ウーレンの剣・3


 ウーレンの剣……。

 さかのぼれば千年も昔の話になる。

 干ばつに苦しむラガダの民の願いを聞き入れ、エーデム王は水晶の門を開き、銀の光とともに雨雲を呼び、奇跡をなした。

 ラガダの民はエーデム王を敬い、民がすべて滅ぶまで、毎年水晶門で祈りを捧げることを誓った。

 また、水晶門より、水とともに流れ出た鉱石をたたいて一本の剣を作り、エーデム王に献上した。

 細身の美しい刃と、束に派手さはないが細かな細工がなされていた。

 細工の技術に長けたラガダの民にとっては、最高の献上品であった。

 エーデム族が武器を嫌うことを、彼らは知らなかったのだ。

 エーデム王は、気持ちを察して喜んでこの剣を受け取った。

 しかし、手元に置くには不吉過ぎた。

 エーデム王は、当時、砂漠の砂虫を退治し、行路を確保したウーレン王に、その功績をたたえて贈ったのである。


 剣は【ウーレンの剣】と名づけられた。

 しかし、この剣の持つ不思議な力が、ウーレンを受け入れることはなかった。

 再び、エーデムに戻ったこの剣を、エーデム王は、哀れんだ。

「尊きエーデムリングより生まれ、ラガダの純粋なる願いを込めて鍛えられた美しい剣であリながら、血を流す道具として、姿をなしたばかりに、エーデムに受け入れらず。洗練された刃を持ちながら、生まれの尊き力により、ウーレンにも受け入れられず。心と姿が交わらぬ、美しくも哀れなものよ」

 エーデム王は、金剛門の彼方に、この剣を眠らせた。

「このウーレンの剣は、エーデムリングより誕生した剣。これから千年、光輝く剣と呼ばれ、生まれた地にて眠るであろう。その後千年、ウーレン王の剣と呼ばれ、持ち手に栄光を授けるだろう。その後さらに千年、血塗られた剣と呼ばれ、ウーレン王にふさわしい者を探すであろう。そして、再びわがエーデムの末裔によって、生まれる前の姿に帰るであろう」



 千年もたてば、話の信憑性は薄い。

 いわばおとぎ話になってさえいる【ウーレンの剣】が、本当にあるのかは、シーアも本当のところ、わからなかった。

 しかし、そのおとぎ話が本当ならば、約千年たった今、剣はウーレン王のもとにあるべきなのだ。

「もしも、ウーレンの剣があるならば……私が手に入れるのであれば」

 シーアの上に立ち並ぶウーレン王候補。王の弟たちや、ウーレン・レッドの皇子たち。

 しかし、王にもっともふさわしいのは、自分ではあるまいか?

 シーアラントはいつもそう思ってきた。

 今のままでは、王位に就ける可能性は無に等しい。

 その絶望が、シーアを駆りたてて、途方もない問題児に仕立て上げてきた。

 ここで、エーデムの王族にめぐり逢うとは、一つの運試しに違いない。

 自分の運命が、王となる道を示すのか? 否か? を知りたかった。

 シーアラントは、運命を賭けた。

「……私はウーレン王となるだろう」


「そのような戯れ事を信じるとは……あれは単に忘れ去られた剣にほかならぬものを」

 あまりにもくだらない要求に、ルカスは声を上げて笑った。

「エーデムリングに眠る剣は、エーデム王のみがどうとでもできるもの。私にはどうともできないぞ」

 実在すらも怪しい品を取引に選ぶとは、この男、かなりおかしいのではあるまいか?

 そう思いながらも、ルカスは自分自身をも笑い飛ばしていた。

 妹の口車に乗り、後先考えずムテを目指し、ここにきて大問題にぶち当たるとは……。

 ウーレンの男と取引するのは、大問題の解決を意味していた。

 まじめに取引するべきだろう。


「シーアラントよ、銀・金・それとも金剛石か? 竜花香の報酬として、実益のあるものを選ぶ時間を与えよう」

 シーアラントは突然たち上がった。

 いきなり腰に差した剣を引きぬくと、ルカスめがけて斬りつけた。

 剣は、結界にはじかれ、見事なまでに粉々になった。

 結界によってシーアの攻撃は、まったくの無駄に思えた。

 しかし、ルカスの笑いを止めるのには十分であった。

 剣は柄のみを残したが、まるで実体があるかのように、ルカスの肩先に置かれていた。

 ルカスは、初めて対等にシーアラントの目を見た。


「この先、ウーレンの剣以外の剣は、持たないことを誓う!」

 激しく燃える炎のような瞳に、ルカスはたじろいだ。

「……しかし、わ、私はエーデム王ではない……」

 シーアの口元に笑みが浮かんだのを、今度はルカスも気がついた。

「だが、このままでは、すぐにあなたは王になる。今、判断するか、王が死んでから判断するか……。違いはさほどない。あるとすれば、王の寿命の差ぐらいだろうが」

 王の死……その言葉を聞いて、エーデムの兄妹は動揺し、顔を見合わせた。


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