ウーレンの剣・4


 その夜、ウーレンの二人の少年は、関所近くに隠れていた。

 切立った崖に大きな扉がつけられており、その横に詰め所がある。

 満月とかがり火のおかげで、かなり明るい。

「しょせんは、警備兵など恐れるに足りぬ。おまえがちょっと引きつけてくれれば、私一人で充分だ」

 まったく頼りげのないナイフのみ携帯し、シーアラントはスリルを楽しんでいるようにさえ見えた。

「シーア、おまえなら確かにできるかもしれない。でも、帰ってきたらまちがいなくお縄、俺はその前にお縄だぞ! 逃げも隠れもできない身の上だからな」

「ヴィルダス、おまえ、明々後日は何の日か分かっているのか?」

「そりゃあ、ウーレン王の誕生日……あっ!」

 シーアはにっこりと笑った。

 王の誕生日には、罪人にも何人か、恩赦が与えられる。

 王が、自分の血の繋がりのある罪人を許すのに、何のためらいがあるであろうか?

 国境破りの十年刑も、明々後日で解放だ。


 王の誕生日が近いせいで、国境を越える商人の数はいつもの倍以上だった。

 交代制といえども、フル回転で疲労がたまった警備兵の前に、馬に乗ったままの商人が現われた。

 やれやれと、兵士が声をかけた。

「おい、馬を下りろ!」

「いや、こいつはきかない馬でしてねぇ……乗ってなきゃ暴れるんですよ、だんな」

 そんな馬鹿な馬には見えない。素直に止まっているではないか? 警備兵は怪しんだ。

「いいから下りろ! だいたい乗っていたのでは、この先の通路は狭くて通れぬぞ」

「……いいんですかい? 暴れたらだんなたち、捕まえて下さりますね?」

 商人に扮したヴィルダスは、馬から飛び降りた。とたん、馬の腹に強烈な鞭を入れた。

「ヒヒィーーーーン!」

 馬は思いっきりたち上がった。

「う、うわ!!!」

 警備兵たちは意表をつかれ、後ずさりした。

 手綱を放された馬は、尻ッパネしながらあたりを走りまわった。

「だんなたち……馬を、馬を捕まえてくださいよ!」

 たかが一頭といえど、興奮した馬の迫力はただならない。近寄って蹴られようものなら、命にもかかわる。

 警備兵たちは、近寄ったり逃げ惑ったりしながらも、オーラ、オーラと声をかけ、手綱を取ろうと真剣だった。


 その間に、国境の扉がヴィルダスの手によって開けられた。

「お、おい! おまえ、何を……」

 警備兵が気がついた時には遅かった。

 背後から疾走してきた真っ赤な馬が、扉をかけぬけていった。

 警備兵が慌てて背後から追っても、すでに無駄なことだった。

 何人かは真っ暗な通路に向かって、弓を引いた。

 別な者は、腰に下げていた角笛を吹いた。

 その音は、馬に体勢を低くしながら乗っていたシーアにも聞こえた。

 反対側・ムテ側の警備兵に、逃亡者を告げる合図だった。

 狭く暗い通路を疾走するのは、並大抵の馬にはできないことであった。

 逃亡者の存在を知ったムテ側では、まさか馬で通路を通っているとは思わず、時間的な計算に大いなる狂いが生じていた。

 角笛の合図は、逆にシーアにとって都合のいいものとなった。

 愚かにも、何事かと思ったムテ側の警備兵が、扉を開けてくれたのである。


 あっけなく細い通路から飛び出した後、目の前にもう一つの門が現われた。

 二メートルほどの壁である。可動式で、角笛の合図とともに、用意されたものであった。

 壁を背にして、警備兵が並んでいた。一人の警備兵が弓を射た。

 慌てて避けた矢は、シーアラントの耳元をかすめ、わずかに血がにじんだ。

「くっ!」

 一歩間違えれば、頭をぶちぬいていたであろう……。

 シーアの頬に、一筋の血が流れた。

 シーアの目は怒りに燃えていた。

 さらに弓の攻撃は続いたが、シーアは速度をさらに上げて走った。

 真直ぐに射手に向かって、壁に向かって。

 ここで命を落とす運命ならば、それもやむなし……。

 王になるべき運命でないのであれば。

 槍を構えるもの、剣を構えるもの、弓を射るもの。

 壁を前にして、馬が速度を落とす瞬間を狙っていた兵たちは、壁の存在を忘れかけた。

 迫りくる馬の、あまりの迫力に、射手は弓矢を投げ出して、その場に伏した。

 他の武器を持つ者も、思わず武器を引き、恐ろしさに顔を手で覆った。

「ハァッツ!」

 シーアの馬は、壁の高さをものともせずに、飛び越えていった。

 警備兵たちは恐れつつも、頭上を越えていったものを、指の隙間から見上げていた。

 馬の尾が満月にきらめき、炎のように一瞬燃えて、いなくなった。


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