第4話
「と、いう訳でした。二人とも、僕の話ちゃんと聞いてた?途中から全然集中してなかったみたいだけど」
ここは、一閃大学の校舎内にあるカフェだ。皆からは「一カフェ」の愛称で親しまれている。空きコマの時間や小腹が空いたときなどは、ここを利用する学生が多い。メニューの料理はどれも安くて美味しく、特に絶品なのは、「キャラメルタルト」だ。タルトの生地はサクサクしていて、甘くなくさっぱりとした味わいで、一口齧ると、まるで肉汁のようにとろりとあふれ出てくる、たっぷりのカスタードと、こんがり香ばしい、ほろ苦いキャラメルが、絶妙にマッチしてたまらないのだ。
ゴンちゃんは、このキャラメルタルトが本当に好きなようで、「いただきます」から「ごちそうさまでした」まで、ものの十秒もかけずに平らげてしまう。そして、一口ジュースを飲んで「美味しいわぁ」と言ってゲップをする、というのが通例だった。
しかし、今日はもう十分も経過しているのに、まだ半分以上もキャラメルタルトが大人しくお皿の上に座っている。今まででは、考えられない光景だ。
理由は分かっていた。
「まもちゃんが、、、痴漢に遭う、とか、、、ひゃっひゃっひゃっ」
「あー無理無理、お腹痛い、私死にそう、、、」
二人はとんでもないほど笑っていたのだ。ゴンちゃんに関しては、笑う、というより、もはや踊っていた。さながら何処かの民族のように、奇妙な動きをしながら、腹を抱えていた(途中から、見て見ぬふりをして知らない人を装った)。夏希は、終始テーブルに突っ伏して、プルプルと体を震わせていた。
「二人とも、何が可笑しいんだよ!僕本当に死ぬかと思ったんだからな!」
「あー、いやぁ面白かったぁー。まもちゃんごめんごめん。大変だったのねぇ」
「それでー?その忍さんってどんな人だったの?真守の事、助けてくれたんでしょ?」
夏希はどうやら忍さんに興味を持ったようだ。身を乗り出して聞いてきた。
さっきまで踊り狂っていたゴンちゃんが、忍に興味を示した夏希を見て、急に黙り込んでしまった。恐らく、嫉妬しているのだろう。どういう理由であろうと、夏希が他の男のことを考えるのが嫌なのだ。相も変わらず、ゴンちゃんは夏希にぞっこんなのだ。
「別に、普通の人だよ。僕より身長はずっと高かったなー。でも、顔は少し幼かった、笑った顔が印象的?だったかな」
「ふーーん、そっかそっか。良い人で良かったわね」
「ううん、それがね、そうでもないんだ。あの人、僕の事を急に怒鳴りつけてきたんだ!自分の身は自分で何とか守れー、だのなんだの。そんなこと分かってるし、分かってて何も出来なかったんだし、、、。と、とにかく、説教臭くて嫌ぁな感じだった!」
あはは、真守が拗ねてるよー。夏希のツボにまたまたクリーヒットしたようで、再びテーブルに突っ伏し始めた。
「でも、まーったくの他人のまもちゃんにぃ、そんなこと言ってくれるなんて、良い人じゃなぁいぃ?優しい人だよぉ、きっと」
夏希が、さほど忍さんに深入りしなかったことで安心したのか、ゴンちゃんも忍さんのことを褒め出した。
「ま、まぁ助けてくれたし、良い人だ、とは思うよ」
忍は、きっと良い人だ。だが、関わりたいとは思えなかった。茶々を入れてくるに決まっている。
「でもさー、なんか少女漫画みたいよねー」
「少女漫画?」
真守は、夏希の言う少女漫画が分からなかった。まさか、忍さんとの出会いの事を言っているのだろうか。
「だって、電車の中で、真守のこと体張って助けてくれたし、警察にも一緒に行ってくれたんでしょ?顔は見てないから分かんないけど、話聞く限り、強くて優しいひとじゃない」
真守は、夏希の言う優しいだけは素直にうなずけず、眉をムッと寄せた。
「私が真守だったらー、間違いなく恋してるわねー。まぁ私はもうゴンちゃんという運命の人に出会ったから関係ないけどねっ」
なつき~~、だぁいすき~。
ゴンちゃん、私も~。
真守は、目の前でアツアツに抱き合う二人に、キンキンに冷めた眼差しを向けた。
こんなことを人前でやって、恥ずかしくないのだろうか。最も、見ているこっちの方が恥ずかしい。
「でもさぁ、忍さんとの出会いは運命の出会いなのかもよぉ?」
抱き合い、夏希と顔をくっつけたままのゴンちゃんが、可笑しなことを言い出した。真守は苦笑を浮かばせずにはいられなかった。
「はは、運命ねー。もし仮に運命だったとしても、相手男なんだけどね」
「あらー、真守、恋愛に性別なんて関係ないのよ?」
「ゴンちゃんと付き合ってる夏希が言うと、妙に説得力あるなー」
ちょっとぉ、まもちゃんどういうことぉそれー?と、ボルテージ一程のゴンちゃんが現れ始めたので、急いでまぁまぁと宥め、落ち着かせた。ゴンちゃんのボルテージが十程になったら、割とまずいのだ。ゴンちゃんの体が疑似噴火を始めるので避難が必須となってくる。小さな芽も早めに摘んでおくことが重要だ。
「私は、男だろうと、女だろうと、ゴンちゃんのこと好きになってた。他の誰でもない、ゴンちゃんのことをね。ずっとそばにいたいなって、感情とかじゃなくて、心の奥底からそう思ってる。ま、まぁ大事なのは、性別じゃなくてハートってことよ!、、、恥ずかしいー」
「夏希ぃ、うちも思ってるから。夏希の代わりなんて、銀河系の惑星の中の、生きとし生けるもの全てから探したって、見つかんないからぁ」
二人は肩を寄せ合い、見つめあった。ここが、カフェだということを忘れているのではないだろうか。
真守は、この目の前のパッションな状況をどうにかして引き裂きたくて、言葉を続けた。
「夏希は、そんなこと言うけど、男同士とか、いくらなんでも無い、考えられないよ」
「良いじゃないぃ、男同士、だから?、恋しちゃいなさいよぉ!」
夏希に尋ねたはずなのに、何でゴンちゃんが答えるんだか。話がどんどん逸れていくような気がし始めたので、話題を変えることを試みた。
「はい、もうこの話はおしまいにしよう、それで、二人は元々僕に話でもあって、呼んだんじゃない?」
そうなのだ。何かあるに決まっている。今日の出来事が気になっただけなのであれば、電話で済ませられる。
それに、二人は普段から優しい性格であると真守は知っていたが、わざわざ真守の代わりに授業に出席してくれる程では無い。更に、こともあろうことか、今回はなんとノートも取っておいてくれた。
一カフェに着いてすぐに、「真守の代わりに授業出といたよ!」「まもちゃんの為にノート書いといたよぉ!」と、言われた時から可笑しいとは思っていた。
二人は一体何を隠しているのか。
「あー、真守鋭いねー」
「ひゃひゃっ、まぁもちゃ~ん、すごぉいねぇ」
顔を見合わせてニヤニヤしている。やっぱり何かあったのだ。
「僕の話は終わったんだから、心置きなくどうぞ」
真守は、二人に余裕そうに見せたが、内心身構えていた。他に類を見ないラブラブ具合なのだ。もしかしたら、学生結婚をしようとしているとか、そしたらスピーチは僕がやるのか、、、?と、真守は空想に空想を巡らせていた。
「来月に閃き祭があるじゃん?、、、そこでね、我らAチームと、Bチームが合同で出し物をすることが決定しました~!!!」
「、、、え?、そんなこと?」
「ちょ、ちょっとテンション低いわねぇ。そこはもっと喜びなよぉ」
『閃き祭』とは、一閃大学の年行事の中でもビッグビッグイベントとして開催される学園祭だ。文字通り、たくさんの‘‘閃き‘‘が集まるお祭りで、学生たちが、毎年工夫を凝らし、洗練されたものを披露する。もちろん、的屋の食べ物や気軽に楽しめる出し物も豊富にある。しかし、『閃き祭』はそれで終わるものでは無い。過去には、無人ロケットを飛ばしたり、花火を作って打ち上げてみたり、操縦可能巨大ロボットを出してみたりと、豪快で割と危険が伴うようなことまで実現させている。こんなとんでもないことができるのも、現学長の器の大きさ、そして、一流企業と事業を提携させている人脈の広さあっての賜物のようだ。
『閃き祭』は、全国の大学の中でもかなり知名度の高い学園祭で、毎年三万人の客が訪れる。一流企業が多く携わっていることもあり、才能のある学生に唾をつける為に、お偉いさん(?)も数多く足を運ぶらしい。
また、若手のアーティストのライブも体育館で行われ、今をときめく多数の歌手も『閃き祭』で公演を経て、メジャーデビューを果たしている。それもあって、若手の登竜門と謳われるほど、マニアの間でも有名だ。
とにかく、何が言いたいかというと、『閃き祭』は最高に素晴らしい祭りなのだ。実際、一閃大学を志望したのも『閃き祭』に誘惑されたっていうのも、大きい。
その『閃き祭』に出し物を出して、参加する。真守は、『閃き祭』を回るのを大いに楽しみにしていた。出し物で少し時間は割かれるが、早めに済ませて、祭りを満喫しようと、この時の真守は考えていた。
「で、何やるんだよ」
「ふふーん、なんと、、、劇をやりまーす!!、そして、おめでとう!真守!!A、Bチームの皆で厳選なる抽選を行った結果、真守が主演を務めることが決定致しました~~~!」
「まもちゃーん、おめでとうぅ!」
拍手喝采。
真守は思考停止していた。
「ちょ、ちょっと待ってよ、何で僕なの?やりたい子、他にいたでしょ?」
「それがね~、台本うちが書いたんだけどぉ、主人公が女装してプリンセスやる役だから、人気無くてぇ」
「プ、プ、プリンセス、、、目まいが」
女装して、プリンセス。この上なくやりたくなかった。真守はあんなに楽しみにしていた『閃き祭』を恨み始めていた。
「拒否権は、、、?」
「ふっふっふー、真守、ゴンちゃん怒らせる気ー?」
夏希は、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた。憎たらしい。どうやら拒否権は無いらしい。
「だーいじょーぶよぉ、まもちゃん可愛いしねぇ、人気出る出るぅ!」
「真守ならいけるよ、皆も協力するしさっ!」
真守ならって、どこらへんを根拠に言っているのだろうか。
ゴンちゃんが、きらきらと可愛らしいステッチが散りばめられたバッグの中から、それなりに厚い冊子を取り出した。
「はい!、これ台本!一回目の練習が明後日にあるからぁ、それまでに半分まで覚えてきてねぇ!良いもの作ろうねっ、まもちゃん!」
じゃあ、私たち役割分担とか考えなくちゃだからと、二人は風のごとく帰ってしまった。
どうやら、面倒なことになってきたようだ。
運命経由、ソッチ行き。 虫まめ @mushi1700
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