Autumn

ヒ・ガンバ・ナー!

ヒ・ガンバ・ナっ!


あかとあおのこたちがいなくなっても、僕は楽しくて歌っていた。

だれかが聞いているなんて、ちっとも気づかなかった。


「フォッフォッフォッ」


夢中で歌っていた僕に、しっかり聞こえた笑い声。くるっと回って探したら、おじいさんと女の子がいた。

おじいさんは、顔じゅうでにこにこしていて、おひげが真っ白だった。まっすぐ僕をみつめている。

女の子は、顔じゅうが焼けただれていて、目が真っ白だった。おじいさんの後ろにかくれながら、顔だけ出して僕を見ている。

ぼくと同じで、ふたりとも空に浮いていた。


おじいさんが、おひげをもぞもぞさせた。

「こんにちは」

あっ、僕これ知ってる!あいさつっていうやつだ!

「こんにちは!」

僕は元気にあいさつした。初めてのあいさつだよ。だって、初めてあいさつされたんだもん。話しかけられたのも初めて。すごーい!僕、あいさつしちゃった!すごーい!


おじいさんは、おひげをもぞもぞさせて、顔いっぱいの笑いじわを増やした。

「おお、いい挨拶じゃ。お前さんは、わしを好きなんじゃな」

「うん!僕、おじいさん好きだよ!」

「上手な挨拶じゃ」

あっ、これも知ってる!じょうずにあいさつできました、ってやつだ!えへへ、ほめられちゃった。初めてほめられちゃった。


おじいさんが、女の子にわらいかけた。あ、そっか!僕、この子にあいさつしなきゃ!

「こんにちは!」

女の子は、白目と白目しかない目を、ぱちくりさせてる。あれ、僕まちがえたのかな?あいさつは2回目だから、あんまり慣れてないんだ。

女の子は、口をはくはくさせた。前歯が抜けてる。

「こ……こんにちは」

小さなあいさつ。声がふるえていて、びくびくしてるのが分かった。僕のあいさつが、こわがらせちゃったのかもしれない……って考えていたら、女の子が笑った。

「あなたは、わたしのこと、すきなのね」

「うん!僕、きみのこと好きだよ!」

「わたしもよ」


女の子は、おじいさんに向き直った。

「弟を守りに行くわ」

そのまま、びゅーんって、飛んでった。あんなに速い生き物、見たことない。

生き物……生き物?

今の子は、生き物だっけ?


速いもの。カラス。カラスは生き物。

もっと速いもの。車。車は生き物じゃない。

じゃあ、さっきの子は、生き物?

カラスの仲間?車の仲間?


……どっちでもない。

あの子、あの子は……


死人花しびとばな

「はいっ」


おじいさんが、僕を呼んだ。僕は、いいお返事をした。

しびとばな。初めて聞いた言葉だけど、わかる。これも、僕の名前。

僕はヒガンバナで、シビトバナ。


「お前さんは分かっておるんじゃの」

「いまの子が死んでること?」

「そうじゃ。死人花、お前さんに、わしは祈ろう」

「いのろう?」


おじいさんは、まぶたを閉じた。青い目が見えなくなって、代わりに祈りが浮かび上がった。


「死者を大切にしておくれ。死者を愛しておくれ。死者を慈しんでおくれ。死者を好きでいておくれ」


おじいさんの祈り。

根っこから雨を吸うように、僕は祈りを吸い込んだ。

僕は、死者を大切にする。愛する。慈しむ。好きでいる。そんなの当たり前、って気持ちになる。でも、ついさっきまで、僕はそんなの考えたこともなかった。当たり前なんて思ってなかったし、ついでに、慈しむなんて言葉、今はじめて聞いた。でも、分かったんだ。


おじいさんの祈りは通じた。


「わしはあの子を手伝いに行く。死人花、わしを手伝ってくれんかね」

「いいよ。僕は、おじいさんを手伝う」


おじいさんと僕は、並んで飛んだ。

行き先は、あの子のいるところ。

多分そこには、あの子の弟がいる。

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