蒼白なるファセラ
蒼白なるファセラ・1
それは、かなり昔の物語である。
エーデムリングの力に守られたエーデムの王国での出来事である。
永久に続くと思われた平和の時代、世の争い事はせいぜい増えはじめたリューマ商人絡みのことくらいで、エーデムの首都・イズーは栄華を極めていた。
古代の血は薄れ、大いなる力……エーデムリングの力を解放できる王族は現われてはいないが、ファイガ王のもと、12人の有角の貴族たちがブレインとして集い、国を守り治めてきた。
しかし、ファイガ王の時代は終わりを迎えようとしていた。
長命だった前王・フィオラに比べて、ファイガの寿命は長くはなかった。老いを感じた王は、王位を退くことをブレインたちに告げた。
誰が次の王位を継ぐのか? ブレインたちはざわついた。
ファイガ王のあとを継ぐのは、王子・ファセラか? それとも、王弟・アルか?
無礼を承知で言ってしまえば、王族の濃い血をひくという意味では、王位は王弟・アルにあった。
しかし、ブレインとして二人が並んで出席している会議の場で、それを口にするものはいなかった。ただ一人、王をのぞいては……。
「アル・セルディン公、して、そなたの心は?」
ブレインたちの目が、一斉に王の異母弟に注がれる。
アル・セルディンは、ブレインの中でもっとも若い青年だった。しかし、すらりとした長身が、彼の存在を際立たせていた。
それだけではない。彼はブレインの中でも、もっともエーデム族らしい特徴を表していた。それは、王・ファイガ以上に明らかだった。
銀白色の髪は絹のように細く柔く、軽く波打って背で踊っている。エーデムの特徴である角は、年配のブレインの誰よりも大きく、美しい銀灰色で透明感があり、緩やかに湾曲している。
しかし、彼の一番美しいところは緑の瞳であり、温かい色を保ちながらも、涼やかで濁りがなく、彼の明るい性格をそのまま反映させていた。
「ファセラ・エーデム公が王位を継ぐことに異論はございません」
アルは、胸に手を当てて頭を下げた。
その様子を見て、ファセラ・エーデムの表情は曇った。
叔父といっても、ひとつ年下のアル・セルディンは、ファセラにとっては好敵手でもあった。王族としてたびたび比較され、そのたびに嫌な思いをするのは、いつもファセラのほうだったが。
ファセラは、よく父王に似ているといわれている。しかし、アル・セルディンは、賢王としてよく知られているセルディ・エーデムの生まれ変わりではないか? という噂だった。
何をしてもアルにはかなわず、王もブレインたちの多くも、アル・セルディンを高く評価していることを、ファセラは知っていた。
だから、王が「王位をアルに」という意味で語った言葉を、やんわりと拒否して自分にふった彼に、余計に腹が立ったのだ。
たしかに、アルに王位が行ってしまったら……と、恐れていたことは事実だが、同情で譲られるべきものでもない。
ブレイン会議は終わった。
取り巻きたちが口々にお祝いを言う中、ファセラはアルの姿を探して、イズー城の石の回廊をさまよった。
薄暗い回廊の窓から、光あふれる中庭にアルの姿を見つけた時、ファセラの心はなぜか苦いもので満たされていった。
「アル、いったいどういうことだ?」
「どういうって、何が?」
突然の言葉に驚く様子もなく、アルは銀バラや白百合を摘み、大きな花束にしていた。
「私はあなたに王位を譲られるつもりはない!」
叫ぶファセラに、アル・セルディンはにっこりと微笑んだ。その屈託のない美しい笑顔が、ファセラをますます苛立たせる。
「私は意見を求められて、それに答えただけだ。それが何か?」
たしかにそうだ。
しかし、王はあの時、アルに王位を譲るつもりで、彼の心を聞いたのだ。誰が王にふさわしいかを聞いたのではない。
そう言おうとして、ファセラは言葉に詰まった。みとめたくはない。父が、自分ではなく、アルを選んだことを……。
苦悩するファセラに、アルは軽く肩を叩いて言った。
「私は、王位などほしくもないのだよ。ほしいのは……そうだね、あの娘の心かな? 今日は、彼女の誕生日でね。時間がないので、失礼するよ」
アルは軽く会釈して、去っていった。
平民とは接することもない貴族たちの中にあって、アルだけは特別だった。噂によると食堂働きの平民女性にお熱らしい。多くの貴族女性が、それを聞いて涙した。
もてあますほどの才能を、惜しげもなく無駄にしているようなアルに、ファセラは、自分の無能さを見透かされたような、嫌な気分に陥ってしまう。
守るべき王族の血を、誰よりも濃く引いておきながら、彼は……。
自分の血が、彼ほどのものであれば、私は……。
ファセラは唇をかんだ。
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