ウーレンの豪華なお食事

ウーレンの豪華なお食事

 そりゃあ、土地柄・種族が変われば、食べ物の好みも風習も変わることはわかる。

 私はこの土地にお嫁にきたのだから、眼の前にあるお料理だって、ニコニコしながら食べなければいけない。

 わかっている……。わかっているけれど……。

 これは、明らかにグロテスク過ぎない?


 ウーレン王妃・フロルの前に、豪華なディナーが用意されている。

「まぁ、この竜血酒……大変貴重ではありませんこと?」

 貴族の夫人の一人が、真赤なグラスを傾けている。

「今日の日のためにあけましたが、まだ血の醗酵が足りないようでしょ? ちょっと香が生々しくて」

 リナ姫がにっこり答える。

 フロルは頭くらくらになりながら、ナイフでステーキを突ついてみた。

 赤みの肉がレアで焼かれていて、じわりと肉汁がしみでてくる。あっという間にフロルは真っ青になった。

「このゼリー寄せも美味しそう……。料理人の腕を感じる一品ですね」

 クリスタルのボウルに寄せられたゼリーは、透明度が高く、何も入っていなければ、フロルも気に入ったかも知れない。

 しかし、ゼリーには血走った金色の眼球がはいっており、フロルを恨めしく睨んでいた。  


 フロルは真向いに座るリナ姫の顔を見た。

 眼の前の料理よりも、さらに残酷そうに微笑んでいる。

 今回の、ウーレン貴族夫人たちのお食事会を主催した張本人だ。

「バヴァバ赤竜は強暴なので、獲るのも命がけですけれど、大変栄養価が高いんですの。それにねぇ……。女性が食べると、より濃いウーレンの血の子が生まれると言い伝えられていますのよ」

 リナ姫は軽くナフキンで口元を押さえた。

 いやらしい笑いをこらえる時、彼女はいつも口元を隠す。

「王族女性たるもの、このようなご馳走を食べないなんて、ウーレンの血を汚しますわね。……あら、ごめんなさい。王妃様、あなたにはウーレンの血なんて流れていませんでしたわ。でも、だからこそ余計にうんと召し上がってくださいな。ウーレンの血をより濃く残すために、王のためにね」


 種族を越えて、国を越えて、ウーレンの地に嫁いできたフロル。

 ウーレン族のように血を好まず、ウーレン・レッドと呼ばれる赤髪も持たない。

 エーデム王家の血を引く彼女は、銀白色の豊かな髪と柔らかな緑の瞳を持っていた。

 今回のお食事会なるものが、異国からきた王妃に対するいやがらせなのは明らかだった。



 どうにか強がって飲み食いし、切りぬけたものの、王宮の自室に戻ったとたん、フロルは激しい吐気に襲われた。

 吐いた物までまさに血の色……。エーデム出身の彼女には堪えられない色。

 さらにゲロゲロ吐き続ける。

 その背中を擦っていた付き人が、おもむろに嫌そうな顔をしている。

「もったいのうございます! バヴァバ赤竜を全部吐き出すなんて!!!」

 どうやら、今日のお料理は、庶民の口には絶対に入らない珍品であったことだけは事実のようだ。


 かつて、ウーレンの男は、愛する妻が妊娠すると、妻への、お腹の子への愛の証として、バヴァバ竜を狩り、贈ったものだ。この狩りは大変危険で、下手をすると、こちらが狩られてしまう。

 血の気の多いウーレンらしい愛の表現法ではあるが、最近は乱獲で竜が激減した。

 大変貴重な珍獣というわけである。

 古代からの血を引く者が、緩やかに滅びの道を歩んでいるのは、何もウーレン族やエーデム族などの魔族に限ったことではない。


「フロル、大丈夫か?」

 妻の体調不良を聞いて、ギルトラント王が尋ねてきた。

 なんと、宰相モアまで一緒だった。

 この事件は、女同士のつまらぬいざこざにしか過ぎないが、王には気になる点があったのだ。

 ギルトラント……ギルティの髪は赤い。眼も赤い。ウーレン・レッドと呼ばれている。

 まさにウーレンの濃い血を引いている王族である。

 王の母は、バヴァバ赤竜が大好物だったらしい。自ら、竜狩りをしたくらいである。

 ギルティがウーレン・レッドの印を持つのは、そのせいかもしれない。


 フロルはまったく返事もできない状態で、代わりにおしゃべりな付き人が、無礼にも王に話しかけた。

「実は…かくかくしかじか…かくかくしかじか……私、心配ですわ。バヴァバ竜も食べられないなんて、王妃様は王子が銀髪でもかまわないのでしょうか?」

 気分が悪いことで頭がいっぱいのフロルには、あまり気にならない一言だったが、ギルティの眼はきつく光った。

「おまえは、もういい。下がりなさい」

 軽率な付き人は、そそくさと退室した。

 その後姿を眼で追いながら、ギルティは軽く首に手を当てた。

 モアが頭を下げた。あの女は首だ……。


 その後、王自らがフロルの背中を擦り、ベッドに運び、寝かせつける様子を、モアはほのぼのした気持ちで見ていた。本当は退室したかったのだが、王が待てという。

 王は、愛する者には奇妙なほどに献身的になるところがある。

「ごめんなさい……でも、悔しくて……」

 涙目のフロルに、ギルティは微笑んだ。

「あまり無理はするな」

「でも……」

「俺は、おまえがエーデムの姫と知って妻とした。おまえがエーデム族であることを許さないヤツは、俺に従わないことに等しい」

 そういうと、ギルティはフロルの額にキスして、モアとともに部屋を出た。



「それにしても……竜が口に合わないとはいえ、フロル様の様子はひどすぎるようです。明日、ムテの医者を呼んでおきましょう」

 モアの言葉にギルティもうなずいた。

 毒殺……の二文字が、二人の頭に浮かんだのだ。


 エーデムとウーレン……。長年敵同士だった両国の同盟は、エーデム王の妹・フロルがウーレンに嫁いで成り立っている。

「この結婚は、両国の平和のため、ウーレンの野望のため、欠かせない政略結婚だ。引き裂こうとするものは許さない。今日のディナーに参加した貴族には、間者をつけろ。……何がおかしい?」

 緊迫した話をしているのに、珍しいことにモアが笑みを浮かべている。

「いえ……何も……。本当に見事な政略だったと思いまして……」

 

 

 翌日、ムテの医者がフロルに下した診断結果は……。

「ご懐妊です」

「ご……懐妊??? わ、私が????」

 呆然としたフロルの顔が明るくなり、声がはしゃぎ出すのに時間はかからなかった。

 昨日、とんでもなく具合が悪かったのは、竜を食べたせいではなく、ツワリだったのだ。

「ね、ね、ね、聞いた? 聞いた? ね、ね? ギルティ」

 聞こえないはずがないだろう……。ギルティはフロルの横にいたのだから。

 しかし、ギルティの表情は硬く、嬉しそうでもない。

「ねぇ……聞こえているの? ねえ……」

 反応を示さない王に、フロルは心配になる。

「ギルティ……」


 あぁ、もううるさい!!!


 とにかく、毒を盛られたわけではないから、ほっとした。

 しつこくてうるさいのはエーデムの特徴だろうか? それを知って嫁にもらったのだから、俺のせいともいえるのだが……。

 ギルティは、真赤な髪の結び目が体に巻きつくほど、勢いよくそっぽを向いた。

 泣きそうな顔になったフロルをみることもなく、一言のこした。

「俺は、出かける」


 赤沙地海岸を、愛馬・クリムゾンとともに走る。

 この風を受けるのは、ギルティにとって至福の時間だった。

 だが、今日は頭が別のことでいっぱいだ……。

 子供が生まれる。

 自分が父親になる。

 突然、こらえきれずに笑い出すギルティを、たぶんクリムゾンは変に思っただろう。

 ギルティは親の愛情を知らない。

 親になることを実感できずに、どんな顔をすればいいのかもわからずに、硬直していた。

 今はまったく人に見せられないほど、顔がゆるんでいるに違いなかった。


 フロルには、かわいそうなことをした。

 帰る道すがら、ギルティは反省した。大きな緑の瞳が、涙いっぱいになっていることだろう。

「ギルティは所詮、私のことなんかなんとも思っていないのよ!」

 とか、何とか、叫んで泣いているに違いない。

 まずい……。溜息がでる。

 俺は、うまいことをいう自信はない。



 その時、王の馬の前に、1匹のバヴァバ竜が飛び出してきた。

 今は繁殖期。おそらく、巣の近くを通ったに違いない。竜は攻撃的な眼を向けている。

 かつて、ウーレンの男は、愛する妻が妊娠すると、妻への、お腹の子への愛の証として、バヴァバ竜を狩り、贈ったものだ。

「バヴァバ竜よ、おまえの妻に対する愛情と、俺の妻に対する愛情……。どちらが強いか、命をかけてみるか?」

 ギルティは馬を下り、ナイフを構えた。眼が、真赤に燃えた。


 鋭い牙と鋭い爪。機敏な動き。

 金色に輝く大きな目玉は怒りで血走り、真赤な厚い皮は、簡単にナイフを通さない。

 みかけも充分グロい竜は、家族を守るために必死だった。

 ギルティは守り一辺倒だった。しかし、それは考えあってのこと。このような竜は、下手に傷を与えると、狂戦士のようにさらに強暴になる。

 やるときは、一発でしとめる。その隙を狙っていたのだ。

 大きな振りの爪の攻撃を跳んで避けたギルティは、そのまま竜の背後に回って、弱点の首にナイフを突き立てた。バヴァバ竜ごときが、ギルティの敵ではなかった。

 竜は激しく血を吹きながら、絶命した。


 これを贈り物とし、妻への、お腹の子供への愛情表現としよう。

 言葉が足りなくても、フロルは俺の気持ちをわかってくれる……はずはないな……。

 ギルティは苦笑した。

 フロルがエーデム族であることを、忘れていた。

 ナイフとフォークを握り締めて、硬直している妻の姿が容易に想像できる。

 エーデムとウーレン……。

 異種族結婚の難しさを、ギルティはあらためて認識していた。




=ウーレンの豪華なお食事・終わり=

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