ウーレンの剣

ウーレンの剣・1

 赤い大地に、二頭の馬が疾走していた。

 一頭は、暗黒の馬で、褐色の髪を黒い紐で編みこんだ少年が乗っていた。

 もう一頭は炎の馬で、やはり炎のごとき髪を金の紐で編みこんだ少年が乗っていた。

 二人はウーレン族だった。

 ウーレン魔族は、真っ赤な髪と瞳を特徴とする。

 人々は、その鮮やかさをもって、ウーレン王族としての血の濃さをはかった。

 髪の色で血を証明するがごとく、炎のごとき燃える髪の少年は、もう一人の少年を置き去りにしつつあった。


「シーア! もう国境だ。まずいぞ!」

 褐色の髪の少年が叫んだ。

 それに応えるかのように、赤い馬は歩調を落とし、やがて止まった。

 シーアと呼ばれた少年は、不敵な笑いを浮かべてふりかえった。

「国境警備兵など、怖くもない。スリルを楽しむのも一興。でも、おまえはばて過ぎたようだな。ヴィルダス」

「何をこれしき……」

 とは言えど、ヴィルダスの息は上がっていた。

 それ以上に、彼の黒馬は塩をふき、鼻腔を大きく広げていた。

「馬の能力の差だ。気にするな」

 シーアは、汗もかかずに平然としている愛馬から降りた。

 そして、国境の向こうに広がる大地を見た。


 国境の向こうには、恐ろしい変革が起きていた。

 短命であり、心話も持たず、魔も持たず、力も持たない人間族と呼ばれる人々。

【人の島】と呼ばれる地よりあふれて、【魔の島】のいたる所にはびこっている。

 彼らが一つだけ魔族よりも優れているところといえば、繁殖力のみである。しかし、これが問題であった。

 魔族がおおよそ五年に一人しか子をなせないのに比べ、短命ゆえか彼らは毎年子をなせる。

 その上遺伝力が強い。欲望を押さえるすベを知らない。

 あっというまに、人間族は人口という武器で、この【魔の島】の半分を制圧してしまった。

 ムテの地とウーレンの地を結ぶ国境が、人間をウーレンの地からかろうじて締め出していた。

「人間は、我らの敵。我らを知らずに滅ぼすもの。我らが血をおとしめるもの」

 シーアはつぶやいた。赤い目が光った。

 

 シーアの正式な名は、シーアラント・ウーレン。

 ウーレン王国の第六皇子である。

 なんと、ウーレン皇子の数は九人にも及び、皆、ウーレンの赤い髪・赤い瞳を持ち、【ウーレン・レッドの九皇子】と呼ばれていた。皆、そろいもそろって優れたウーレンの血を引いているのである。

 シーアは第三妃の一人息子であるが、王位継承権は第十位、到底王位が廻るとは思えない。

 ゆえに、シーアは、気ままにいとこのヴィルダスと遠乗りしたり、競馬に飛び入りしたりと、好き勝手な生活を送っていた。

 その行為は【ウーレン・レッドの九皇子】の中でも異質で、シーアは問題児であった。

 だが、血の気の多いウーレン庶民には、破天荒ぶりで人気があった。


 そもそも、一夫一婦制の魔族にあって、ウーレン王が五人もの姫をめとるのは珍しい。

 だが、それだけ魔族の神聖な血筋が、危機に立っていたのである。

 人間という、力なき虚しい血によって、大いなる力が失われてしまう。

 このままでは、数百年後には、純血な魔族などいなくなってしまうであろう。

 ウーレン王の選択は、ウーレンの血を濃く残すことにおいて、正しいのかも知れない。

 だが、シーアにとっては、苦難の日々であった。

 王宮には、王妃同士・皇子同士の争いが絶えなかったのである。


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