ウーレンの剣・5


 約束の場所に、シーアは一人でやってきた。

 熱気を帯びた風が、一陣通りすぎていった。シーアは馬を下りた。

 あの日と同じように、銀の光が遠くから近づいてくる。

 エーデムリングの力。かつて、すべての魔族がひれ伏した力。

 神に等しき尊き魔族。しかし、シーアは恐れもせずに待っていた。

 それと似た力を、自分の力で、いつか手に入れるつもりだからだ。

「シーアラントよ、約束の物は手に入ったのか?」

 竜から下りることもなしに、ルカスは声をかけた。

「ウーレンは約束を守る」

 サラも一緒だったことが、シーアラントには意外だった。

 今度は、兄に隠れることなしに、横にすっくりと美しい姿を現していた。

 だが、シーアの顔を見るなり、みるみる表情が歪み、目を伏せた。

「その傷は……いかがなされたのです? もしや今回のことで……」

「品物をもらおう」

 サラの言葉をさえぎるように、ルカスの声が冷たく響いた。

 シーアが竜花香を取り出すと、ルカスは満足そうに微笑み、サラの肩を抱き寄せた。

「シーアラント、おまえの求めているものを授けよう。おまえに受け止められればの話だが……」

 サラがマントの下から、一振りの剣を差し出した。

 それは、エーデムの結界に包まれて、光を放っていた。


 ルカスに竜花香を渡すと、シーアラントはサラに近寄った。

 竜の上に立つ二人は、銀の光に包まれて、幻のようにも見えた。

 実際、ルカスに斬りつけた時も、彼にふれることはなかった。

 しかし、サラから受け取った剣は、実在していた。

 鞘と束に、美しい竜のレリーフが施されているが、それ以上の装飾はなく、持ち易そうな剣だった。

 一瞬、手に銀の粒子が突き刺さるような違和感を覚えた。

 シーアの顔が歪んだのを、ルカスは見逃さなかった。

「もともと、ウーレンに与えた剣、エーデムにとっては無用のもの。好きに使うが良かろう」

 それだけ言い残すと、エーデム族の姿は再び銀の光の中に消えた。

 銀竜は、一度高く天頂に飛び上がると、再び地上近くまで下り、エーデムの地を目指して飛んで行った。


 まるで力を見せつけるように去っていった銀竜を、手に突き刺さった痛みのように苦々しく、シーアは見送った。

 ウーレンの剣は、まるで彼を拒むかのように、光を放ち続けた。

「私は、王にふさわしいはずだ……」

 シーアラントは、痛みをこらえて鞘から剣を抜いた。

 とたんに美しい刃が、彼を魅了した。

 鏡のように、ウーレン・レッドを映す銀の刃……。シーアは思わず唇をよせ、刃にキスした。

 銀の光は、刃に吸い込まれるように消えていった。

 シーアは軽く剣を振るった。手に吸い込まれるようになじんだ。

 軽く、風のように鋭く剣先が舞った。

「ふふふ……は、ははは……」

 シーアラントは笑いが止まらなかった。


 私は、私の運命を見た。

 運命の賭けに、勝利した。


 ヴィルダスを置いてきて良かった。こんな姿を見られたら、気が狂ったと思われるだろう。

 シーアは剣を振りまわしながら、しばし笑い転げた。

 その奇妙な姿を見ていたのは、彼の愛馬だけだった。



「兄様、あの方にはまたお会いする気がしますわ」

 妹の言葉に兄はいささか驚いたが、それよりも早く薬の効果を試したかった。

「サラ、我々はエーデムリングの力を持つ魔族。あのような血にまみれる魔族とは一線を引いている。もう二度と会いたくはない。不吉を語ってはいけない。今は父上のことを考えよう」

 サラは目を伏せた。心が重かった。


 兄様は、王宮の物置きから、なんとなく伝説にふさわしそうな剣をみつけて磨き上げ、軽く結界をまとわりつかせて、ウーレンの剣と称したのだ。

 あの方は、怪我までして必死に竜花香を持ってきてくださったのに……。


 剣を渡す時、シーアの手が震えていたこと。

 剣を見つめるシーアの目が赤くきらめいていたこと。

 そして、らしく見せるため、兄がはった銀の結界に、彼が痛みをこらえたことまでも、サラは知っている。

 妹の態度に、後ろめたくなったルカスは、いい訳がましくつぶやいた。

「……私だって、苦労したのだぞ。エーデムには武器らしいものなど、めったにないのだからな」


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 シーアラント・ウーレン。

 後に彼は、望み通りウーレンの王となる。

 彼は、ウーレンのみではなく、魔の島全体を支配し、エーデム王さえ名乗った。

 人間を魔の島より一掃しただけではなく、人間の島までも攻め落とし、彼の地で『赤い悪魔』とまで呼ばれた。

 後の世の人々は、彼を『ウーレンの中のウーレン』すなわち、『ウーレンド・ウーレン』と呼び、英雄としてたたえ敬ったのである。


 第六皇子であった彼が王になり、数々の偉業をなし遂げたのは、ウーレンの剣のおかげなのか、彼の才能のおかげなのか……今となっては知るよしもない。




=ウーレンの剣・終わり=

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