裏切り者の末路
エーデムからの手紙は、モアをうろたえさせた。
「手紙をいただきまして一週間、アルヴィラント様はお見えになりません。ムンク鳥を使って探しましたが、見つけることができません」
エーデム王の間者に、見つけ出せないわけがないと、モアはやるせない気持ちに襲われていた。
エーデム王は、父親よりもしたたかなようだ。モアは苦笑した。
今後、ウーレンでは王母陛下が実質上の王となる。
その時に、角ある元ウーレン王をエーデムにおいていては、リナの顔も立たない。
うまく、保護したとしても、その事実がどこかでウーレンの耳にでも入ったら、エーデムは皇子の身柄をウーレンに差し出さねばならない。王妹・フロルが納得するはずがない。
両国には亀裂が入るだろう。
いずれにしても、アルヴィラントを身受けするのは国策に合わないと、セリスは判断したのだった。
おそらく……アルヴィラント様は、砂漠のどこかで骨と化している。
モアの胸が病んだ。
セリスの手紙を火にかける。互いにこうして焼き合い、証拠を残さない。チリッと音を立てた瞬間、モアの胸が再び病んだ。
モアは手紙を床に落とすと、そのままうずくまった。
すべてにおいて、国策を優先してきた男が、はじめて大事な者の命を優先した結果……それは、やはり国策という名のもとの裏切りであった。
モアの脳裏に、あの時のことが思い出される。
「裏切り者! あなたは……ウーレンのことしか、考えていないのか?」
エーデム王であり、甥でもあるファウルの死を目の前で見て、アル・セルディンは気が動転していた。
しかし、全ては自分の筋書き通りに進んでいたモアは、微笑みすら浮かべていた。
「ウーレンのこと? そうとも言えますな。なぜなら……世界はすべて、ウーレンとなる。アル様、あなたの理想とする世界は、ウーレンとともに成し遂げられましょうぞ」
エーデムリングの力を解放し、ウーレンに魔の島統一、そして人間の島をも支配する夢を果たさせる者、アル・セルディンは、自らの死をもって、モアと皇女の野望を打ち砕いた。
野望は形を変えて、ギルトラントによって達成を見ようとしていた。しかし、それも彼の死によって阻まれた。
ウーレンの希望・アルヴィラントも、砂漠に消えてしまった。
この国はいったいどうなるのだ?
国のため、ここまで尽くしてきたというのに、明るい未来は音を立てて崩れていく。
……私は、ここで死ぬわけには行かないのだ。リナ様に、この国を治める力はないのだから……。
だが、モアの心臓はそのまま止まってしまった。
リナ姫は、この一週間、砂漠に逃げたというアルヴィを追っていた。
とにかく生きていたら捕まえて、角を落としてみる。死んでいたら、角を落として葬儀をする。
どっちにしても、葬儀をするには変わりはなかったが、リナは、角さえ落せば、アルヴィは、ウーレン人に戻れるのだと信じていた。
興味あることにしか、知識を身につけようとしないリナには、エーデムの角がどのようなものなのか、全く知らなかったのだ。
もしも、アルヴィの角がエーデムリングに選ばれし物であれば、刃は無意味で切り落とすことは出来ない。見掛け倒しの角であれば、切り落せばアルヴィは死ぬ。
兵士が一人、皇子らしき者の遺体を持ってきたという。
リナがいさんで確認したが、どこかの孤児の死体だった。やつれていてひどい。その上、角もない。何でこいつが皇子に見えるのだ? リナは不機嫌になった。
「どこかに捨てておしまい! そんなもの」
しかし、もう一週間も死体探しだ。いい加減に疲れた。
「お待ち! もう一度、見てみる」
リナは再び死体をあらためた。汚い上に腐りかけている。でも、歳背格好はアルヴィと同じくらいだ。
決めた……。
「皇子はこいつでいいわ! モアを呼んでちょうだい。葬儀の打ち合わせをしたいわ」
「大変です! リナ様」
「何事? 大変なのはもうコリゴリよ!」
「モア様が……お亡くなりになりました!」
突然の心臓発作で倒れ、そのまま亡くなってしまったらしい。
このくそ忙しいときに! だから年寄は困るのだ。心臓発作は、歳に関係なく起こることを、リナは知らなかった。
「リナ様……。これを……」
「なんだ? 手紙か……」
衛兵が拾い上げた手紙を、リナはつまらなそうに広げた。リナがあまり得意でないムテの文字を使っている。
しかし、読んでいるうちにリナの顔色はみるみる変化し、青くなったり赤くなったりして、最後に真っ赤になって怒り出した。
「このクソ狸親父め! 最後の最後まで、私をだましたな!」
エーデム王・セリスの手紙には、モアがアルヴィをエーデムに逃がそうとして、失敗したいきさつが綴られていた。
リナに、エーデム王がウーレンとエーデムの関係悪化を恐れて、アルヴィを見捨てたというところまで、読みきれる頭はなかった。
エーデム王も、裏切り行為では同罪だ……。
リナは強く唇をかんだ。
「モア様の葬儀も、皇子とともにいたしますか?」
側近の提案に、リナの怒りは爆発した。
「モアは国賊だ! 皇子と一緒とはトンでもない! あれは共同墓地にでも灰をまけ!」
「し、しかし……それではあんまりに……」
モアは五十年以上に渡って、国政につくしてきた忠臣である。国民の人気も高い。
「王は私です! 私の命令が聞けないの!」
リナはヒステリックに叫んだ。
こうして、ウーレン王国は、国を上げて大々的に身元もわからないのたれ死少年の葬儀を行ない、忠臣モアのほうは、焼かれて共同墓地に灰をまかれることとなった。
しかしながら、その日から共同墓地にて黙祷を捧げるウーレン人が、後をたたなくなったという。
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