病の如く彼女の部屋に行って、床に倒れた可能性。しかし部屋の内装を見る限りここは俺の部屋だ。

 寝ている彼女を起こして部屋に戻らせるのは申し訳ない。かといって俺の部屋には予備の布団など置いていない。床にそのまま寝直してもいいのだが、確実に体の節々を痛めて一日を気だるく過ごすことになってしまう。因みに現在午前三時、真夜中だ。

 ……これは切れてもいいのではないだろうか、とも思ったがこんな下らない事できれるほど俺のは器は小さくない、つもりだ。ダイニングに置いてあるソファで寝直せばいいかと思い、起き上がって部屋を出ようとした時だった。


「お願い……行か……ないで……」


 裾を掴まれそれだけの言葉を発し、再び規則正しい呼吸をしている。顔を覗き込むと薄っすらと目に涙がにじんでいた。

 嘆息し、床に座ってベッドに寄り掛かって目を閉じる。寝てしまえば姿勢など気にならないだろう。


* * * * * * * * * *


 結局あれから浅い睡眠を繰り返し、寝る前よりも疲労がたまるという一番最悪な事態になってしまった。今日が日曜日でなければ学校をさぼって寝直すまである。偶に起きてははだけた布団をかけ直したりもした。

 現在朝の五時、いつもより早すぎるがこれ以上この部屋にいても寝ること間もままならず、だからと言って部屋にいてもやることが無い。先ほどから沙織さんの方も規則正しい呼吸を繰り返している。先ほどのあれが寝言か偶然か、それとも彼女の無意識の呟きなのか知る由もないが。

 とりあえず本棚から無作為に本を抜き取り、机の上に置いてある携帯を取り部屋を出る。その際に引き留められなかった。

 リビングのソファで寝転がりながら本を読み、少し飽きたら携帯でネットサーフィン、ネット小説を読んで、また紙の本を読んで。

 そうこうしているうちに玄関の扉が開く。親父は朝早くに起きて小一時間ほど散歩するのが日課だ。なんでも『毎朝の散歩が健康の秘訣!』だそうだ。毎晩酒飲んで腹でてるから説得力は皆無だが……


「なんだ、もう起きてたのか。随分と早いな」


「まぁ……部屋を乗っ取られたんだよ、決して起きようと思って起きたわけではない」


 欠伸交じりに親父と受け答えをしている。すると親父は頭を掻きながら「あぁ……やっぱりか……」などと呟いている。一分ほど悩んだ素振りを見せ、こちらを向いた。


「そうだな……お前も知っておいた方がいいかもしれないな」


「……何だよ」


「沙織ちゃんが母子家庭だったってことは知ってるよな?」


 首肯したことを確認し、親父は続ける。


「小学校の頃にな、あっちの親父さん。交通事故で亡くなってるんだわ、事故に巻き込まれそうになった沙織ちゃんを助けてな」


「…………」


「その時のことがトラウマになっちまったみたいでな、沙織ちゃん、一人になることを極度に怖がるようになったらしいんだわ。夜寝るときが一番酷いらしくてな、今までは明乃さんが一緒に寝ていたが、昨日は明乃さんの所来なくて不思議がっててな……まぁ少し気にかけてやってくれや」


「……とりあえず部屋に戻る」


「そっか、頼んだ……襲うなよ?」


「襲わねえよ!」


 二回に上がり自分の部屋の前に到着する。扉に手をかけたところで仲から何やら声が聞こえて来た。耳を扉につけて中の様子を窺うと、


「嫌だよぉ……私を一人にしないでよ……お父さん、拓海君……」


 何でそこで俺の名前が出てくるのかは皆目見当もつかないが、このまま放置していいかどうかと言われれば答えはNOだ。扉を開けて自分の部屋へと入る。


「拓海……くん……?」


「おはよう、どうか――!?」


 ベッドの上ですすり泣いていた沙織さんがこちらへと飛び込んで来た。咄嗟のことで踏ん張りがきかず俺は尻餅を付いてしまい、そんな俺の腰に沙織さんは抱き着き嗚咽を漏らしていた。


「ごめ、ん……少しだけ、このままでいさせて……?」


 ここで初めて、俺は沙織さんを見つけた気がする。クラスでは友達と話してるときも、俺は席で寝ているか本を読んでいるか。この家に来た時だって、『ふぅん……』程度にしか思っていなかった。

 腰まで流した黒水晶のように綺麗な髪、女の子らしい華奢な体格、抱き着いている俺の腹に双丘が……当たってないな……

 突然腰に鈍い痛みが走り、何事かと辺りを見回す。と言っても痛みの原因なんて一つしかない訳だが。


「……何か失礼なこと考えたでしょ……?」


「滅相も無い」


 慎ましやかな胸など考えていない、決してだ。そんなことを考えていたら再び腰を抓られる。


「……何も言わないの?」


「何か言ってほしいのか?」


「……いきなり狼狽したのに何も聞かないんだね……」


「何か聞いて欲しいのか?」


「……ううん、何も詮索しないのがありがたい。その優しさが心に染み渡る」


「……別に俺は優しくなんて無い、ただ周りに無関心なだけだ」


 そう、決して優しくなんて、ない。それはこの子の勘違いで、優しいと思うなら、それは俺が断ることをしないからなのだろうか?

 学校では誰とも話さずにボッチ、休み時間は机に突っ伏して寝たふりか読書、部活は……まあ楽しいな。


「ううん、君は優しいよ……皆が君を敬遠してても、私は君のこと、ずっと見てたもん」


「…………」


「普通はやりたがらないことも、君は率先してやってる。先生に頼まれたことでも、君は二つ返事で引き受けてる」


 やりたがらないことをやるのは時間の無駄を嫌っているからだ、先生に頼まれたことを断らないのは、断るのが面倒だからだ。

 そう言うことは簡単だが、何故か声が出てこない。


「それに、私が困ってた時、君は私を助けてくれた。通りかかる人たちが見て見ぬふりをしている中、君だけは私を助けてくれたもの」


「……そんなこと、あったか……?」


「……もう大丈夫、ありがとう。ごめんね?」


 そう言って俺から離れ立ち上がる。手を後ろに組んで、頬を赤らめもじもじとして何か言いたげにしている。


「何か言いたいことでも?」


「えっと……今日も一緒に寝てくれないかな……?一人だと、怖いから……」


「……駄目――」


 と言ったところで沙織さんの表情は強張ってしまう。まあまだ続きがあるわけだが。


「――と言いたいところだけど、仕方ないから良いよ。何かあっても、全て自己責任だけどね」


「う、うん!ありがとう!」


「まずは、寝相を良くしてくれ。毎日ベッドから叩き落とされるのは身体的にもなかなか辛い」


「う、うるさい……デリカシーないなぁ!」


 座ってる俺を押し倒してどたばたと部屋に戻っていった。現在時刻は朝の六時、何時に出かけるかは知らないけど、今からもうひと眠りしたら恐らくは午後になる。ぶっちゃけ出掛けるのが面倒なのに、午後になったら確実に出かけたくなくなる。

 そうなると必然的に起きているしかない。明乃さんが何時に起きるかは知らないけど、少しは雨に朝ご飯の用意でも始めますか。

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